第103話拘束

 気配から察する宿を取り囲んでいる人数は30人は下らない程います。


 大きな街とはいえ深夜にこれ程の数の悪党が跋扈するとは思えませんが、ミカちゃん達が起きるまでは安全を確保しなければいけません。


 さっきの騒ぎで子狐さんが起きてしまい、不安そうに震えています。


「大丈夫です。僕が守りますよ!」


「アーン」


 真っ暗な室内に錆び臭い血の匂いが漂います。


 押し入ってきた冒険者3人は、這って廊下の方へ逃げていきました。


 外では「怪我人を教会へ運べ! 賊の人数は何人だ?」などと会話している様子が窺えます。


 宿の包囲が完了したようで、盾を前に突き出し2列に整列し固まった集団が目の前に松明を翳しながら進み、階段を踏みしめる音が聞こえてきます。


 僕はこっそり開いている扉の所まで行き、階段から見えてきた松明と炎に照らし出され薄っすら赤く輝く銀の盾を翳し、フルフェイスの兜を被った全身鎧を纏った集団を視認します。


 まずいですね……これどうみてもこの街の騎士達です。


 ミカちゃん達を守る事が一番です。


 でも以前にミカちゃんと約束した、街で騒ぎを起こさないという事を考えるとこの場合どうしたらいいのでしょうか?


「我等はマクベイラー騎士団だ! 宿の周囲は完全に包囲した! 大人しくお縄につけ!」


 先頭の兜に羽を翳している偉そうな男が、警告してきます。


 そもそもミカちゃん達に薬を盛って眠らせたのは、この宿屋の主人です。


 僕が何もしなければ、ミカちゃん達はどうなるんでしょう?


 犯人だと思った少女達は全員眠っていて、他には子猫と子狐さんだけ。となると――犯人は既に逃走したと判断されるのでは?


 最悪の場合は犯人が犯行後に、自演の為に自ら薬で眠ったと考えられるかも知れませんが……。


 ミカちゃんとの約束と、街を警備している騎士達が悪人である筈が無い。そんな甘い考えが最悪の結果になるとは……この時点の僕は思いもしませんでした。


 僕が選んだのは、普通の子猫のふりをしてやり過ごすでした。


 こっそりミカちゃんのベッドに近づき、眠り込んでいるミカちゃんの腕の中に納まります。


 騎士達は声を掛けてもいっこうに動きが無い事を訝しみながらも、大きく開かれたドアから中を覗き込んできました。


「隊長、中に動く気配はありません!」


「ここの主人の話では、3人組の女だという話だ。松明で中を照らせ!」


 暗い室内を覗き込む、兜の隙間から険しい目つきの瞳が見え、後ろにいると思われる指揮官に指示を仰ぎ松明を部屋の中へと翳します。


 真っ暗な室内に炎が揺らめき、所々影を作りながら照らされていきます。


 最初は兜だけを扉から覗かせていた騎士が、犯人と聞いていた3人がベッドで倒れるように眠っている事に気づきます。


「隊長! 3人組みを発見! ですが……ベッドで倒れています」


「何? そんな訳があるまい。駆けつけた冒険者が切りつけられてからそう時間も経っては居ないぞ!」


「――しかし」


「おい! 迂闊に中に入るな!」


 先頭で中を覗き込んでいた騎士は、危険が無いと判断した様で部屋の中に松明を左手に持ち、右手には盾を翳しながら入室してきました。


 騎士が中に入っても、ミカちゃん達は眠ったままです。


 僕はミカちゃんの腕で丸くなりながら、鬱陶しそうな視線を騎士へ投げかけ言葉を発します。


「みゃぁ~!」


「――ひゃっ! なんだ……猫かよ」


 僕が声を掛けると、騎士は一瞬ビクリと肩を跳ね上げましたが、直ぐに僕を目に留めると安堵したように吐息を漏らします。


「どうした? 何か動きが――」


 騎士が声を漏らした事で、賊に動きがあったのかと警戒しながらも一気に部屋に騎士達が雪崩れ込んできました。


 狭い部屋に6人の騎士が入室し、残りは廊下で待機した様です。


 松明を2名が翳し、他の4名は既に抜剣しています。


 ミカちゃん達を視認し、


「賊はこの娘達だ。聞いていた話に間違いは無い」


「ですが完全に眠っていますよ?」


「取り敢えずは連行するしかあるまい? 犯行現場に居るのはこの3人だけなのだ!」


 隊長格の騎士がそう指示を飛ばし、2人掛かりでミカちゃん達を連れ出そうとします。


 あれ?


 僕の予想と違いますね。


 どうしたらいいのでしょうか?


 エリッサちゃんとフローゼ姫は騎士が両脇に付き、2人の腕を肩に回し2人係で運んでいます。


 一方、ミカちゃんはファイヤーマンズキャリーと呼ばれる運び方で連れ出されます。なんだか雑な運び方ですね……。


 僕と子狐さんも騎士達の後を付いて行きますが途中で、


「この子達のペットか? 邪魔だな何処かに捨てて来い!」


 隊長格の騎士からそんな命令が飛び、僕達はミカちゃん達とは引き離されました。これじゃ何かあったらまずいじゃないですか!


 僕達は一旦、引き離されたふりをしますが騎士達の目に止まらないようにこっそり後を追いました。


 ミカちゃん達が運び込まれたのは、この街でも最初に行った5階建ての宿の更に奥、平民の住居から離れた立派な屋敷が並んでいる敷地の中にある騎士の詰め所でした。


 3人が運び込まれたのは、鉄格子で囲われた牢屋です。


 中には木だけのベッドが2つ。


 エリッサちゃんとフローゼ姫はそこに寝かされ、ミカちゃんは床に寝かされました。牢屋でも人と獣人では差があるようです。


 騎士は最初3人の頭から水をかけ叩き起こそうとしましたが、薬で眠らされている為それでは起きる事はありませんでした。直ぐに尋問するのは諦めた様で、牢屋へと直行となりました。


 幸いだったのは、牢屋が地下だったことで部屋の高い所に取り付けられた格子状の換気窓が地表に少し出ている事でしょうか。僕と子狐さんならそこから中に入る事も出来そうです。


 僕はしばらく様子を窺う事にしました。

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