第84話国王の死

 団子虫が街から出て行ったのを認めた僕とミカちゃんは、教会の屋根から下りてエリッサちゃん達に合流します。


「どうでしたか?」


 教会の前で僕達を待っていてくれたエリッサちゃんは、門周辺の状況を知りません。問いかけてきます。



「凄い大きな魔物が、大木を突き破って中に入ってきたにゃ。騎士さんと、兵隊さんが……」


 ミカちゃんが言いよどむと、それを察したのでしょう。


「そうでしたか……魔物はまだ暴れていますの?」


 エリッサちゃんも城主の娘です。


 街を守る為に、亡くなられた騎士や、兵達に思う事があるのでしょう。


 意気消沈しながらも魔物の行方を聞かれます。


「お腹を膨らませて街から去って行ったにゃ」


 ミカちゃんが短くそう告げると――。


「――魔物にとってはここは餌場という訳か!」


 舌打ちしながらフローゼ姫が言葉を吐きます。1国の王女でありながらも、戦闘経験が豊富なだけあって騎士と兵が喰われた事を左程気に留めていません。


 自国の兵には気遣いが出来ていたのですが……他国の兵だとそんなものなのでしょうか?


「剣も、槍も、大木で作った槍も効果が無かったにゃ」


「ふむ……それでは人にとっては成す術が無いという事か」


 生き残った兵達が、街中を練り歩き当面の恐怖は去った事を伝えています。


 教会の中にもその情報は伝わり、宿屋の女将さんが出てきました。


「何、しょぼくれた顔をしているんだい? この街じゃこんな事は珍しくも無いのさ。あたしは宿を確認してくるから、お客さん達には申し訳ないけどここで待っていてくれるかい?」


 そういい残し、女将さんが細い路地を戻って行きます。


 僕達が教会の屋根から見た感じでは、宿は無事でしたがそれを敢えて言いませんでした。


 皆に伝える事がまだ残っているからです。


 ミカちゃんと僕が見た様子をフローゼ姫に説明します。


「すると、この街の有力者も魔物に食われたと言う事か?」


「多分だけど、格好からしてとても偉い人にゃ」


 騎士と兵の両方に指揮をしていた所を見ると、部門別に統括しているのでは無く、全ての部門に対し指揮命令を出きる立場の人物だったのは分ります。


 伯爵家の場合は、筆頭執事が取り纏めていました。


 でも子爵家の場合は――エリッサちゃんのお父さんで子爵様本人でした。


 砂漠の民を取り纏めている人だったとしたら、エルフの件でエルフに謝罪させる相手が死んだ事になります。


 それだと、今後誰に話を持って行ったらいいのか分りません。


「まだこの国の王と決った訳では無い。我が国でも実際の戦闘では国王が最前線に出向く事は稀なのだ。ちゃんとした情報が入るまでは、こちらから口を出す訳にも行かぬ」


 フローゼ姫の提案で、僕達は静観の構えを取る事にします。


 しばらくすると、女将さんの代理がやってきて宿まで戻りました。


 宿は幸いにも無事ですが、深夜だというのに破壊された門を修理する音が聞こえてきた為に、その晩はあまり眠れませんでした。


 翌朝、女将さんに起され食堂に集まるとそこには徹夜で門を修理していた大工さんや、兵達が疲れきった面持ちでテーブルに突っ伏していました。


「お客さん達、すまないね。宿と食堂を兼ねているから、昨晩よりむさ苦しいかも知れないが、我慢しておくれ」


 女将さんは、テーブルに料理を並べながら謝罪してくれますが、エリッサちゃんと子狐さん以外は男所帯の中での食事は慣れています。


 フローゼ姫が無用な気遣いをしなくていいと伝えると、女将さんはホッとした表情で調理場に戻っていきました。


 僕達が食事を取り始めると、周囲の男衆達の話声が聞こえてきます。


「それにしてもまさか……アンダー様が喰われるとはな」


 大工さんらしき一行の集団とは、席が離れている為に兵達が小声で会話していますが、僕とミカちゃんには筒抜けです。


「俺達には成す術が無かった。お前も気絶していたから実際の最後は見ていないんだろ?」


「あぁ。だが生き残った騎士の話では、取り囲んでいた騎士を薙ぎ払い逃げ様と背中を見せた所をガブリだって聞いたぜ」


「距離が離れていた為に、俺達にはどうする事も出来なかった。未だに目に焼きついてるぜ。勇猛果敢に魔物の襲撃を撃退してきた王の最後を……」


 人の最後は呆気無いものだな。と苦虫を噛み潰した面持ちで漏らす兵を眺めながら、僕はミカちゃんに視線を投げます。


 丁度、兵の会話もひと段落ついた様で、ミカちゃんと見詰め合う格好になりました。


「まさか昨晩喰われたのが王様だったとは思わなかったにゃ」


 ミカちゃんが僕達だけに聞こえるように口に出すと――。


「何! それは誠か?」


 フローゼ姫がいきなり席を立ち、大きな声で確認してきます。


「声が大きいにゃ!」


 ミカちゃんがフローゼ姫を嗜めると、バツの悪そうな面持ちで席に座りなおします。


「本当だにゃ。兵隊さんの会話が聞こえたにゃ」


 フローゼ姫は何か考え事を始めます。


 エルフへの責任の所在を何処に求めればいいのでしょう?


 それにあの団子虫をこのまま放置していたら、きっとここは誰も住めない街になってしまうでしょう。


 予定では、この宿に滞在しながら街で色々な情報を集める予定でしたが、食事を取り終え僕達は部屋に戻ってきました。


「それでこれからどうするかにゃ……」


「王が喰われたのは分ったが……そもそも国であるなら、後継者位は居るのではないか? 妾の国にも王に万一があった場合は、第一王子の兄上が政務を取り仕切る事になっておるゆえ」


 アンドレア国ではその様ですが……ここは砂漠の民の国です。


 次に団子虫が襲撃して来た時は誰が指揮を取るのでしょう?


 まずはその辺の情報を探らないといけませんね。


 と、その前に――。


「昨日の今日でバタバタしていて忘れていたにゃ!」


 そう言って、ミカちゃんが腰のポーチから1枚の紙を取り出します。


 そこには……討伐依頼書と書かれてあります。


「早くこれを正門の守衛さんに見せて、退治しないと捕まってしまうにゃ!」


 あはは。そっちの方が僕達には大問題ですね。


 僕達は頷き合うと、水筒に水を入れて宿を飛び出しました。

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