第75話エルフの長

 僕達の目の前には10人程のドワーフの男達が、半袖のシャツから太い腕を剥き出し到着した他の船から荷を下ろしています。


 渡り桟橋がかけられ、僕っ子のエルフが先に渡っていきます。


「これから長の所まで案内するから、僕に付いて来てくれるかな?」


 そう言葉を投げかけられ、用心しながら僕達も渡り桟橋を歩きます。


「こっちだよ!」


 僕達が渡り終えると太い木の根でしょうか?


 そこに開いている穴へと誘われます。


 周囲で働いている男達がエリッサちゃんと、フローゼ姫を興味深く覗き見ているのが分ります。


 僕からすれば皆、同じ人なのに……。


 肌の色や、髪の色、顔の形が少し違うだけで、侮蔑の視線を投げかけられるのはしっくりきませんね。


 そんな視線の中をエリッサちゃんはおどおどと、フローゼ姫は堂々としてはいますが、額から流れ出る汗は誤魔化せていません。


「みゃぁ~」


 僕はミカちゃんに、何か感じ悪いね。


 そう告げると無言で頷いてくれました。


 アウェーの中に取り残された感が否めません。


 僕っ子エルフが大木の穴の中に入っていくので、それに続きます。


 中は床に丸い模様が刻まれていて、僕達全員が入ると突然発光し出しました。


「――にゃ!」


「こ、これは……」


「ほう――」


 女性陣の皆が感嘆の声をあげます。


 眩しかった光が収まると、僕達の体に異常が現れるでも無く、一見すると何も変わらない様に思えます。


 ですが、入ってきた入り口から見える景色だけが違います。


「今のは転移の魔方陣であったか!」


 フローゼ姫が、何が起きたのか説明してくれます。


 あんな便利な魔法が使えたら、移動が楽でいいですね。


 驚いている僕達を余所に、僕っ子が入って来た入り口から出て行きます。


 同じ出入り口なのに、別の場所というのは妙な感じですね。


 僕っ子に付いて、僕達も扉を潜ると――。


 目の前には一面、真っ青な空と、その下に白い雲が浮かんでいました。


「凄いにゃ!」


「ここは天国ですの?」


「まさか伝承では知って居たが、本当にあるとは……」


 何の事でしょう?


「みゃぁ~?」


 フローゼ姫の伝承に反応し、僕が尋ねます。


「子猫ちゃんが伝承って何と聞いているにゃ」


 ミカちゃんが僕の代わりに話してくれます。


「うむ。古くから伝わる書物を昔、曽祖父が手に入れてな。それによればエルフの住まう場所は雲の上にあるというものだ」


 実際は大きな樹の上ですが、雲の上と表現しても差し支え無いでしょう。


 大樹からの壮観な光景に足を止めていると、


「ここからの景色など珍しくないよ。それより早く行こう」


 それは常に此処に済んでいるエルフだから言える台詞です。


 僕達は、もう少し眺めを堪能したかったのですが、仕方なく着いていきます。


 ここに長居する気はありませんが、また見る機会はあるでしょう。


 僕達が歩き出すと、その歩幅に合わせるかの様に僕っ子も歩きます。


 樹の外周をしばらく歩くと、一際目立つ大きな扉が正面に見えてきます。


「ここが長のおわす場所となっております」


 そう言って扉を横にずらすと――。


 お婆さんの家にあった玄関がありました。


「ここで靴は脱いでくれたまえ。この先は土足厳禁だからね」


 僕は靴など履いていません。


 そのまま中に入ろうとすると――。


「猫はこれで足を洗ってからお入り下さい」


 そう言うなり僕っ子が、横の下駄箱の上に置いてある水が入った、たらいを差し出します。


 お婆さんの家でも似た様な経験があるので、賢い僕は理解出来ます。


 4本の足を綺麗に洗い、たらいから足を踏み出すと、


「お待ち下さい! これで足を拭いてからです」


 目の前にボロイ雑巾が置かれました。


 お婆さんの家では、綺麗なタオルで拭いてくれましたよ!


 僕の好感度を下げた僕っ子は、何も無かったかの様に歩き出します。


 正面には、障子がありそれを横に開くと、僕っ子は僕達が入室するのに邪魔にならないように後ろに下がり跪きます。


 僕達が開かれた障子を廊下から覗くと――。


「ようこそおいでくださったのじゃ!」


 中に置いてある炬燵に背を丸めた状態で入っている、歳の頃ではミカちゃんと同じ位の――幼女がいました。


 幼女は白銀の背中までありそうな髪の毛をだらしなく、炬燵のテーブルの上に垂らし、翡翠色の瞳を輝かせ僕達を微笑みで迎えます。


 炬燵の上には籠に入ったみかんが置かれてあり、すでに数個食べたのでしょう。剥かれた皮が乱雑に積まれています。


 どんな威厳のある人がいるのかと思えば……だらしない幼女です。


 皆、唖然としています。


 僕だけこの光景に見覚えがあります。


 これはお婆さんの家の居間とそっくりです。


 これで急須と湯飲みがあれば完璧です。


「みゃぁ~!」


 僕が懐かしい光景だと言葉を漏らすと――。


「ほぉ、そなたが迷い人、いや、迷い猫であったか」


 僕の言葉が分るようで、こっちに来てそなたも、みかんでも食べないか?


 そう誘われました。


 懐かしい光景と炬燵に惹かれて、駆け出します。


 ――すると。


「子猫ちゃん!」


 ミカちゃんが慌てて僕を制止しようと声を掛けてきました。


 危ないですね。


 危うく、誘惑に負けちゃう所でした。


 僕はミカちゃんと炬燵の中間の位置で止り、ミカちゃん達を待ちます。


 炬燵に丸くなって入っていた幼女が、チッと舌打ちしました。


 幼女だと思っていると痛い目に遭いそうです。


 僕が居る場所まで皆が来ると、幼女が言葉を紡ぎます。


「妾はここのエルフを取り纏めておる、セロナ・フレーアなのじゃ」


 先程までとは打って変わり、凛とした眼差しで僕達を見据えています。


 いつの間に直したのか、炬燵にだらしなく垂れていた髪はきちんと整えられ、背筋もピンと伸ばしています。


 先程までのは、演技だったのでしょうか?


「妾はアンドレア国が第一王女、フローゼ・アンドレアだ!」


 フローゼ姫がセロナに張り合うかの様に、凛として紹介します。


「私はミカにゃ。冒険者ですにゃ」


「私はエリッサ・サースドレインですわ」


 フローゼ姫に先を越されたので、僕は皆が言い終わる頃合に声に出します。


「みゃぁ~!」


 僕が挨拶をすると、エリッサちゃんに抱かれている子狐も、


「アーン」


 と、可愛らしく挨拶をしました。


「まぁ、立ち話もなんなのじゃ。一同座ってたもれ」


 座れと言われても、和気藹々の雰囲気では無い状況で炬燵を囲むのでしょうか?


 僕達が困っていると、


「これならどうじゃ?」


 セロナが声をあげると炬燵のあった場所に、大きなソファーセットが現れます。


 これなら3人掛けなので、抵抗はありませんね。


 向かい側に1人掛け仕様のソファーが現れ、セロナが座るのを待ってから僕達も正面に座りました。


 このまま何事も無く、素通りさせてくれるといいのですが……。


「それで何故、エルフのゲートでやってきた迷い猫が人間と共におるのじゃ?」


 最早、幼女の面影はありません。


 エルフの代表として、威厳のある態度で言葉を投げかけてきます。


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