第48話浴室で……。

「えっ、ミカさんは私よりも年下ですの」


 僕達3人は、今お城にある大きな浴場でお互いの体を洗い合っていました。僕は知っていましたが、エリッサちゃんはミカちゃんの歳を知らなかった様です。翡翠色の瞳を大きく見開いて驚いています。


「そうですにゃ。獣人は大人までが早いですにゃ」


 ミカちゃんは全身が雪の様に真っ白で、耳の先だけ初冬の山にココアが降り積もった様に茶色が混ざったきめ細かな毛を泡塗れにしながら澄まし顔でそう言います。

 僕も初めて知りましたが、獣人の場合は成長が早く――人間よりも早く大人になるそうです。見た目だけなら同じ歳に見えてもエリッサちゃんよりもミカちゃんの方が3歳年下だったみたいです。


「10歳なのに――しっかりしてらっしゃいますのね」


年下なのにしっかり者のミカちゃんを感心した表情でそう言います。


「孤児院で育ったからかも知れないにゃ」


ミカちゃんは目線を天井の方へ向けながら、あっけらかんとそう話します。


「苦労されていますのね」


 そう言うエリッサちゃんもミカちゃん程では無いけれど、白絹の様なつるつる滑らかな肌に石鹸で泡立て、ミカちゃんと同じ位の歳相応な膨らみをタオルで隠しながらミカちゃんの境遇を思い、――瞳を伏せました。


「そんな悲しそうな顔をしなくてもいいにゃ。私は今幸せにゃ」


 エリッサちゃんの表情が沈んだものに変わった事を見て取ったミカちゃんはおどけてそう語ります。


「そうなのですの?」


少し小首を傾げながらエリッサちゃんは不思議そうにそう言葉を発します。


「そうですにゃ。子猫ちゃんに守ってもらって冒険者にもなれましたにゃ」


ミカちゃんは僕の方を見つめながら、満面の笑顔で告げました。


「みゃぁ~みゃぁ~」


 僕はミカちゃんに顎を突き出し反論します。

 違いますよ。お互いに守りあっているんです。助けるだけでなく、助け合っているんですから。


「子猫ちゃんはなんと……」


 僕の様子が少し変わった事に気づいたエリッサちゃんは、僕の言葉が気になったようです。


「お互い様ですと言っていますにゃ」


 興味津々にエリッサちゃんが尋ね、ミカちゃんは恥ずかしそうに僕の言葉を伝えてくれました。


「羨ましい関係なのですね」


 エリッサちゃんは憧憬の眼差しでミカちゃんを見つめていました。そんな気持を慮ったからかは分りませんが、


「これからはエリッサちゃんもその仲間になったにゃ」


ミカちゃんが、エリッサちゃんを見つめ、口元を綻ばせます。


「うふふ、これからもよろしくお願いしますわ」


 エリッサちゃんは、ミカちゃんを真似て口元を綻ばせ破顔させました。

 僕達3人はいい関係を築いていけそうです。


 しばらく姦しい会話を楽しんでいると、メイドさんがやってきて子爵様が戻られました。と告げていきます。これからの事でお話があるのでしょう。僕達は急いで泡を濯いで落とすと、軽く湯船に漬かり早々に風呂場から出ました。


 濡れた毛、髪の毛を乾かし、子爵様の書斎に行くとそこにはフェルブスターさんがいました。子爵様はクライニングチェアに深く腰を下ろし、フォルブスターさんも今回はソファーに座っています。まだ病み上がりですから無理しない方がいいですからね。


「今日は本当に有難う。ミカ殿、猫ちゃん、それにエリッサのお陰で無事街は守られた。伯爵家の兵を指揮していたイグナイザーの捕縛も出来、今は騎士隊の牢屋で取り調べ中だ。これで伯爵がこれまで隠してきた悪事が全て白日の下に晒されよう」


 子爵様からは真摯な表情で、何度も頭を下げてお礼を言われます。偉い人がそんなに頭を下げても平気なのでしょうか?


「ミカ殿、猫ちゃんのお陰で命を救われました。本当に有難う御座います」


 フォルブスターさんからもまるで格上に対するように目を下げお礼を言われます。僕達はそんな難しい事をした訳では無いんですけれどね。


「この様な話、子供に聞かせる話では無いのだが――伯爵が今回出兵させた兵の総数は1000人を超えたが、その内8割は既に処刑した。残りの2割は逃げられたが……現在の伯爵領にあとどれだけの兵が残っているのか確証が得られるまでは、陛下からの返事を待とうと思う」


 子爵様はおでこに指を当てながら、真剣な表情で今後の対応を話してくれます。どうやら追撃は行わないようです。万一を考えての事なのでしょうけれど、伯爵領には恐らくもう兵は数少ない人数しか居ないでしょう。ただでさえ過剰な兵を派兵してきたのですから。これ以上、数を揃えていたらそれこそ王座でも狙っているのかと国王から疑惑を抱かれる事になりかねません。


 どの道、もう手遅れですけれどね。


 そうして5日間に及ぶイグナイザーの取調べが終わった頃に、王から派遣された1000人の兵がこの子爵領にやってきたのでした。

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