第78話 レイディオ体操第一番
「な、なんなの!? その、レイディオタイソウって……」
「まー見てればわかるって。さーて、みささん気をつけー!!」
私は床に転がりながらうろたえるキュールは放っておき、口に指を突っ込んで口笛を鳴らした。
「ひっ!?」
キュールは大げさに驚いている。どうやらこの世界の人たちは、こういった粋な口笛の鳴らし方を知らないらしい。私は女の子だが、利用者様のチャラいおじいちゃんに教えてもらったおかげで、かなりいい音が出せる、という無駄な特技を持っているのだ。
さて、そんな私の指笛に反応して、アッテリアが腰に手をあてて駆け寄り、エルさんの横に並んだ。エルさんも条件反射的に背筋をピシッと伸ばして、体操前の独特の緊張感が漂っている。肉体派の私にはなんとも心地良いこの瞬間。
「じゃあ、いくよー。それじゃあ
私は深呼吸する。それに合わせてエルさんとアッテリアも深呼吸。得も知れぬ緊張感からか、なぜかキュールもつられて深呼吸する。
「ぱーんぱーかぱ! パッパッパ! ぱーんぱーかぱ パッパッパ! タララララララララララララ・・・・・」
「え!? ちょ、何? いったいなんの呪文なの!?」
染み付いたあのメロディーを大きな声で歌い上げる。若干音痴なのはこの際気にしない。彼女にはそれが呪文に聞こえてしまうらしい。
「腕を前から上にのびのびとー、背伸びの運動からー、ハイ!」
「はいっ!?」
もはや伴奏かどうかも怪しいフレーズを歌い上げながら、腕を伸ばして背伸びをする。アッテリアもエルさんも表情一つかえずに、美しい姿勢でそれに取り組んでいる。ちなみにエルさんが姿勢を正して背伸びをすると、結構びっくりするくらい首が伸びる。
「いち、にっ、さん、しっ、いち、にー、腕と足の運動ー、はい!」
そう、既にお気づきかも知れないが、レイディオ体操とは、ラジオ体操を単にそれっぽく言っただけの、ごく普通の体操なのだ。
エルさんの足取りが大分安定してきたのを見計らって、朝はこうしてみんなでラジオ体操に取り組むことにしていたのだ。最初は気が乗らないアッテリアだったが、肩こりが楽になったらしく、それからはこうして積極的に参加してくれている。
ラジオ体操というのは、体の健康を作る上でも確認する上でも非常に効果的な運動だ。大人になってからそれに全力で取り組むと、軽く息があがるほど。自分の肉体のバランス感を知る上でも便利な内容になっている。
実際、介護施設などでも、当たり前に取り入れられている運動だ。部屋に一人でいる時などはなかなかやらないが、人目があって皆がやっていると頑張る、という人間心理がある。デイサービス等に通うと、こうした機能運動を定期的に行うことになるので、体の機能が維持され、健康寿命延伸へとつながるわけだ。
さて、こうしてその後もラジオ体操は続けられた。どうやらそれが怪しい魔術や儀式でないということがわかったキュールは安心していたようだが、気を抜いたタイミングでエルさんが地面を踏み固めたり炎を吐いたりするから、体操が終わった頃には私達以上に疲れて、地面に女の子座りでへばってしまっていた。
「ふう、いい汗かいたー!」
きっと私の汗は、日光の元ならキラキラと美しく輝いていただろう。アッテリアの汗も色っぽく、それが谷間に吸い込まれていく。
一方、エルさんは汗をかかない体質なのだが、その替わり、犬と同じように舌をべろーんと伸ばしている。どうやら呼気で体温を調整しているらしい。
そうやって舌をだしていると、よだれがれろーっと伸びて水たまりを作るのだが、なぜかそれはキュールに直撃していた。キュールはエルさんの透明なよだれを頭からかぶり、ベタベタになっている。
「えっと、何やってんの?」
「こっちが聞きたいわよ……」
キュールに抵抗する体力は残されていないようだった。キュールをよだれまみれにしてしまったエルさんだが、いかんせん視線の真下ということで、それに気が付かないようだった。
「あらまぁ大変。そうだ、どうせなら、お二人で水浴びでもしていらしては? お洋服なら、そこで私が洗いますよ」
アッテリアの提案に、私の目は光り輝き、キュールは絶望の表情になった。
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「まって、まってまってまって! おちる、おち……きゃー!!!」
どぼーん。
水浴びといえば、ここ湖である。嫌がるキュールから二人がかりで外着を脱がせ、キャミソール的な肌着になったキュールと一緒にエルさんの頭によじ登り、これまた嫌がる彼女を突き落……じゃなくて、飛び込んでもらった所だ。
「アカネ、いっきまーす!」
ドボーン。
そしてそれに続く私。やっぱり体操の後はこれが気持ちいのだ。
「ぷはっ」
「ぶわっ」
海面から顔をだした私達は、お互いのぺちゃんこになった髪型を指さして、笑った。
「もう、貴方って、めちゃくちゃな人」
キュールが笑う。その笑顔は太陽の光と湖面の輝きでライトアップされて、とても綺麗だった。やっと、年頃の彼女の素顔が見れた気がする。
「ごめんね。でもこれが私のやり方なの。難しいことは考えないで、楽しいことを楽しんでやる。それが一番、人生を素敵におくる方法だって、私はそう思ってるんだ」
陸では、キュールの服とついでに私の服を丁寧に洗ってくれているアッテリアの姿が見えた。エルさんは翼を濡らして、気持ちよさそう。
「体の状態がどうだとか、だからこうしなければならないとか。難しいことを言って、それを強要するでしょう? 私はね、それは違うと思うの。だって、私だって楽しくないことはやりたくないよ。長生きして、年下の奴に辛いこと頑張れって言われたって、やれないよ。私は、楽しいと思うことが、一番の薬だと思うから」
それは逃げじゃない。人生を自分のものにするために必要なことなのだ。
「一番の薬、か」
キュールがこちらを見た。どきっとするほどキュートな瞳が私を見つめる。
「貴方になら、エル様を任せても良さそうね。今日は勉強になったわ。これからもよろしくね。……アカネさん」
わたしたちが握手しようとした時、エルさんの口から放たれた水鉄砲が直撃した。
そしてまた二人で大笑いして、そこからはエルさんと一緒にへとへとになるまで水遊びをした。
そう。こうやって、私達がまずは楽しまなくちゃ。
他に、誰が楽しむっていうのさ!
ドラゴンの介護福祉士 ゆあん @ewan
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