第76話 ドラゴンとケアマネ

 その女の言葉を聞いて、私が一番最初に感じた印象は、これだった。


「クーリングオフ?」


「キュール・インゴフ! どんな耳してんのよ!」


 そして三人の間に静寂が訪れる。

 キュールは早速やらかしてしまったミスに気がついたようで、前のめりの姿勢を正してコホンと咳き込んだ後、深呼吸していた。


「なぁんだ。とてつもないオーラの女の子だと思ったけど、普通じゃん」


「ふ、普通とか失礼ね! 私は貴族よ! あなた、そんな態度が許されると思っているの!?」


「いや、私貴族とかそーゆーの、よく分からないし」


「わからないっ!? 一体なんなの!? この女は!」


「でも、本当綺麗な髪してるね。うわっ、さらっさらだ! ねぇアッテリア、ほら触ってみて!」


「ちょっと! 辞めて辞めて辞めて!」


「あら、まぁ! なんて綺麗なのでしょう」


「もー! やーめーれー!!」




$$$



 そんなこんなで、早速キュールが私とアッテリアにもみくちゃに可愛がられること数分。


「とにかく!」


 アッテリアの小屋。新しく入れ直した紅茶をひとすすりすると、小さい体格の割に態度がでかいキュールは、話題を仕切り直す教師のような態度で説明し始めた。


「私はね、本国から、貴方がエル様の従者としてちゃんと仕事をしているのかどうか、確認しに来たのよ」


「確認?」


「そう。前任者が投げ出してくれちゃったからね。困るのよ、そういうの」


 と、あからさまなため息をつく。


 そういえばここに来た時、前任の従者は途中で投げ出し、姿をくらませてしまったと言っていた。そこでタイミング良くこの世界にやってきた私が、その担当を引き継いだ訳だが。


「高齢のドラゴン達が、ちゃんとその後の生活を送れているのかどうか、それを確認して管理するのが、私達ドラゴン課の仕事なの。特に元精霊王ともなると、その力は絶大。万が一の不手際は世の理として許されないわ。何より、それが原因で暴走、なんて事になったら、その先に待っている被害を想像できなくはないでしょう?」


「まぁそれは……」


「そこで私達は、ドラゴンの色々な情報を集めて、その従者達に情報と指示を与えて、その通りにちゃんとしているか、確かめる必要があるのよ」


 なるほど。現実で言うところの、ケアマネージャー的存在になるのか。



 ケアマネージャーとは、介護保険利用者を適切なサービスに導いてくれる、家族にとって心強い存在だ。

 一口に介護サービスと言っても、数多の種類があり、そのどれが自分達にとって適切なのかを初心者が判断するのは難しい。家族側の事情だって様々な訳だから、その家族に最適なサービスだって様々という事になる。

 そこで、介護サービスを利用するにあたり、対象者にはケアマネージャーという資格を持った人材が割り振られる。彼らは介護保険法やサービスを熟知しており、家族の相談に親身に耳を傾け、それに最適な介護プランの提案をしてくれるのだ。それに家族が了承すれば、施設への見学や、契約への同行、施設の予約なんかもしてくれる。いわば、施設と家族とつなぐ役割のうち、家族側についてくれる人なのだ。施設側は、このケアマネージャーが作成したケアプランに基づいて、サービスを提供しなければならない。それを施設側で受け持ってくれるのが、相談員、という仕事だったりする。



 つまりキュールは、私達ドラゴンの従者達が、高齢ドラゴンに対して適切なケアをしているのかどうかチェックし、指示をしたり相談に乗ったりする立場の人間という事になる。


 なるほど。この世界のドラゴンを取り巻く福祉環境は、意外としっかりしているのかも知れない。


「でもさー、キュールちゃん」


「いきなり呼び捨て!?」


「私、特にそういう指示とか受けてないんだけど」


「……え?」


 キュールが凄い勢いで振り返る。台所に立つアッテリアを睨みつけている。アッテリアは笑ってごまかそうとしていたようだが、剣幕に押されて白状した。


「その、前任者の方、突然いなくなってしまったので、何も引き継ぐものを預かっていないのですよね……」


「じゃ、じゃあ、従者方針指示書は?」


「それもどこにあるやら?」


「ああ、もう」


 キュールは机に肘をついて頭を抱え、アッテリアは苦笑いだ。その従者方針指示書、とやらが、ケアプランに該当するものなのだろう。


 しかしこれでガテンがいった。従者が国家公務員バリの高待遇なのは、行政がしっかりと絡んだ組織のいち員だったからなのだ。全国に存在するドラゴンをそれとなく管理し、人間とドラゴンの関係を良好なものに保つ。それに国家も予算をつぎ込んでいるということだろう。


「まぁ、いいわ」


 キュールは紅茶を一気飲みすると、がたっと急に立ち上がり、あまり無い胸を張って私を指さした。


「あなたの従者としての仕事ぶり、見せてもらうわ。一から百まで、きっちりね!」


 その言葉に、私は身が引き締まった。

 介護職員にとって、ケアマネージャーの訪問は時に驚異だ。それが特に、「ちゃんとしたケアができているか確認する為だ」なんて言われれば、それは一挙一投足を試験されているようなものだ。


「できないとは、言わせないわよ?」


 キュールの生意気な目が見下ろしてくる。


 これは面倒くさいことになった。

 だけどまぁ、いつかはこういう日が来る。私は私が信じたやり方を、この人に伝えるしかない。エルさんと過ごした日々が間違いでは無かったことを、証明しなくては。


「望む所よ」


 私も立ち上がり、いつもよりも胸をぴんとはって、それを迎え撃った。


 私の介護コンジョー、魅せつけてやろうじゃないの!!

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