第75話 セレブ少女 キュール登場

 最近、アッテリアのお菓子力が上がった。


「はい、どうぞ」

「ありがとうー!」


 出されたのは、アッテリアが最近凝っているという、薬草を再利用して作られた紅茶だ。添えられたのは果実が練り込まれた焼き菓子で、私が居た世界を基準に言うなら、それはクッキーに近い。


「んー! おいしい!」

「よかった」


 昼下がりにこうしてお茶をするのは、恒例となっている。

 私がアッテリアと悠長にこうしている間に、エルさんは何をしているかと言うと、傾眠けいみんだった。


 傾眠は、病理的に言えば意識障害で、認知症を患った高齢者に多く見られる症状の一つ。眠気があり、軽い刺激で起きるものの、なんとなくうつらうつらと寝ている、という状態を指している。

 日中の傾眠が長引くと、活動量の低下から認知症の進行を促すだけでなく、食事中にものを詰まらせる誤嚥ごえんや排泄障害、他の病気の進行、そして夜間の不眠につながる。極力日中の覚醒度が高いほうが健康的な日々が送れそうな気がするのは、もちろん間違っていない。


 じゃあエルさんの傾眠をほっといて大丈夫なの? と思われるだろう。


 最近のエルさんと私は、朝起きるなり、かなりの運動を共にしている。先の全力坂(私があの番組で走っている人みたいに可愛くないとか言わない!)だったり、水浴び、飛行訓練、そして顎の運動など、それは食前まで続き、食後には口腔ケアも行っている。

 それは私にも中々の重労働なのだが、体力の衰えが見えるエルさんにしても、それは同じだ。

 つまるところ、エルさんはこの時間、ヘトヘトで眠くなってしまうのだ。

 あれだけの運動量についてこられるエルさんもやはり凄いのだが、歳は歳。途中で休憩も必要だ。


 そんなこんなで、エルさんの体を休ませる意味で、この傾眠時間は良しとしているのだ。


 となると、その間とくにやることの無い私は、休憩中のバイト学生のノリで、こうしてアッテリアの小屋に赴き、お茶とお菓子をごちそうになっているのだった。


「自然な甘みがいいね!」

「気に入ってもらえたみたいで。また作りますね」


 食いしん坊の私があまりにも美味しそうに食べるので、アッテリアも手が抜けなかったのだろう。しかし最近はメキメキとその力をつけており、家事全般の手際も良くなっているように見える。その後姿も、なんというか、保護欲に駆られるというか。


「いい嫁になるぜ……」

「え?」

「なんでもない」


 と、勝手に昭和の夫気分を味わっていた時のことである。



 上空にこだまするのは、ドラゴンの飛行音―――。

 にしては、低くて、小さい。かなりの低速飛行だ。


「誰だろう?」


 そうこう言っているうちに、畑の付近で柔らかな着地音が聞こえた。

 私の知る所のドラゴンの着地はどれもダイナミックで、ぶっちゃけ結構迷惑な振動と砂塵が巻き上がるのだが、今のは鳥たちが枝の先にとまるような、そんな繊細さを感じるものだったのだ。その証拠に、この部屋の窓から砂埃が入ってこない。


「テトだわ」

「え、テトちゃん? うっそ!」


 アッテリアは料理中に訪問者の対応をせざるを得なくなった若妻のように、手元を布で拭い、軽い小走りで扉から出ていく。めっちゃいいオンナだ。


「しかし、今のがテトちゃんとは」


 最近のテトちゃんと言えば、私のお願い(脅しとも言う)によって、かなり丁寧な着地を心がけてくれてはいるものの、今日のそれはそんなレベルでは無い。むしろそれができるなら、何故いままでそうやらなかったのかと、舐められた気分だ。


 扉から出れば、そこには本当にテトちゃんが居た。なぜだか知らないが別人のような立ち振舞で、上品さが三割増し。まさか私に会うために品格を纏ってきてくれたのかしら、なんてことを思ったが、即座にそんなことは無いのだと知る。


 わずかに巻き上がった砂塵は薄霧のようだったが、それが晴れて、判然とする。今まさに、品格三割増しの所作のテトから、ゆっくりと人が降りてきているのがわかった。


 それは少女だった。と言ってもそれは、低めの身長から察する特徴であって、その立ち振舞は品格の塊のようで、大人の女と言ってよかった。赤としか言いようが無い艷やかな髪をばさっと整え、こちらに悠然と歩いてくる。身なりは超上等、真っ白な制服はブランド品のコートのよう。間違いなく、セレブ。こちらの世界でいうなれば、貴族ってやつなのかも知れない。


「うへー。貴族とかって本当にいるんだ……」


 アッテリアはそれがお客様だとは認識しているようだが、精霊王の時のように跪いたりはしていない。それが誰なのかを探っているのかも知れない。しかしテトちゃんはしっかりと頭を低くしており、相手がであることを物語っている。


 そしてその少女は、アッテリアの前に毅然と立ち、言った。


「突然の訪問、失礼した。ここに、ドラゴンの従者、かつての地竜王エル・キャピタン様の従者はいるか」


 アッテリアが振り向く。その目が「知り合いですか?」と聞いている。当然、私は初対面だ。その雰囲気を察してか、少女の割に迫力は男前で優雅、そんな彼女がツカツカと私の前に歩き寄り、言った。


「私はマンサーラの地を治めるインゴフ家は長女、キュール・インゴフ。国の使命を受け、あなたに会いに来た。ドラゴンの従者よ」


 赤髪碧眼の美少女貴族。

 この世界に来て初めて、私より胸の小さい子が、私の前に立ちはだかった。

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