第58話 工事現場監督、アカネちゃん

 我々にとって見れば、アスファルトで舗装された道はもっとも身近な「道」だ。

 当たり前のように均一にならしてあって綺麗なたいら、あえて言うなら道路の中心側は水はけを考慮してちょっと盛り上がっているが、幅はどこまででも均等で、タイヤと言う回転する足が滑らかに転がっていく事を念頭に作られている。


 しかしここは異世界、ファンッタズィーである!


 自然豊かなこの世界では、人工物の比率が圧倒的に少ない。「綺麗に整頓された」だとか、「流れるような曲線」だとか、無機物的な美しさという概念があまり浸透していない。そんな世界で住まう彼らにとって、この舗装という作業は非常に難しいものらしい。


「そこ! こっちから見ると出っ張ってる! あとそっちも! そこだけなんか細いよ!」


 私は羊皮紙を丸めた拡声器で叫びまくっていた。


「そこの岩は協力してどかしてください! 車輪がぶつかったら大変!」


 直線という概念が浸透していない上、大規模工事でも有用な計測物が普及していない。こんな環境だと、道が不自然に歪んでいても、そもそも歪みだと認識出来ていないだ。


「この傾きだと横転しちゃうかも…。ここの部分を少し削って……」


 そんな訳で私は、斜面を登っては下りを繰り返し、目測で道の出来を確認していた。介護施設で鍛えたタフな声帯も流石にガタが来ている。スポーツ部の女子みたいにちょっとハスキーな感じになってきてしまっていた。


 狼男達はと言えば、それはもう真面目に働いていた。体力は人間の比では無く、結局昨日も殆ど一日中働いていた。完成が見えてきた頃に私のチェックが入り、調整を行う為に再び作業を開始したのが今朝の日の出とほぼ同時。今は昼間過ぎだから、これが人間なら既に規定の八時間を働き終えたところだ。そんな彼らに指示しか出来ない私だが、気後れはしていられない。逆に彼らの頑張りを無駄にしない為にも、より安全で完成度の高いものを目指さなければ。


「アカネ様、少しはお休みください。我らと違って人間、それも女性です。無理は体に響きます」


 足元から声が聞こえるのは気のせいではない。先程から私が遠慮しているのにもかかわらず肩車を強要してくるのはツェプトさんだ。


「ありがと。一応女として見てくれてるんだね」


 高いところの方が声が通りやすいだろう、という提案で肩車をされて以降、かれこれ数刻このままだ。


「当たり前です! この感触! 男では出せまい! いや、失敬。…この手触り!」


 おかげで斜面の上り下りは楽なのだが、微妙に鼻息が粗いのがちょっとアレだ。女として意識されているのは素直に嬉しいのだが、扱いが不慣れすぎて逆に気を遣う。間違ったことはしないだろう、と信じるに値する程の熱血漢であるのが救いだった。


「……みんな、アキマサじじを大切に想ってるんだね」


 ツェプトの肩からの見通しは実際、良かった。上にしても下にても、狼男達が一生懸命働き、そしてそれに雷竜の子達が協力している。一人のドラゴンのために、種族を超えた協力が行われているのだ。


「それは当たり前です。アキマサ様は我ら野蛮な狼男達に住処を与え、生き方を示してくれました。あの方がいなければ、今の我々はただの犬畜生に成り下がっていたでしょう」


「そう、なんだ」


「はい。我ら先祖は、故郷を追われこの山にたどり着きました。人間でも無く、狼でも無い。そんな我らの住処はどちら側にも無かったのです。しかしアキマサ様は我ら祖先を優しく迎え入れ、種を認めてくださった。どちらでもないのであれば、どちらにも劣らぬ種となりなさい、それが出来るまで、ここで存分にもがくと良い、と」


「……どちらにも劣らぬ種……」


「左様。人間のような知性と、狼のような強さを。自然に寄り添い、人間の文化を理解し、仲間を大切に出来る。我らの体はケダモノのそれですがしかし、想いを何よりも尊んでいるのです。私が生まれたときには既にアキマサさまは王位を譲られておりましたが、その偉大さは父より聞き及んでおります」


 先人が残していったもの。

 膨大な時間を惜しまず努力して産み落としていった軌跡。


 最古の竜「雷竜アキマサ」が残したものは、こうして後世に残されて行くのだろう。


「そのアキマサ様が我らの力を欲するというのなら、惜しむ者はいません。私がこうしてアカネ様のそばでお手伝い出来るのも、私が取り仕切らなくても、高い志をもって彼らが自主的に動いているからです。私は仲間に恵まれました」


 自分の下方から声が聞こえるという経験はあまりないだろう。私は幼子のとき、父に肩車をしてもらったことを思い出していた。


 ふと無意識に乳を揉んでいた。思えばいつ頃から、この体を自分の体だと認識するようになったのだろうか。


 転生の理屈はわからないし興味もない。この体はもしかしたら父と母に貰ったものでは無いのかも知れない。


 それでも私がこうして大きくなれたのは、両親のおかげに違いが無かった。私を健康な体に産み育ててくれたことに感謝した。


「それでも、きっとツェプトさんがいないとダメなんだよ」


 群れのツェプトに対する信頼はよくわかった。彼らにとってこのツェプトという存在は、友であり、兄弟であり、そして父でもあるのだ。私が両親に感じた想いを、きっと群れの仲間達は感じている。


「そうだといいんですが」


 このツェプトの腕っぷしなら、力にものを言わせて群れを率いる事も出来るだろう。でもそれをせずに仲間と真摯に向き合って来たに違いない。額の傷、鍛え抜かれた肉体、堅物、そして女に不慣れ。そんな彼を構成するいたる所から連想させるのだ。うつつを抜かす事無くひたむきに真面目に努力してきたのだろう、と感じずにはいられなかった。


「ところでアカネ様、来客のようです」


 ツェプトが太い腕を伸ばして指差す方向には、豆粒のような黒い点が見えた。


「よく見えるね……。あれは――ドラゴン?」


「あの体躯と艶は地竜のもの。おそらくは現地竜王、イル様ではないかと」


 ――イルさん!


 ついにあの頼りになるお方がお見えになったのだ!

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