第57話 伝家の宝刀!
人間の「
例えば「第一印象は重要」という言葉があるが、第一印象はそう簡単には覆らないから、というのがその理由。これは社会にでるとビジネス文書などで嫌になるほど目にすることになる、人間の事実だ。
ではなぜその第一印象は簡単に覆らないのか。
それは第一印象が、人間の脳をフル稼働、つまり経験や知識の蓄積から自分の感性、そして生物的な性癖までを含む全ての領域を全力で可動させ、瞬時のうちに算出した答えだからなのだそうだ。後からくよくよ考えるのは理性という感覚で理由付けしているに過ぎず、時としてそれは自分を騙すことが出来る訳だが、それは片目を閉じて世界を見渡したのと同意義らしい。
一目惚れがなかなか醒めないのも、そういう背景があるんだそう。
勘、便利な区分で言えば「第六感」であるが、これもその「フル稼働して算出したイメージ」なのだそうで、それは自身の感覚が反映されているために、この先取る行動も含めてその事象に寄っていってしまう可能性が高く、結果として勘として思い描いた通りの未来が待っている、なんて事があるんだそう。
高齢になり、認知症を患い、老眼により視力が低下し、耳も遠くなっている。
しかしなぜか勘だけは異常に冴えている。
そんな人が稀にいる。稀、よりもずっといるかもしれない。
耳が聞こえないのにインターホンが鳴っているのがわかる、とか。
そっと後ろに立ったのに当たり前のように話しかけてくる、とか。
とにかく人間の脳は、自身が知覚できているもの以上の情報を高度に扱っているのは間違いないのだ。
幼い子や高齢者と接していると、そういう不思議な経験をすることも珍しくない。
さて、目の前には絶壁を作り出している巨大な岩石がある。
今までの経験から言えば、スロープ作戦が正解に決まっていた。車椅子が登れない傾斜にはスロープを設けるのが公共機関としての大原則だ。それがかなわないならば、エレベーターなどの代替装置を設けるのが世の常だからだ。
アキマサじじのための車椅子は、殆どが前世での経験をもとにイメージされたもの。普通に考えれば、現世と同じように動くはず。もし方向転換に細心の注意を払ってクリア出来るのであれば、それが最善に思える。理屈ではそうすべきなのは間違いないだろう。
しかし、このときの私はとても冴えていた。
「ツェプトさん。ちょっと連れてきてほしい人がいるんだけどさ」
スロープ作戦? ノンノンノン。
私の直感がそう、言っていた。
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『なるほど、そういうこと』
私の横にはトルマリン色の体表が美しいドラゴン、雷竜トシコがいた。
「そそ、これをどうにかしたいのよ」
トシコさんと私は、作戦会議以降、気がしれた関係となっていた。同じ目標を掲げた同胞であり、まるで親友のようなつながりを感じた私達は、今では遠慮なくお互いにタメ口だ。
『一思いにやってちまっていいのかい』
こんな昭和を彷彿とさせる「べらんめぇ口調」に慣れてしまうと、いまさら敬語を使われても正直むず痒いというのが本音だ。あれだけ威勢よく狼男共を仕切っていたのに、直後に私に頭を下げられたんじゃあやりにくくてしょうがない。
「そりゃあもう、鮮やかに、すぱっと」
トシコさんを呼んだのは何も気がしれていたからだけでは無い。私はピーンと思い出したのだ。鋼鉄のように頑丈でしなやかな体表を持つ地竜の体に、いとも簡単に傷を負わせた、あの爪の威力を。
『ふっ、お安い御用さ。ちいとばかし危ないんでね、下がっててくんな』
私は最初にそれを見たとき、まるで日本刀のようだと思った。かつて世界から恐れられた、切れないものは無いとまで云わしめた、世界最強の剣。その刃が、武神トシコさんの翼には備わっている。
『ほら、あんんた達も巻き添えを食らいたくなきゃ、さっさと散りな!』
トシコさんの爪には今まで見たことの無いほどの雷の力が集まっていた。爪がまるで雷鳴のように青白く発光している。
彼女は右の翼を折りたたみ、呼吸を整えて――そう、まるで刀を構えて居合い抜きするかのように――その翼を大きく引き抜いた。
『
その掛け声と共に、閃光が横切った。遅れてやってきた衝撃波が、ハムのようにスライスされた岸壁を粉々に粉砕していく。
「すっげー! 映画みたい!」
CGを駆使した洋画のような一幕が、目の前で起こっていた。煙が晴れれば、さっきまでそびえ立っていた岩石の壁は跡形も無く消え去っていた。
『またつまらぬものを切ってしまった』
トシコさんがいかにもなセリフを言うと、陶酔した狼男達が熱狂的な雄叫びをあげていた。あまりにも盛り上がりすぎて、中には隣のやつを殴り飛ばすやつまで、再び現れるほどだ。
「トシコさん…。やっぱりあんたかっけーよ……」
やばい。私まで惚れちゃいそう。
かくして頂上までの問題は解決した。あとは完成を待つばかり。
そしてそこからは、いよいよ私の仕事だ!
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