第33話 エルフの少女の思春期事情

 ココの森に着いた頃には、辺りは群青ぐんじょうに包まれていました。森の中は生い茂る木々が光を遮るので、日が傾けばすぐに暗くなってしまいます。エルフは夜目が効くとはいえ、明るい方が効率が良いのは言うまでもありません。


「ではテト。お前はここで待っていて下さい」


 私はフードを目深まぶかに被って森に駆け出します。


 ココラの花は「日追花ひおいばな」とも呼ばれています。薄紫をしていて手のひらくらいの大きな花が咲くのですが、日の出と共に咲き、日を追うようにその向きを変え、そして日が沈むばその花を閉じるのです。面白いのは、そこで枯れてしまうのではなく、また翌日に花が開くところです。本当かどうかはわかりませんが、うっかりその花弁に閉じ込められた虫たちは、不思議なことに、翌日には姿を消しているそうです。

 そうして花が閉じてしまうと、背が低いココラは雑草に埋もれて見つけにくくなってしまいます。なぜか群生しないのもあって、捜索は困難を極めます。


 気がつけば辺りは殆ど真っ暗でした。ココの森は庭と言ってもいいくらい親しんでいますが、なかなかすぐには見つかりません。めぼしい所を探し回ります。


「あれは」


 そんな時です。樹齢が500年は越していそうな大きな木の下に、それは生えていました。花は閉じかけていましたが、その美しい薄紫が残っていたので見つけることができました。これは幸いでした。私は駆け寄って早速その花を根本から引き抜き、土を払うと腰にくくりつけたカバンの中へ押込みます。


「よし、あとはピーラの実だけ……」


 ピーラの実は滋養強壮作用の強い木の実です。殻がとても硬いですが中は瑞々みずみずしくてとても甘い、おいしい木の実です。私が風邪をひくとお母さんがよく取ってきてくれました。食べ過ぎると体に悪いそうなのですが、エル様はお体が大きいので多めに取っておいたほうが良さそうです。


 立ち上がって再び歩きだそうとした時でした。人の気配がして振り返ります。


「……ココラは我らエルフにとっても貴重な花。関心できんな、アッテリア」


「おじいさま!?」


 その声は確かに私のおじいさまでした。奥の暗がりから歩き寄る人影が徐々に鮮明になっていきます。白銀の髪の毛より、顎の毛の方が多いのは相変わらずです。


「久しぶりに帰ってきたと思えば、コソ泥か。外の世界に触れるとこうもいやしくなるものか。全くなげかわしい」


 エルフの民族はあまり森から出たがりません。とにかく閉鎖的なのです。長命で博識なのに、どうしてこうも凝り固まってしまうのでしょうか。


「これはエル様に献上けんじょうするのです、おじいさま。それにこの森は誰のものでもありませんわ。強いて言うならば、この世界に住まう生命全てのものです」


 エルフの生き方は森と一体。いつの間にか、森は自分たちのものだと思い込んでいるのです。私もこの森を出るまでは何の疑いも持たずにそう信じていました。


「元大地の精霊王エル・キャピタンか。奴も十分生きた。潮時ではないのか?」


「なんて無礼な!」


「アッテリアよ。お前はエルフの子だぞ。森の神をあがめないばかりか、精霊王などとぬかす竜に、いつまでうつつを抜かしているつもりだ」


 おじいさまは会う度にそんな話をしてきます。森の神、などと言っていますが、それこそエルフによるでっち上げです。宗教的なそれは私には到底受け入れられません。


「お前は若い。早く夫を取り子を成せ。どうじゃ、ユーカリテは中々良い男に育ったぞ、今からでも」


「嫌ですそんな話!」


 エルフの民、とりわけココの森のエルフ達の高齢化が深刻なのは知っています。しかし私はどうしても馴染めないのです。自分たちの世界に入り込んで、外の世界を知ろうともしない、新しい価値観を受け入れられない。自分達の知っていること以外は全てがまやかしで悪。そんな閉鎖的な習慣が。

 そんなだから変化に対応できず、若者が離れていくのです。私だったら、こんな所で子供を生みたいなんて思いません。もっと若者の話を聞き、相互に歩み寄るべきなのです。


「相変わらず頑固な娘よ。少しは我らの事を考えんか」


「その言葉、おじいさまにそのままお返ししますわ」


 頑固者は一体どちらなのでしょうか。同じ高齢でも、竜達は博識聡明、生命というものに達観しているのというのに。どうしてこうも差が開いてしまうのでしょうか。やはり生物は学ぶということを忘れてはいけないように思うのです。


「ふん、あんな死にそこないのドラグーンなどに情けをかけるのがいかんのだ。今でも悔やまれる。お前が奴を拾ってきた時、やはり殺しておけばよかったのだ」


 その瞬間、私の中で怒りが沸き立つのを感じました。全身の毛が逆立つような思いというのはこういうのを言うのですね。久しく忘れていました。


「……テトに手を出したら、いくらおじいさまと言えど許しませんよ」


 私はその目にいっぱいの怒りを込めておじいさまを睨みつけました。本気になればおじいさまなど一捻ひとひねりです。それを感じてか、おじいさまも身を引いてそれ以上何も言わなくなりました。もちろん本気で手を出したりなどしません。言ってわからないのなら、雰囲気でわからせることも大切だと学んだのです。


 おじいさま。あなた方がそこでじっとしている間、私は世界を旅して学んできたのです。成長してきているのですよ。


「私は行きます。ユーカリテには別の嫁をあてがって下さい。ではさらばです」


 私は駆け出しました。嫌な感情を振り払いたかったのでしょうか。力いっぱい走りました。道中、ピ―ラの木を見つけたのでそのまま駆け上って手早く数個をカバンに押し込むと、再び駆け出します。


「テト! おまたせ!」


 私はそのままテトにまたがってその背中を蹴りました。驚くテトはしかし私の言うことを素直に聞いて、全速力で駆け出すとみるみる上昇していきました。振り返るとココの森の全容が明らかになり、次第に小さくなっていきます。


『アッテリアさまぁ? どうかされましたかぁ?』


「なんでもありませんよテト。必要なものは全て揃いました。あとはお前次第です」


 あんな狭いところで年老いていくなんて嫌。


『了解しましたー!』


 テトはみるみる加速していきます。


「……エル様。ただいま戻ります」


 その速度は気持ちを切り替えるのに十分でした。

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