第27話 生きがいの見つけ方

 気がつけば世界は夜に包まれていた。太陽が息を潜め、空に無数の星々が浮かび上がってくる。


『俺たちは親子だからよ。ちょっと親父と触れ合うだけで、わかっちまった。親父の考えがな。お前たちの目指してくれること程ありがたいことはねぇ。だが、それは残酷なことでもあるんだ』


 ウルさんの言葉は、あの利用者さんを思い出させた。

 エルさんは目を閉じ、ずっと黙っている。


『アッテリアよ。誰よりも長く親父に尽くしてくれたことを感謝してる。だが、それももういいんだ。何なら今からでも――』


 その言葉にアッテリアは崩れた。俯き、ドレスが軋むほど強く握りしめて震えている。


「そんなことおっしゃらないで下さい。お願いです。そんなことはもう…」


 押し殺した悲鳴が、静寂に埋もれていく。


『お嬢さん。あんたもだ。この世界のものじゃあないんだろう? 何もここに来てまで苦労するこたぁない。またとない機会だ、悔いのないようにやりなよ』


 驚いて瞳孔が開いた私の目に、彼の悲しい視線が向けられている。

 ――そんなのとっくに気が付いていたさ。

 そう言わんばかりに。


『俺たち地竜には人語が判るしその文化も理解できる。だが、俺たちの文化や価値観は人に受け入れられない。そういうもんなのさ。ま、明日からは自分たちの人生を歩みな。自分の足で。それが俺たちの望みさ』




「早く死にたい」

 そう言う高齢者が、多くいる。


「長く生きていてほしい」

 そう言う家族も、多くいる。


 高齢者と接する時、避けて通れないのが「死」についての問題だ。

 介護サービスを利用する高齢者の多くが、何らかの薬剤を常飲している。

 それは認知症のものであったり、血圧抑制や血液をさらさらにするもの、心臓機能を高めるもの、精神疾患を和らげるもの。

 多くの高齢者が何らかの病と戦って生きている。


 ――こんなクスリさえ無ければ、あっさり死ねるんだろうけどね。


 そう言われた時、我々はなんて返せばよいのだろうか。


 ご家族が心配されますよ。

 ご家族はこれからも元気でいてほしいと思っていらっしゃいますよ。


 ――本人の希望はどうなるんだい。


 私は介護職員として、どう返答するのか、未だに答えを決めきれずにいる。

 こういった言葉を聞く度に、あの利用者さんの最期を思い出す。

 そして祖父。

 そして父。


 正解はないのかもしれない。


 でも、



「二人共さ、ずるいよね」


 私の感情のダムは決壊して、溢れたものが雫となって落ちていく。


「私や、アッテリアの気持ちを聞かないでさ。決めつけちゃってさ。キレイごとばっかり言っちゃってさ。取り付く島もないみたいなさ。自分の人生を大切にしろー、なんてさ。そんなこと言われたら、なんにも言えないじゃない」


 私は後悔し続けていた。

 父にしてあげられなかったことを。

 ――邪魔だなんて言わないで。お父さんがいるから、頑張れるんだよ。

 なぜその一言が言えなかったのか。

 私の心はその後悔で傷だらけになっていた。


 だから私は決めたのだ。

 もう後悔はしてやるもんか。


 だってエルさんは、まだ生きているんだから。


「でも私は、それでも、エルさんと居たい。私がしてあげたいと思ったことはしてあげたい。それが迷惑かも知れないけど、しょうがないじゃない。だってそれが私のやりたいことなんだから。それが私の生きがいなんだから。私が後悔しない為に、自分の為にできることなんだから」


 異世界で迎えた第二の人生。それは成り行きだったかも知れない。

 でもその人生に彩りをくれたのは、エルさんなんだよ。


「エルさん」


 私の心は叫んでいた。



 私を想って。

 私を必要として。

 私の居場所を奪わないで。



 嗚咽が止まらなかった。


 どれくらいそうしていただろうか。


『…我はまた一つ、大切な事を忘れてしまっていたようだ』


 エルさんが優しい声が私の体に伝わってくる。


『アカネ』


 その瞬間。私の心臓は強く鼓動した。


 いま私の名前を――


『お主と花を見に行く約束をしていたな。お主と同じ名の、小さき花を。人生に悔い無しなど聞いて呆れる。その約束を違えることほど後悔することは無い。それを成すまで、死ねぬわ』


 年老いた竜の咆哮が木霊した。静寂の中、星々がいっそう煌めいた気がした。


『主のその涙、我が生涯をかけるにふさわしい。これからも頼むぞ。よ』




 父が死んだ話を聞いてくれた利用者さんのことを思い出していた。


 ――アカネちゃん。アカネの花の、花言葉って知ってる? ひとつは『傷』、もうひとつはね。『私を思って』。



二匹のドラゴンが相対していた。

月明かりが、その身に宿した覚悟を浮き彫りにする。


『ウルよ。すまぬが我はこうしてはいられなくなった。主のちからを借りたい』


『…あったりめーだ。毎日でも来てやるよ。言っておくが俺は甘くないぜ。忘れてようが体調が悪かろうが、容赦ないからな』


『心強い。アッテリア。これからも頼めるだろうか』


「…お心のままに」




 ――寂しくなったら、いくらでも人に甘えていいのよ。そうしたらいつか、貴方の傷を癒してくれる人と、きっと出会えるから。

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