第18話 よこしまな動機付け

「冷蔵庫がほしい」


 巨大な鍋をかき回している最中、私は一つの答えにたどり着いた。


「レイゾーコ……?」


 私の背後で頭を抱えているのはアッテリアだ。昨晩の酒が相当キているらしく、朝食の支度すらままならない様子だった。勧めたのは私なので責任を取る形でこうしてキッチンに立っているという訳だ。


「一年中キンキンに冷えた箱のことですよ。その中に物をいれておくと、入れたものまで冷える訳です」


「はぁ……」


 アッテリアのキッチンには火打ち石のような点火道具がある。紋章が刻まれたそれは超小型の精霊石のような形をしており、これをキッチン下の薪に着火させることで鍋を炊くのだ。しかし立ち上る火のコントロールが効かず、その熱気でたちどころに汗だくになる。


「それさえあればいつでも冷たいおいしい水を飲めますし、食料も腐りにくくなると良い事ずくめ。欲しくありませんか? いや、欲しいに決まってます」


 私の熱演虚しく、アッテリアはその巨大な乳を下敷きに机に突っ伏していた。時々ゲップのような音が聞こえるあたり、吐くのも時間の問題だろう。


「アッテリアさん。放って置いてもずっと冷たいもの、何か知りませんか」


「ずっと冷たいもの…。例えば、氷みたいなものですか?」


「そうですそうです。ただ氷だとすぐ溶けちゃいますから、そうならないもので」


 アッテリアはうーんと頭を掻きむしりながら考えたあと、ひねり出すようにして答えた。


「氷の精霊石ならあるいは……」




 私はその後アッテリアを半ば脅迫するようにしてその詳細を聞き出した。


 精霊石にはその精霊の力が宿る。火打ち石として使っていたものもまさしく火の精霊石であり、精霊石はその属性に関する力を宿しているという。


 その理屈と、氷の精霊石はひんやりしているらしいという噂からその発想に行き着いたそうだ。


 そして精霊石はその精霊王の住処の近くで多く採取出来る、というより多く採取出来る場所に王が住処をかまえるそうだ。北方には氷山があり、氷の精霊王のドラゴンが住んでいるらしい。


「もと大地の王のエル様なら氷竜王さまに面識もあるでしょうし、その場所もご存知だとは思うのですが……」


 ――覚えてるかどうか。ボケちゃってますし。足も悪いし。


 アッテリアは言葉にはしなかったが表情がそう言っていた。


 そして私は決心した。


 エルさんと一緒に氷竜さんに会いに行く!


 そして私はキンキンに冷えたビールを飲むのだ!



 $$$



「というわけで、リハビリします」


 相変わらず岩石のように丸くなっている地竜さんの前で、仁王立ちして宣言する。当然のように地竜さんから返答はないが、シカトをぶっこいているのは丸わかりなので構わず続ける。


「具体的には、毎日水浴びに行きます」


『………』


 地竜さんはピクリとも動かないが、その醸し出す雰囲気が早くも「めんどくさそう」と言っている。


「体もキレイになって、足腰も鍛えられる。ついでに美人の素肌も見られて、まさに一石三鳥よ」


 そこまで言うと地竜さんはおもむろに首だけ振り向き、私の顔を見つめるや否や、溜息のようなものを鼻から吐き出して再びうなだれた。まるで鏡で自分の顔を見てこいと言いたそうな態度である。あいにくこの世界では私の身の回りに鏡は無い。


「あら。いいのかなー、そんな態度で。今日のアカネちゃんは、もんのすっごく、いい話を持ってきたんだけどなー」


 挑発するような私の態度に、耳だけがピクっと動く。しかしプライドの高い地竜さんはうかつに振り向いたりはしない。ふふふ、いつまでそうしていられるかな?


「エルさんが元気になってまた世界中を旅できるようになればさ、すっごく美味しい思いが出来るんだけどなー」


 今度は尻尾がにょろっと動いた。次第に岩石みたいな体型からドラゴンの全容が見えてくる。


「頑張れば、毎日キンッキンに冷えたララムのお酒が飲めるのになー」


 その瞬間、別人と思える速度で首を跳ね起こして私を睨めつけた。


『なん…だと…』


「私頭いいからさー。氷の精霊石さえあればそれができそうな方法思いついちゃったんだよねー」


『小娘…それは本当か』


「私の名前はアカネ! あーでも残念だなー。私の足じゃあ氷山まで行って帰ってこれないなー。やっぱり無理かなー。諦めるしかないかなー」


 そこまで言うとエルさんは完全に起き上がって私に向かって翼を広げた。いつもは調子の悪い後ろ足が割とすんなりいっている。おそらく最速タイムを記録しただろう。


『何、諦める事は無い。氷の精霊石があればいいのだろう。我の翼ならそれを叶えられよう』


 鼻息の荒いエルさんは中々に勇ましい。しっぽが左右にバタバタと震えて砂埃を舞わせている。わかりやすくて助かるなー。


「えー、でもエルさん。最近体力落ちてきてるからなー。私を乗っけて地面に落ちられでもしたら困るしなー。不安だなー」


『ふん、そこまで言ってくれるとは清々しい。そんな心配は無用だと、すぐに証明してみせようぞ』


 ――かかった。


「本当? でも私心配性だからなー。私を乗っけて毎日水浴びして、体が丈夫なことを見せつけてくれないと安心できないなー」


 私は盛大に猫かぶりをしてエルさんを煽った。人差し指を唇に当てて腰をくねくねさせて、トドメには上目遣いだ。


 それがどれほどの効果があったかは分からないが、


『それしきのこと。我も男だ。主のその心配、たやすく拭い去ってくれようぞ』


 そういって天井に向け勇ましく咆哮した。それに合わせて私もガッツポーズした。


 ――ふふふ、待っていろよ! 冷たいビール!


 こうしてエルさんと私のよこしまなリハビリが始まったのだった。

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