第349話 イネちゃんと単独突入

「作戦の最終確認をするぞ」

 えー、イネちゃんは今現在アメリカの用意した輸送機に乗って東海岸、ワシントンD.C.上空でムツキお父さんから作戦の説明を聞くところです。

「イネは空挺降下を行い首都に近い空軍基地にいるテロリストを殲滅、その後地面からオベイロンが2度と出現できないように掌握して再整備を同時に行いアメリカ空軍が着陸できるように確保する」

 アメリカ軍単独による首都奪還作戦の失敗は、地面から突然出現するオベイロン相手に個人携行MLRSは当然、航空戦力も対処が遅れた結果本隊が瞬間的に壊滅させられたことが原因だったのだけれど、それ最初にアメリカが攻撃されたときにやられたことなのになぜ学習をしていなかったのかという疑問がイネちゃんの中で強くある。

「空軍基地を確保した後、そこの戦力が無事なようならそれをそのまま利用して攻撃を行うが、残っていない可能性が高く、一応作戦開始の30分後に西海岸の各都市で再編成された連中が出撃、この基地を目指すことになっているから確保が確実にできる前提でこの作戦は組まれている」

 そしてこの作戦である。

 既に何度も聞かされているけれど、完全にイネちゃん1人に頼り切った作戦で、他に援護できる人はロロさんやヨシュアさんを含めて無し。

 まぁ、ビームを使う前提での作戦であるから巻き込む心配がないほうがイネちゃんとしては動きやすいというのは確かにあるけれど、流石にちょっとイネちゃんに頼りすぎなんじゃないかなと思ってしまうのだ。

「ここで何か確認したいことはあるか」

「いや……作戦自体はある意味仕方ないとは思うのだけどちょっとイネちゃんに頼り切ってる感じが否めないんだけど」

「オベイロンを封殺するにはイネの力が現時点で1番手っ取り早いからな。コンクリートだろうがアスファルトだろうが問答無用でオベイロンが生えてくる以上はイネの力で一気に金属コーティングする以外に有効な作戦は存在しない」

「それも確実とは言えないと思うけれど……」

「そうは言うが他に作戦が提案できない以上は米軍の作戦案に付き合うしかない。上の連中からしてみれば確実に思えるだろうからな、イネの力は」

 イネちゃんの力というよりは、これ完全に大陸の勇者の力という注釈がつきそうだけど……まぁ神出鬼没なオベイロンとグワールに真正面から対応可能なのがヌーリエ教会くらいしかいないっていうのもわからないではない。

「まぁ、流石に今回の作戦が終わった後は俺たちは帰国するからな、成否に関わらずこれが俺たちがアメリカで行う最後の作戦だから、申し訳ないが頼まれてくれ」

「いやまぁ既に現地上空だし拒否はしないけどね。ただこれが成功しても結構ジリ貧だよね……」

 オベイロンが地面から生えてくるという恐怖を考えれば、地球のどこにいても安全とは言えなくなっているし、それは下手すればヌーリエ様の加護で守られているはずの大陸だって……。

『流石にアレに関しては私が全力で防ぎますので、安心してください』

 ヌーリエ様がイネちゃんの心配に答えてきた……。

 いやうん、勇者の力で常に存在を感じてるからすぐそばにいるような感じはしてるけど……こう、すぐに答えてもらうと本当に大陸のほうを見守れているのか心配にはなるよね、できてるからこその神様なんだろうけど。

 でもまぁヌーリエ様がそう言ってくれたおかげで安全圏は存在するという認識になれたから、後はイネちゃんが頑張るだけって感じに気持ちを持っていくことができたね。

 それにヌーリエ様がなんとかできるのであれば、説明された作戦の内容通りにイネちゃんが基地の確保……だけじゃなくアメリカ中枢部のコーティングをしてオベイロンによる奇襲を防げるようになるかもしれない。

 自分のやることが徒労に終わる可能性が低くなってくると俄然やる気が上がってくる。

「イネ、作戦地点に到着した。準備はいいか?」

 と、作戦に集中しなくちゃ。

 ムツキお父さんの声で思考の海から戻ってきたイネちゃんは首を縦に振って肯定を示すと、ムツキお父さんも首を縦に振って輸送艇の後部ハッチの開放スイッチを入れた。

 モーターの大きな音と共に太陽の光と強い風が機内に入ってくる。

「時間合わせは……」

「大丈夫、そのへんも勇者の力でなんとかなるから」

「そうか」

「それに合わせたとしてもどのみちイネちゃんはずっと交戦することになるから、確認する時間はないしね、アラームセットするわけにもいかないし」

 そもそも絶対銃声や爆発音で聞こえないだろうし。

「それじゃあ……ってパラシュートは!?」

 ムツキお父さんはイネちゃんの背中を見て叫ぶけれど。

「大丈夫、アレの充填もできてるし、それに……」

 輸送機から後1歩で飛び降れる位置に付き。

「万が一地面にキッスしても、同化すればノーダメージだから!」

「全然大丈夫じゃない!」

 ムツキお父さんの叫びを合図としてイネちゃんは輸送機から飛び出した。

 まぁ冗談混じりでそう言ったのはちょっと悪いかなとも思ったけれど、イネちゃんがそれだけリラックスしているということを伝えることができたからね、無駄に緊張してるところを見せて心配させるよりもこっちの方が圧倒的にいいし、この後の作戦に響くような行動を取られるよりは、予定よりちょっと後になってでも作戦通りに撤退してもらったほうがいいからね。

 さて、そしてこの高々度からの空挺降下ではあるのだけれど、テロリストの人がいれば流石に対空攻撃してくる可能性はあるし、その対空を行う武器次第ではイネちゃんだってダメージを受けてしまう以上パラシュートでゆっくり降下している余裕はない……というイネちゃんだけの判断ではなく、これに関してはイーアも同意してくれている。

 なんだかんだで今降下している場所はアメリカの空軍基地であって、大陸やムータリアスと繋がる前の地球で最も最先端の軍事技術を取り扱っていた場所なわけで……更に言えば米軍の兵器運用マニュアルは猿でも理解できると言われるほどにわかりやすいので、テロリストに鹵獲されてしまえばマニュアルを見て運用されてしまうのだ。

 まぁ本来なら奪われることなんて考えなくてもいいほどの防備だったのだろうけれど、核を用いることができず、戦車の主砲程度では即再生されて、航空戦力による対応も恐らくはあまりに広範囲に、しかもその対応を行う任務をするはずだった基地に直接オベイロンが出現したとなれば即制圧されたと言っても過言ではないわけだからね。

 ただ……東海岸だけだったのは、イネちゃんの憶測ではあるけれど、グワールはなんだかんだでヌーリエ様の加護の影響のない地球の国々に対して同時攻撃を行うという無謀な作戦を実行してしまったわけなので、単純にオベイロンの数が最初の段階で用意できなかったんじゃないかなとイネちゃんは考えているわけだ。

 あくまで憶測でしかないけれども、案外外れてもいない気はするんだよねぇ、アメリカ以外でも結構民間人が逃げる時間が稼げたらしいし……いやそれでも尋常じゃない犠牲者数になっているらしいから許しちゃいけないんだけどさ。

 イネちゃんがそんなことを考えていると地上からようやく火薬の光が見え始めたので自立ビーム兵器を起動して粒子を展開し、自由落下からアメリカのコミックヒーローのように空中で姿勢を変えたりして全部弾を避けながら地面に向けて加速をする。

 肉眼で対空砲を撃っている人が確認できたとき、何か叫んでいるようだったけれど既に周囲は高射砲の射撃音で人の声なんて聞こえる状況ではなかったから、正直なんて叫んでいたのかイネちゃんが知るよしもない。

 イネちゃんが真っ先に制圧すべき対象でもあったからね、着地の前に自立ビーム兵器でご丁寧に側面や背面から撃ち抜いて安全を確保してから高射砲の残骸の近くに、これまたコーイチお父さんが持ってたアニメや漫画でよく見る三点着地で地面に着地した。これ、1回やってみたかったんだよねー。

 ただこれ、大変隙だからけだからもうこれでもかってくらいに集中砲火を受けたよね、気持ちは大変よくわかるし、イネちゃんがあちらの立場なら間違いなく同じことしたし。

 相手がイネちゃんだって時点で無意味であるというだけで、大変有効な戦術だからね、うん。

「でも時間がないから、一気に殲滅させてもらうよ……急所を外すとかそういう器用なことは考えていられないからあらかじめ言っておく。ごめんね」

 イネちゃんの呟きを聞いてかどうかはわからないけれど、近くにいた人間はイネちゃんに何かを叫びながら発砲を開始し、地面からはオベイロンと思われるものをはじめとしてゴブリンの姿も確認できた。

「制圧と補修に関しては後で考える!今は……暴れるだけだ!」

 防衛目標がない戦闘で、制限は核を使ってはいけない程度なら、この程度の戦力相手にイネちゃんが負ける要素は一切なかった。

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