第348話 イネちゃんと蹂躙

 イネちゃんがグワールの身体を蒸発させて空を飛んで戻ってきたときには、既に戦闘は始まっていた。いや当然なんだけどさ。

 戦況は個人携行MLRSの大半が首都奪還を行う部隊に回されていたこともあり、他の通常兵器で対応しているものの、空軍の支援が行われた場所以外はオベイロンに強引に突破されて、歩兵による市街戦が数箇所で起きていた。

 いやまぁ遠目に見てオベイロンが満遍なく、それこそ100体規模で押し寄せてきていることを考えるとこの現状は米軍がかなり善戦していると言える。

 そしてテロリスト側もサンフランシスコをできるだけ無傷で手に入れたいらしく、オベイロンで蹂躙をしていないようでこれに関してはこちらにとって好都合でもあった。

 さて、イネちゃんは米空軍が対応できていない場所に向かってロングバレルのビームライフルで到着を通信することなく、全軍に知らせるためにオベイロンに向かって発射して、戦闘を開始したわけだけど……。

『流石に数が多い、ビームはそんなに長い間撃ち続けられないから定期的に着地!』

「わかってるけど、歩兵が邪魔!」

 イーアに言われるまでもなく着地してビームの威力も上げていきたいところなのだけれど、かなりの乱戦状態でどこが味方の陣地なのかがとてもわからない状態。

 イネちゃんなら敵陣に降りたところで大丈夫なのは確かなのだけれど、こんな混乱状態の中でイネちゃんが急に空から降りてきたら戦況がどう転ぶのかわかったものではないので、最悪ビルの屋上に降りて最低限の補充だけしてからオベイロンにビームを撃って足止めやその足元に控えている歩兵の殲滅もしているのだが、なかなか降りる機会が訪れずにいる。

 うーん、降りることさえできれば一気に殲滅できると思うのだけれど……。

『イネ、コーイチお父さんの持ってるアニメだとさ、この武器って一時的に性能を引き上げられなかったっけ、それでなんとかできないかな』

「できるとは思うけど……あれは完全に充填された分一気に吐き出すようなものだから、今みたいに空から戦場全体をカバーすることができなくなる」

 実際にイーアに言ったような、それこそアニメと全く同じ条件だとしてもアニメの主人公ロボットだってそれを使った後は一時的に性能が落ちるレベルだったからね、その主人公ロボットのそれは完全な永久機関だっていうのに。

 イネちゃんの作った奴はバッテリー……というか殆ど電池のようなものだし、それこそそんな超高濃度圧縮して一気に解放なんてしたら下手したら今用意してあるものですら壊れて再生成しなきゃいけなくなる。

『今の段階でも確かにそのうち殲滅はできるとは思うよ。でも状況的には私たちが劇的にオベイロンを減らさないと都市部……今はあらかじめ避難してあったから大丈夫だとは思うけれど民間人に被害が出ちゃう』

 イーアの言うとおり、既に一部ラインが崩壊しているために歩兵が街に入り込んでいる以上は長引けば長引くほど民間人に被害が出てしまう可能性が高い。

 とは言ってもイネちゃんが航空支援できなくなった場合、それもそれで結構戦闘ラインが長くなってしまっているので対応できないオベイロンも出てきてしまうという悩ましい状態でもある。

「……オベイロンは街に入らないみたいだし、いっそのこと皆でちょっと下がって市街戦に移行してくれたら、いっそのことまとめて行けると思うのだけれど」

『イネ、それは実行可能か?』

「え、ムツキお父さんなんで!?」

 イネちゃんはSENDしてないはずなのに今の呟きがなんで通信機で送信されているんだろう。

『ずっと送られてきてたぞ、上空からの情報だったから特に指摘もしなかったが……オベイロンを一息で蒸発させられるのか?』

「まぁ……できなくはないけど。その後の市街戦にはイネちゃんは参加できなくなるかもしれないよ?」

『問題ない、米軍も劣勢気味な戦況に士気が下がっているからな。最低でもオベイロンが消えてくれれば士気が戻って、市街戦でこちらが負ける要素はなくなる。だから米軍にもこの通信内容を聞いてもらっているし、彼らも協力的だ。最も全員が全員というわけではないが、少なくとも司令クラスが命令すれば従うことができる軍隊だからな、安心してくれ』

 それは大丈夫ではないのでは……いやまぁムツキお父さんは大丈夫とは一言も言っていないし、安心してくれとしか言っていない辺り反発が出ても対処するっていうのも含まれているのだろうけどさ。

『オベイロンを全部押し付けることになるが、頼んだぞイネ』

 ムツキお父さんはそれだけ言うと通信を切ってしまった。

 まぁ部隊の隊長はムツキお父さんだしイネちゃんへの指示の内容に関してもイネちゃんが悩んでいて実行できなかったことを後押しするようなものだったし、そうなればイネちゃんだってもうやるしかないって状況を作ってくれたと思うことにしよう。

 後はムツキお父さんたちが作戦実行して街の外の防衛ラインを放棄して街中に後退してくれるのを待つだけ……その時が来るのを待つ間、イネちゃんは消費している分を充填して置くことにし、戦場を見渡せる……とは言っても肉眼では限界があるので感知能力も使って待機する。

 とは言っても唐突にビームが飛んでこなくなったことを不審に思われないようにアメリカに来たばかりの頃に使っていた狙撃型のビームで援護だけはしておく。

 というかこれをしておかないといざ動くときになったら絶対苦労するのはイネちゃんだし、何よりオベイロンの存在が撤退に対して消極的にする可能性はなくはない以上援護する必要はあるだろうから、空を飛べる、一撃必殺なことができる方を充填しつつビームで狙撃援護を行う。

 いや、充填してるほうも一撃必殺というか乱れ撃ちで空間制圧するって印象になるとは思うけれど……その速度と弾数、その威力がどれも現代軍が保有しているものとは段違いなラインだから実質的にオベイロン相手でも一撃必殺に狙えると思うってだけだから、単純な威力だけで見れば今撃っているこの狙撃銃の方が高かったりする。

 むしろこれは威力と貫通力が過剰だからオベイロン相手だと足止めにしかならないってだけなんだけどね、射程と連射性を考えたらこれしかない辺りイネちゃんの想像力不足である。

 やっぱりもっとコーイチお父さんのアニメとか見させてもらえば良かったかなぁ……今現在でのイネちゃんの主力武器になってるとは流石に想像できなかったけれど、創作での戦場だってその世界特有の法則でいろいろ軍略が組まれてたり、現実にあった軍略がモチーフだったりするし、無駄にはならなかったかもしれない。

『イネ、こっちの後退率が9割を超えた、そろそろいいぞ』

 ムツキお父さんから連絡が入り、うまい具合に作戦実行可能になったところでイネちゃんは立ち上がり、大きく呼吸をする。

「よし、イーア。全体的な制御はお願い」

『わかってる、街にはルースお父さんの家族もいるんだから全力全開、一気にやっちゃおう』

 数回の深呼吸をした私は、アニメのそれと同じように一気に超圧縮した粒子を解放するとすぐに攻撃を開始した。

 なんというか……動きが速すぎて自分でもかなり動き方で制御するのが難しかったけれど出し惜しみなしの攻撃は牽制のつもりで撃ったビームでオベイロンの上半身が吹き飛んだり、その余波で歩兵が乗っていただろうトラックが爆発したりとなんというかその……これ、数分しか使えなくても過剰火力すぎて使いどころがない奴だということを自覚しながらも今回ばかりはオベイロンを駆逐するまで蹂躙した。

 ……いやなんというかできてしまったというか、サンフランシスコの周辺地区までまとめて攻撃してきたゴブリンを駆除しても全然余裕があった辺り、この力はちょっと強すぎていろいろ面倒なことになりそうな予感しかしなかったよね、うん。

 幸い自衛隊としてきているのと、そもそも大陸の組織所属であるということで米軍側から特に要求もされなかったのはイネちゃん的に予想外だけど嬉しかったよね、絶対追求されて技術供与しろとか言われると思ってたから。

 まぁ、既に個人携行MLRSを供与してたからというのもあるのだろうけど、サンフランシスコを攻撃しようとしていたオベイロン部隊と、自衛隊艦艇を襲撃したグワールを撃退しただけでも十分と思ってもらえたのか、裏でムーンラビットさんが動いていたのかイネちゃんには知る由もないけどね。

 ともあれこの後、アメリカ西海岸地区に現れていたオベイロンはこの襲撃を最後と言わんばかりに姿を見せなくなった……のはいいことなのだけれど、悪いことも起きてたわけで……。

「イネ、俺たちの滞在期間は残り1週間なんだが……米軍からの要請と合わせて日本からも辞令がきた。攻略失敗した米軍の撤退支援と、可能なら変わりに軍事中枢の奪還をしろとのことだ」

「それ、日本がやっちゃっていいのかなぁ……」

「プライドでなんともできないことだからな。流石に対抗兵器が少なすぎる以上、大陸の個人戦力を頼らざるをえないってことなんだろ」

 こうして、アメリカ本土最終決戦もイネちゃんがやることになったのだけれど……なんというかここに来てイネちゃんの負担が異常に増えてきているのは、多分気のせいじゃないよね。

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