第319話 イネちゃんとシフト

「制約の中で色々超兵器を試したけどやっぱり消し飛ばすのは難しかったよ」

 オベイロンの後退を確認してから戻ってきたイネちゃんは、戦闘内容を皆に報告していた。

 他の戦線にもオベイロンほどでは無いにしろゴブリアントが投入されてきたらしく、練度の低い傭兵だと単独で止めるのが難しくってロロさんやトーリスさんのようなレベルの高い傭兵が走り回って無理やり前線ラインを維持していたらしい。

「そっか……そういやシックでイネ嬢ちゃんはアレ相手に戦略兵器叩き込んでもダメだったんだから、流石に倒すのまでは行かないと予想はしていたがそこまで膠着してしまうんかぁ」

「乱戦になっていなくて、周囲に敵しかいないっていうのならまとめて吹き飛ばす形で対応できるとは思うよ。今日の戦場って完全にイネちゃんたちの戦場を囲む感じになってたからできなかったけどさ」

 なんというか、イネちゃんの戦い方の特徴を理解していてわざと孤立、もしくは完全に張り付けにした上にフレンドリーファイアを誘う形を作ったっていうのが感じられる。

「全体を見ていた私もそこは感じていたが、流石にあそこで全体指揮を女王ちゃんと交代するのは混乱の元やったからな、更に言えば迂闊に後退したら戦線崩壊が目に見えてたんで進言もできなかったんよ、ごめんな」

「いや流石に全体士気に関わるしそこは謝らなくていいんだけど……どう考えてもイネちゃんたちの情報を完全に把握しているって感じの動きだなとは思ったかな」

「ま、グワールとかいう錬金術師が関わっているのなら当然やなぁ、私らはあいつにどれだけ煮え湯飲ませたんだって話しやし、地球側の戦術、戦略も取り込んでるやろうしな。流石に装備までは揃えてないみたいやったが、もしかすると時間の問題かもしれんしなぁ……」

 クーデター軍が地球製の武器を持ち出したら、正直なところカルネルはすぐに攻略されると思う。

 これは戦車とか戦闘ヘリでなくても、それこそAKを数揃えるだけで多分余裕だろうからね、それだけ銃砲の火力はそれがまだ開発されていない世界にとって見れば圧倒的な脅威だからね、事実それだけの銃と戦車を含んだ軍隊に大陸のいくつかの貴族は滅ぼされているわけだし、大陸から見ても圧倒的な脅威であることには違いない。

 となれば今日の戦場に参加していた傭兵も、それこそロロさんだって火力を集中されたら耐えられないだろうことは容易に想像が付くからね。

「まぁあれこれ考える前に目先のことを決めようか。今日の夜間哨戒を誰にやってもらうかやけど……」

「それなら私の親衛隊から……」

「今の私とイネ嬢ちゃんのお話聞いてたんやろ?それなら最低でもシックの兵か傭兵に依頼って形でやってもらうのが一番無難よ。ついでに言えばその編成でも今私とイネ嬢ちゃんが一番危惧している流れになったら全滅の可能性が極めて高いかんな」

 全滅という単語にこちらの負担を心配して人員を出すと言い出してくれたアーティルさんは絶句という表情をしている。

「正直、イネ嬢ちゃんが一番適任なんやけど……」

「最大の切り札扱いされてるし……流石にイネちゃん連日で徹夜するのはきついよ?」

「こちらは生身で疲労面から任せるのはやめておきたいと続く予定やったんやけど……まぁ概ねそんな感じで妥協点が私の部下連中で固めることになるのよな、睡眠が不要やし。……まぁがっつり敵意を持ってる相手を精神支配する前提にはなるが」

 夢魔の人たちは基本的には戦闘能力が低い……らしい、多分。

 いやだってイネちゃんがまともに会話した夢魔の人ってムーンラビットさんにスーさんくらいしかいないし、2人共普通に戦闘できてたからねぇ、イネちゃんだって割と半信半疑だったりする。

「それは……多少は致し方ないでしょう。戦争を仕掛けてきたのはあちらですし……あちらとて覚悟の上でしょうから。最悪を想定してのご提案なわけですし、私はそれ以上に最善の案を提示できない以上はお願いできますでしょうか」

「りょーかいよー。それじゃあ夜間は私の部下連中で固めて、昼はイネ嬢ちゃんを中核としたライン戦な。他もそれでええよな?」

「少し、よろしいでしょうか……」

 まとまりかけたところでクトゥさんが手を挙げる。

 ちょっと想像できてなかった人からの発言にイネちゃんはちょっとびっくりするけれど、他の人は特に気にした様子もなく話しを聞く姿勢になっていた。

「カルネル自体が狙われるのであれば、魔王軍からも人員を出しても問題はないのではないでしょうか?」

「いや、まだ様子見たほうがええな。あちらさんが意図的にまたカルネル全体を包囲してくるようなら即時対応してもいいが……今日みたいな戦闘が数日続いた程度ならしないほうが、ムータリアス全体から見ればええからねぇ」

 せっかく和平を結んだのに、自分たちが明確に攻撃されていないにも関わらず相手の領土に軍が侵入すればそれ自体が戦争行為と捉えられちゃうからね、せっかく結んだ和平が無駄になりかねない。

 それならどうあがいてもあちらが戦争行為をしたという状況になったら対応というムーンラビットさんの言うことも理解はできるけれども……。

「既に1度、こちら側の領域に彼らは侵入してきていますよ?」

「装備がクーデター軍のお揃い一式じゃなく、全員がレザーアーマーに刺メット、更に言えばハンドアックスの集団やったからな、海賊と言い張られたら証明手段が現状ないからその判断は危険よー」

 むしろそんな集団だったのか……アーティルさんはクーデター軍だって判断したみたいだけれども……。

「イネ嬢ちゃんの考えてることも最もだが、よく似た顔を勘違いしただけと言われたらこちらはそれを証明できないんよ。それこそ地球側の管理体制があるのならそっち方面で押し切れるが、ムータリアスにはそういうのを証明する制度……もっと言えば戸籍すら存在してないからな?」

「あー……ということは歯型とかも?」

「せやね、そもそも歯科治療系の技術体系がようやく芽生えた感じで、一般的にはこれっぽっちも知名度のないものだった以上はそっちも期待できないんよ」

 となると多分ドッグタグ系のものも存在してないんだろうなぁ……探せば家族の写真というかポートレートみたいなものを持っている人がいたかもしれないけれど、それを今から探すのは時間がかかりすぎるから現実的ではない……正直探している間にカルネル全域に対して攻撃が始まるほうが絶対早い以上探す価値を見いだせないレベルである。

「まぁそういうことで、今日はとりあえずもう体を休めるんよイネ嬢ちゃん。あれだけ実験してたら無意識のうちに力を使いすぎてたんじゃないかね」

「うーん、体はまだ動かせる感じだけれど……とりあえずお腹が空いたのは確かかな」

 実を言うとちょっとした倦怠感のようなものも感じるけれど、これは最近動きっぱなしで殆ど休んでいないことからの疲労だろうし、今日の分を含めたとしてもまだまだ動ける範囲ではある。

「そういう過信というか慢心というか、イネ嬢ちゃんはココロとヒヒノがいない現状では最高戦力である自覚を持つべきで、休むこともお仕事よ?」

 むぅ……そういえばササヤさんも今いないんだよね、現状オベイロンを単独で止められるのはイネちゃんだけで、ムーンラビットさんも全体指揮をしているアーティルさんの参謀みたいな立ち位置にいるからおいそれと前線に出てこないだろうし、こういう言い方をされてしまうと休憩を取らざるをえない。

「でもオベイロンで無理やりゴリ押ししてくるようならたたき起こしてね、イネちゃんだってリリアと開拓した街を壊されたくないし」

「流石に夜襲が来たら起こすし、そこまでやってきたらクトゥの軍も出せるかんな。ただ……あいつら、そんな全面戦争をするつもりがあるかどうかよ、こちらの戦力を計るような立ち回りしておいて、イネ嬢ちゃんを結局無力化できないのが今日の戦闘でわかってるはずやからな」

「まぁ……イネ様が本気で参戦するようなことは出来るだけ避けるでしょうね」

「アス……ムーンラビットさんの管理している方々だってもっと出てくることを意味しますし、こちらの残りの四天王も参加することになりますから……流石にそんな愚策は取らないのではないでしょうか」

 各方面のトップ全員からツッコミを入れられてしまった……。

 ともあれ短いながらも確実に眠れるという保証付きの時間が貰えるというのはいつ以来だろう……ここはありがたく受け取っておくかな、懸案事項に関してもムーンラビットさんが対応するだろうし。

「まぁ、皆がそういうのなら……イネちゃんは定時であがってリリアのご飯食べて汗を流して寝るけど、いいんだよね?」

「定時を決めるのはあちらさんやけどな、概ねそれでええんよー」

 よし、ムーンラビットさんのお墨付きがもらえたところで。

「それじゃあイネちゃんはリリアのご飯を食べるためにお先に戻らせてもらうねー……本当に大丈夫だよね?」

 ここ最近の頼られっぷりに無意識のところで不安になりつつも、皆に笑われながらイネちゃんはちゃんとリリアの温かいご飯にありつくことができたのだった。

 のんびりご飯食べられたのって、本当いつ以来だろう……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る