第305話 イネちゃんと休暇の終わり

「ふぅ……これでお掃除は一通り終わりかな」

 特に何もすることも、何が起きることもなく突然降って沸いた1週間の休日は終わりを迎えようとしていた。

 いや、地球の方でゴブリンが大暴れしてたりとか、そのアドバイザーみたいな形で1度ムツキお父さんの基地に呼ばれたとかで最初は色々あったけどさ、それ以外は特に何事もなく、ゴブリンによる被害拡大で云々イネちゃんも手伝ってくれーとかはなく、肉体的にも、精神的にもゆっくりできた有意義な1週間だったよ……。

 こうしてお部屋のお掃除と整理をしていると不思議と時間が早く進んでいる気もするけれど、こうした時間の進み方ってなんで感じ方が大きく変わっちゃうんだろうねぇ、意識の集中力の差とかそんな感じなのかな。

「とりあえずこれはいる、いらない、いる、いらない……」

 いらない方も大陸やムータリアスに持っていけばそれなりに役に立ちそうというか、大切に使ってもらえそうなので蚤の市感覚で持っていけば良さそうだしね、文房具とか紙とか。

 雑誌とか漫画でもいいとは思うのだけれど、大陸は物流面で既に入っていってるし、ムータリアスにはまだ持ち込んじゃダメだと思うし……一応文房具とか紙のような複製されたとしても問題になりにくいものならギリギリセーフだって傭兵さんや冒険者さんになるときにルールに目を通したから大丈夫。

 リリアの方も色々準備があるからってオワリに帰っちゃったけれど……。

「イネさんこのまとめてある雑誌って持って行っていいんッスか?」

「いいけど、なんでキュミラさんがイネちゃんの部屋のお片づけを手伝っているんだっけ」

「イネさんが暇してるなら手伝えって言ったんじゃないッスか……あ、持っていくッスよ」

 そういえばそうだった。

 あまりにやることなさすぎて、このままだと忘れ去られそうだとかなんとか言って昨日泣きついてきたんだった。

 まぁ実際のところムータリアスで開拓しているときも、ずっと上空から色々監視してもらっていたくらいだからなぁ、それ以上に帝国側だけでなく魔王軍側の住人にも純粋な身体能力で勝てるからってイキってくれて抑止力になってくれてたみたいだけど……そこは完全にキュミラさんが勝手にやったことだからね、それに抑止力のなり方はダメなんだよなぁ。

「まぁ、古い雑誌は全部処分でいいにしても……本当、あまり帰ってこないから未プレイのゲームとか、ボードゲームどうしよう」

「持って行ってもいいんじゃないかな、携帯ゲーム機なら一応大丈夫かもだし、ボードゲームに関しては平和的な遊びを教えられるじゃないか」

「うん、肯定的な言葉は嬉しいんだけどキュミラさんに続いてなんでヨシュアさんまで、しかもイネちゃんのお部屋に入ってるのかな」

「リビングでテレビを見てたら手伝えって言ったのはイネじゃないか……」

「それ、キュミラさんに向かって言った言葉だよ……」

 いくらなんでも男の子をお部屋に連れ込むようなことはイネちゃん言わない。

 ヨシュアさんのことだろうからラッキースケベげへへみたいな思考はしないだろうけれども、ラッキースケベが起きる可能性は極めて高いだろうからね、そういうのはちゃんとヨシュアさんに好意を持っている皆にやってあげなよ。

 最も、それをヨシュアさんに言ったところであまり意識はしていないから殆ど意味がないので口には出さないんだけどさ……。

 一番好感度の高そうだったキャリーさんとはここのところずっと離れ離れだし、次代の子供を産むために伴侶を探しているミミルさんとウルシィさんに関しても最近はあまりイチャコラしてないんだよなぁ、イネちゃんが見てないところでガッツリやってるのかもしれないけど。

「あ、それもそうだよね……ごめん」

「まぁもう今更って感じがするし、タンスとか開けられて着衣を見られたわけじゃないからいいけどさ。もうついでだしイネちゃんが地球にいる間に大陸やムータリアスでなにか変わったこととか起きなかったか教えてもらっていいかな」

 イネちゃんは片付け作業を進めつつ、ヨシュアさんに聞くと。

「いいけど……ムータリアスで僕たちがこっちに来る前に勃発した衝突は痛み分けですぐに終わったくらいかな。主戦派の人達はなんだかんだで戦争に対して能力が特化している人達なわけだからね、引き際も見極めることができたってところかな」

「そこはアーティルさんとハイロウさんの目論見が外れたのか、そもそも能力を見極めた上でこうなること前提で消耗程度でもいいからやったのか……そこはわからないけれど民間人が巻き込まれる前に衝突が終わったのならそれはそれでいいことか」

 ムータリアスでの軍事衝突はお互いの判断が優れていた結果、最小限で終わったってだけでそれ以上の進退はなかったわけだ。

「和平交渉は続いているけれど、そっちも細かい決め事を予め決めておきたいらしく長引いてるかな……。それよりも地球に現れたっていうゴブリンって一体どういうことなんだい?」

「錬金術師がいたんだよ、イネちゃんたちが倒したのと同一人物かはわからないけれど、少なくとも同じ背格好の人物が目撃されてるらしい。その人が地球のテロリストと手を結んで、大国……というか大陸と、ヌーリエ教会と国交を結んでいない先進国を中心にゴブリンを使ったテロが発生しているみたいだね」

「え!?」

 まぁヨシュアさんからしても因縁浅からぬって相手だろうからなぁ、キャリーさんの両親のことだって錬金術師が元凶だし。

 もしかしたらヨシュアさんが大陸に来ることになった原因もそこにあるかもしれないから、無視できないというか、1度根掘り葉掘り聞きたいってところかな。

「そうか……あいつがいたのか」

「数回確認されただけらしいから、どんなポジションに収まっているのかなんてわからないけどね、イネちゃんだって人から聞いた話しだし」

「人からって、ムツキさん?」

「の上司の人。帰省2日目に基地まで行ったから」

「へぇ……どんな人だったんだろ」

「陸将さん」

「は!?」

「陸将さん」

 ムツキお父さんは出世街道から外れてるけど、今回のゴブリン案件でエキスパートとして抜擢されたから、対ゴブリンで戦っている全軍の軍事アドバイザーっていう地位に収まっちゃったというか……ならざるを得なかったららしいからね、お偉いさんの相手ばかりやることになってるから、それこそ自衛隊でも、下手したら幕僚長とかそういう地位の人とも関わってそう。

「なんていうか……ムツキさんってそんなに地位高い人だったんだ……」

「ゴブリンが原因で戦術アドバイザーに選出されたんだよ。一番ゴブリンとの実戦経験が豊富な自衛官ってことで。ボブお父さんも候補だったっぽいけど、既に退役済みの上に帰化したとは言っても別の国の人だし、そもそもボブお父さんは拒否したらしいからね」

 ボブお父さんの最高地位が軍曹っていうのもあるのかもしれないけど、そのへんを差し引いてもムツキお父さんのほうがって思ったのかもなぁ、一応アドバイザー就任のときに昇格して1等陸佐になったとか聞いたし。

 そこまで一気に飛ばして昇進とか考えにくいから、等級はわからないにしても元々陸佐ではあったのかもしれないからね、そうなるとボブお父さんが強く要請されなかった理由もわかるし、説明できる。

「なる程……でも階級とかってどうなのかな。軍人だとそういうの気にする人って多そうだけど」

「ムツキお父さんは今は1等陸佐、元の階級まではちょっと知る機会がなかったからアレだけど、戦術アドバイザーになったからって急に大量昇格なんてないだろうから、元々陸佐だったんじゃないかな。なんだかんだ長く在籍してるし、実力も自衛隊の中だと結構な方らしいから」

「実力だけで佐官って……本当に凄い人じゃないか」

「まぁ、いくらなんでも佐官クラスでもないと今回みたいな戦術アドバイザーとかで指揮を取るのが難しいだけだとは思うけどね、指揮官にしたい人材の階級が相応じゃなかったら引き上げる手段を講じるのって、珍しいものでもないし」

「そういうものなのかな……」

 ヨシュアさん、軍事知識に偏りがあるのかな。

 銃に関しては結構詳しいこと知ってたのに、こと階級とかそういうお話はあまり知らないっぽいし……もしかしたら戦術は分かっても戦略はわからないとかありそうだなぁ。

 ヨシュアさんって転生系のチートっぽいのにそういうところは抜けてるっていうなんとも言えないポジションだから、影が薄くなって言ってるんじゃないかな……イネちゃん達がやってるお仕事って戦術規模どころか戦略……いや開拓とかの場合は超長期的展望が必要になってくるし、ヨシュアさんの言動を考えると元日本人って感じがするからなぁ、普通なら経験しているはずもないし、知識として持つこともないことだから仕方ないか。

「やっぱりヨシュアさんってさ、元は平和な日本とかそんなところから来てるでしょ、あまりに知識が偏ってるし、多分アウトドアというかそういう感じのことはやってたと思うんだけど、軍人とかそういうのではなかった民間人って感じがするし」

「うーん、どうなんだろう……今でこそ色々巻き込まれる感じで考えるようになったけれど、あの時は特別考えることもなかったからね、でも確かに、今から思えば随分平和だったんだと思うよ、そういうことを考える必要もないくらいに身の安全が保証されていたってことだからね」

「まぁそれ自体は悪いことじゃないんだけどねぇ、むしろ何も考えなくても享受できる平和ってのは普通歓迎すべきものだから」

 そして、イネちゃんたちはそれを甘受することができない世界に戻ることになるんだよね……長い滞在になるかどうかはわからないけれど。

「よし、じゃあそろそろ戻ろうか、ムータリアスに」

 コーイチお父さんにもらった高収納のPCバッグを持ち上げてイネちゃんが立ち上がると、ヨシュアさんは少し考え事をしながらも。

「まぁ、そうだね、行こうか」

 そうやって答えてイネちゃんの部屋から出ていった。

 そしてイネちゃんは部屋から出る時に少し振り替えり、机の上に置いてある写真立てに向かって。

「行ってきます」

 そう呟いてから部屋を後にした。

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