第303話 イネちゃんと情報整理

「……という形で、今ムータリアスと呼ばれる世界は和平の道を模索している最中れす!」

 リリアが最後に噛んだけれど、概ねイネちゃんの把握していなかった部分まで陸将さんに説明してくれたので、話しを聞いていた陸将さんの表情が少し険しくなった。

「なる程……ムーンラビットさんは地球側に顔を出す頻度が下がった理由はそういう事情がお有りだったのですね。そういう事情であるのなら仕方ありません、ですが少々困りましたね……」

「そのことですが、お孫様の試験は既に最終結果を出すだけでムータリアスには戻った後すぐに試験終了となる予定なのです。お孫様に地球側の戦争に介入というわけには行きませんが、代わりに試験官を担当しておりました私、スーが地球側の対応をするようにと申し使っております」

 となぜかリリアの付き添いみたいな形でついてきていたスーさんが突然なにか言い出してるし……というかムーンラビットさんは既に手を回していたのか。

「あなたは1度ムーンラビットさんの後ろにいましたよね」

「はい、その直後にお孫様の試験官をすることになりましたので自己紹介もできず申し訳ありませんでした」

「いえ、こちらの事情ばかりであなた方を拘束するわけには行きませんから謝らなくてもいいですよ」

「それでですが、現在地球に現れたゴブリンの分布状況などを分かっている範囲で教えていただけないでしょうか」

 スーさん、何話しを進めようとしているんですかね……。

「我々が把握している範囲ですと、北米大陸、特にアメリカ東海岸の人口密集地域、ヨーロッパ全域と中国、南半球での目撃情報は今のところ少数の群れが偶発的に現れている形ですね。そして出現している国はどこも大陸と直接交渉を行っていない国々……つまり条約の範囲外です」

 陸将さんも普通に応対してるし……この手の話題をリリアが聞いちゃったらなんとかしたいと思い始め……まさかそれが目的か!

「それは……人為的と見て間違いないでしょうね。私たちも最近わかったことなのですが、ゴブリンは兵器であったとのことですので大陸のように廃棄された形であるのならばその分布は世界中で法則性はありませんから。地球で暴れているゴブリンは兵器として運用されている可能性が高いと思います」

「そこでですが、我々の対ゴブリン戦闘のノウハウは稚拙と言えるものしかありません。無論大陸のギルドで傭兵として活動していた人間にも情報提供を行ってもらっているのですが、いかんせん特殊ケースばかりでして……」

 まぁ、傭兵さんとかで活動している。しかも地球側から傭兵として活動するためにとなると基本的にソロか、お父さんたちみたいな固定チームだろうからね、そのケースが特殊になってしまう……というよりは軍隊として運用するのに問題が出てしまうのは簡単に想像できちゃうよね。

「なる程、集団的に対応する方法、手段、ノウハウの提供ですか」

「えっとねスーさん、ちょっといい?」

 しかしながら通常のゴブリンに対してのそれだけなら、その特殊ケースの中でも4人チームを最小としてアレンジを加えることくらいムツキお父さんならできるはずなので、ここで重要なのは恐らくはアレ。

「マッドゴブリンというか、シックに現れたあのでっかい4匹……あれの対応策が必要なんだよね……」

「……あれですか、あのレベルとなると大陸でも屈指の実力を持ったものが足止めしつつ焼却するか、それこそ勇者のような超越した実力の持ち主であたる以外には難しいと思います」

「そう……ですか、先ほどイネお嬢さんから聞いた内容とほぼ同じですね」

「はい、今陸将様がお考えのとおり、私たちとてアレを倒すのにそのような特殊な人材を前面に出した結果撃退……いえ、焼却に成功しましたので、お役に立てず申し訳ございません」

「いいえ、手段が特定できただけ前進です。それに不可能ではなく、可能であると言っていただけただけでも我々にとっては朗報ですよ」

 そうは言うものの陸将さんの声色はあまり明るくない。

 まぁ落ち込むというほどでもないし、スーさんとリリアの表情はそれほど深刻そうでもないから、今の時点で陸将さんに作戦プランが組み立てられてるんだろうけど……大丈夫かな、日本の自衛隊なら核を用いた作戦とか考えないだろうし、そっち方面は大丈夫だろうけども……。

「それではそのような例外個体ではなく、通常の個体とその司令塔のような個体に関してなのですが……」

「それについては場当たり的な作戦で問題ないかと。ただ重要なのは兵器としてのゴブリンに関してヌーリエ教会が調査した範囲ですが、繁殖能力は兵器ではなく廃棄された個体同様のものが備わっていることがわかっておりますので、被害者の、特に女性の胎内にゴブリンの精液などが残っているかの調査は行ったほうがよいと思いますね、あれは放置してしまうと無尽蔵に増えていくものですし、なにより差別の原因ともなりますので」

 スーさんはイネちゃんを横目に見ながらそう忠告した。

 まぁ、実際大陸ですら差別が起きたわけだし……地球でとなるとそれこそ民族浄化を核でとかやりかねないからね、最初に忠告しておくのは大切かも。

 そして陸将さんはムツキお父さんの上司なわけだから、イネちゃんの出自も知っているわけで……。

「そうですね、その被害者たるイネお嬢さんを前にしてする話題ではないとは思いますが……」

「あ、別に大丈夫ですよ。イネちゃんとしてもイネちゃん個人感情よりもそういった被害者が少なくなるほうが絶対的にいいと思いますし、なによりイネちゃんがどちらか選べと言われたら迷うことなくこれから先、ゴブリン被害を防げるほうを選びますので」

 イネちゃんの言葉を聞いて、陸将さんは少し驚いた顔をしてから優しい笑顔になって。

「ありがとう。それでは現在ゴブリンが出現している国に対してそう通達しておきましょう」

 陸将さんはすぐに真剣な顔で、目だけで部下に指示を飛ばすと視線だけで指示を出された人が部屋から出ていった。

 本来なら即応で一気に解決できる方法があればそれが良かったんだろうけどね、そんな方法があれば大陸でゴブリンがそんなに問題にもならないから仕方ない。

「しかしまぁ、最終兵器みたいなこと言ってたのに数が多いよなぁ」

「それはどういうことかね?」

「あぁ、シックに襲撃してきていた司令官がそんなことを言ってたってだけなので、その場のノリだった可能性は否定できないんですが……」

 最終兵器に相応しい感じの性能だったものだからイネちゃんもてっきりそういうポジションなんだと思ってたけれど、よくよく考えたらそんな最終兵器がシックだけで4匹、それを倒されているにも関わらずアーティルさんは1度もそれに言及していないという点……はまぁ今後の交渉に向けてちょっとうやむやにしておきたいとか、そもそも当時の軍に関しては先代がやったことで自分は関わることができなかったとかそんな感じだろうけれど、それでも確かにあの性能ならガイアテラ以外にはすごく有効だったとイネちゃんだって思うからなぁ。

 とはいえあんなのいくら優秀な制御装置やら魔法があったところでいずれはゴブリン側の進化で無意味になりかねないし、なにより新しく増える可能性を考えると流石に放置もできないし、駆除の方法を確定させておくのは必要なことだと思うんだよね、今まさにテロリストが運用していると考えれば、それこそ地球産のゴブリンとかいつ生まれてもおかしくないってことだし。

「しかし兵器というからには改良を加えて行くことも可能……」

「それ以上に似たような別の、もっと安定した個体かもですね。いくら制御機構があったとしてもシックで戦ったのは指揮官の命令を無視しているように感じたことが何度かありましたし。少なくとも今回はテロリスト連中の命令は聞いているんですよね?」

「そう聞いているね。それに核が試された時、テロリストを守るような行動をしたとも報告を受けているよ」

「ですので既に改良されている、または別種類の兵器と考えていいと思いますよ」

 大陸でもそういう例がなかったわけでもないしね、ほら、今はオワリだけど元はイネちゃんの村を襲ったゴブリンの巣にいた個体と、トナにいた個体……あれはゴブリアントだったけれど言語の有無がかなり違っていたからね、身体能力自体は同じだったけれど、作戦行動を取ったという点で大きな差でもある。

 今回のマッドゴブリンに関しても似たような違いがあるんじゃないのかなとイネちゃんはそう思ったわけである。

 しかしまぁ、今後の展開がちょっとイネちゃんは想像できないくらいの大事になっている気がして、今からどんな感じに巻き込まれてしまうのか不安になってくるよね……。

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