第287話 イネちゃんと水問題解決と外交窓口

「あ、そういえばイネ嬢ちゃん。浄水施設に関しては流石にこっちまで持ってくるのはNGだって地球のお偉いさんが言ってたんよ」

 ジョッシュさんの取り扱いが決まった翌日の朝食時に、ムーンラビットさんから思い出したようにそう伝えられた。

 いやまぁ、実際そのタイミングで思い出したんだろうけれど……しかしながらこれで難民どころか兵士の人達の分増えただけの人数を賄う飲み水の確保が大変になったわけだけれど……。

 今の急場しのぎで賄える範囲はそろそろ期限ギリギリで、その間にもイネちゃんが少しづつ川の治水とかを進めて貯水槽に関してもなりふり構わず地球でも最新のものを使ってやってはいるのだけれど、今も目の前に出されているリリアのお料理は水をなるべく使わないで作れるものしかない有様なのである。

「海水が使えないとなると……困ったなぁ」

「井戸を掘るとかは無理なんか?」

「元々が地下水だったものを、地上の川として改変したから……もっと深ければあるっぽいけれど、そこから組み上げるのに人力だと厳しすぎるし、地球の物理学とか利用したとしてもちょっと少ない上に衛生面に不安が出てくるかな」

 実際、ムーンラビットさんの提案してくれた井戸という手段はイネちゃんも既に考えた後で、地下の資源をちょっと調べてみたところ1kmくらい地下に結構な水が存在していることはわかっていた。

 ただ電力を用いずにそれを地表まで運ぶ労力と、得られる水分量がとてもではないけれど釣り合わないと思ったので最初からないものと思っていたのだけれど……。

「なるほど、流石にそれは深すぎるなぁ。そこの水までイネ嬢ちゃんに頼って地形を無理やり変えるとなると色々と支障が出てきそうやし……緊急的事態なんでシックから当面の水は工面するんよ」

「リリアの試験的にはいいんです?」

「水に関しては基礎的なことやったし、それが足りなくなりそうになったのはムータリアス側の根底にこびりついている問題から来てるかんな、リリアになんの落ち度もない以上は試験継続のためにこっちも動くんよ。これでもどうしようもない状態になった場合は試験中止でヌーリエ教会が本格的に介入することになるから、安心しておくとええんよ」

 さらっと四天王に襲撃されたことに関しては試験がどうしようもなくなる事態ではないと言われたわけだけれど、まぁ……ムーンラビットさんであることを考えれば納得できてしまうのがちょっと悲しい。

「ともあれ飲み水はシックから提供、農地用の水は今までどおり川を使えばええよ。水不足対策に関してもちゃんとやれるのは昨日の会合の後に見回った範囲ではできてたしな」

「本当に申し訳ございません……私が自己満足のために兵士を残していったから余計に負担になってしまいましたよね……」

 ムーンラビットさんの水に関してのあれこれを聞いてアーティルさんが謝りだした。

 水不足に関してはその前からあったことだから、別段アーティルさんが謝ることでもないとは思うのだけれど……あぁでも奴隷層の人達が暴動を起こして起きた出来事だし、そういう意味では遠因ではあるのかな?

「1人の人間がその世界の全てを把握するなんざ不可能なんやから、この手のものはある程度は仕方ないとして、統治者側はそれをどうやってコントロールしたり、できないなりにも減災に務めるものよ。正直、戦争中の上にどうせ政権周りで派閥とかがドタバタしてるんやろうし、そういう面では最初からあまり期待はしてないから、その部分で謝る必要はないんよ」

「まぁあのジョッシュさんは修道会所属みたいだしねぇ……」

 所属組織が違えば、いくら国教指定していたところでわからない部分が多くなるだろうしね、修道会の全容がわからない以上責任があるだなんてムーンラビットさんも言えないのかな。

「でもまぁ、ムータリアス式で更生を目指すとなるとあれはもう絶望的に時間が必要になりそうなのはきっついんよなぁ。私もいつまでもここにいるわけにはいかないわけやし、スーに任せるにしてもあいつら1回休みになったらしばらく復活できんからな」

「復活……やはり人とは違うのですね」

「私ら夢魔は肉体に依存しきってはいないかんな、精神が破壊されなきゃ大丈夫よ。まぁ私はちょっと特殊なんで例外中の例外だけれど、ちょっと時間がかかる点に関してはあまり変わんないしな」

 そういえば寄り代があればノータイムだったっけか……でも寄り代になった動物の精神ってどうなるんだろう。

「イネ嬢ちゃん、私だって無理やりなんてやらんのよ。ちゃんと同意してくれる子がいなきゃ他の連中と一緒で最初から肉体を構築する魔法使ってやらなきゃいけなくなるんよ」

 なるほど……ということはあの時リリアが連れてきたウサちゃんは同意したってことなのか。

 兎と意思疎通できるって、どんな感じなんだろう……ちょっと気になるよね。

「でもまぁ、水の問題については解決しそうなのか……飲み水とかの上水道をシックからの輸入って形に頼れるのなら、貯水槽にはまた水を貯める方向に変えられるし」

 そうなると最大の問題は外交になりそうだなぁ……その範囲ってリリアの試験に含まれちゃうんだろうか。

 少なくとも今この開拓地ってムータリアスの、アルスター帝国との外交窓口になっちゃってるわけだし、なんだかんだで魔王軍側の捕虜もいるわけで……というか魔王軍との連絡手段がないから、捕虜の人に関して解放も何もあったもんじゃないという大変な事態が存在してたりするわけだけれど、こちらに関しては幸いなところで魔王軍側から捕らえた人数が10人にもならなかったのが幸いだったよ、本当。

 ちなみにアーティルさんは魔王軍の捕虜がいることに関しては把握していたりする。

 アルスター帝国としても魔王軍の兵士とまともに対話ができるのなら、なんでもいいから情報を聞き出したいとのことらしいし、何よりヌーリエ教会がどちらにも偏らないということを理解してくれていたからなんだけれども……こういうタイミングであの魔王軍絶対殲滅するマンのジョッシュさんが開拓地に来てしまったということで、アーティルさんは飛んできたというわけなのである。

「正直なところ、我々も魔王軍が何故戦争を始めたのか理由を掴んではいないわけです。やれることをやっていただけで既に100年近くになるわけですが」

「んーとなると滅ぼすつもりはまずないんじゃないかねぇ、なぁイネ嬢ちゃんもそう思うやろ?」

「なんでこっちに話を振るのかちょっと聞きたいところだけれど、まぁ滅ぼすつもりなら初動で終わらせるよね、完全に奇襲として人類最大の国である帝国を更地にしちゃえば、残っている人類の大半は戦意喪失するだろうし」

「私もそこが気になっているのです。私、お兄様と違い正式な手続きで皇帝位を継いだわけではありませんので、本来行う知識の伝承を行わなかったので何故戦争が始まったのかは修道会や教師から教えられている程度にしか知らないのです……でも、だからこそ魔王軍の兵士からその情報が聞けるのであれば、私は知りたいのです、この戦争の意味を」

 まぁ、戦争当事国のトップであるのだからアーティルさんのこの発言は理解できるところではあるのだけれど……。

「なんだかんだ一兵卒ばかりだから、どうなんだろう……魔王軍だって一兵卒の末端に至るまで戦争理由を教えているとは思えないし」

「それでもです。少なくとも彼らの戦っている理由を知ることはできますから。前線の兵士に関してはどちらも同じ思いなのか、それとも強者に従っている、従わざるを得ないだけなのかでもだいぶ違いますし……」

「まぁ、何もわからんよりは確かにええと思うが……そこからのプランがないと厳しいと思うんよ」

「はい、実際そのような情報が聞けたとしてもすぐには役立たないのもわかっていますが、終戦後の動きに関してはだいぶ楽になりますから」

 戦後のことも考える。

 指導者には必要な素養だけれど、できない人は結構多いよね。

「ま、そこを考えてるんならええよ、リリア、さっきからメモばかりじゃなくこの女王様に捕虜の尋問をやらしてやってな」

 ムーンラビットさんの言葉にビクッとしたリリアは、鉛筆と紙を落としてしまう。

「う、うん。こっちです……って私だけ?」

「イネ嬢ちゃんはこのあと水に関してのあれこれで忙しくなるかんな、まぁ心配ならスーと他に戦える奴を連れていけばええだけよ。今のあんたは一応ここの最高責任者なんやから、人を使うことも覚えないとあかんよー」

「で、でも私なんかが人を使うなんて……お願いならするけど……」

「手段や過程はどうあれ、適材適所ができるようにちゃんとなるんよー。んじゃイネ嬢ちゃん、また外に出よっか」

 なんというか、こんな感じにトントン拍子に物事が運ぶのは久しぶりな気がする……交渉面の専門家、ことさら手段問わずというか、ちょっと黒寄りのグレーなことしても責任取れるムーンラビットさんがいるだけでここまで簡単に進むものなんだなぁと改めて実感する……。

「イネ嬢ちゃん、そこは違うんよ」

「え?」

 どこが、と口にする前にムーンラビットさんが言葉を続ける。

「ケツは私が最初から全部持つ前提の試験やからな、リリアには最初から、ある程度自由にできるだけの権利は与えられてるんよ。あの子がちょっと悪い子になるだけで、私が今回やったことは全部できてたと思うかんな、そういう点においてもあの子の成長を見守るということよ」

 試験って言いつつ、ムーンラビットさんの顔はすごく優しいものだったのは、イネちゃんはとても印象に残った。

「ま、それはそれとして悪い子になれないならなれないで、あの子なりの人生を歩めばええんやけどな」

 そしてその一言でちょっとイネちゃんはこけたのだった。

 いや、これもこれで親心というかそういうものなんだろうけどさ、タイミングってものがあるよね?

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