第278話 イネちゃんと交渉事
「アーティル様!?それではこの場に居る難民を報復として殺される可能性もあるのですよ!?」
一礼したアーティルさんに側近の人が慌てて声を荒らげた。
「いいえ、この方々はそういった報復は致しません。責任を追求すべき相手は私のような指導者であると理解なされている方々ですよ?文化水準はむしろ我々より高いと考えるほうが自然なほどです。処刑も含めた罰というものも、感情や政治的なものではなく、明文化された法律などで行われているのではないかと、私は把握しましたがあなたは違うのですか?」
アーティルさんがそう言うと側近の人は急に小さくなった。
まぁ……アーティルさんに能力なしとか不適合とか思われたら降格やら左遷、場合によっては首までありえるからなぁ、この短い時間お話しただけの印象ではあまりそういった個人感情で人を裁くような人ではないとは思うけれど、人事に関してはその限りじゃない可能性を否定できないからね、うん。
「だが人手は如何なさるおつもりですか、長い間の戦線膠着は兵だけではなく民の精神も痛く疲弊しているのです。ここで確保できなければ本格的に崩壊しますよ」
「わかっています。ですが……無理やり連れて行こうと実行しようとすれば間違いなくここに居る方々と敵対することになりますよ?ガイアテラを一晩で、この人数で倒してしまう方々が。あなたは人手を確保するために帝国を滅ぼす選択をしろと仰るのですか」
側近の人は今度こそ黙ってしまった。
戦線を膠着させてライン維持が精一杯だった状態で、絶望の対象みたいな感じの四天王の1人を完全に消滅させちゃった相手に敵対なんてって考えたんだろうなぁ。
実際のところ、イネちゃんはそこまでするつもりはあまりないんだよね、今のイネちゃんのお仕事はリリアの安全確保と試験の補助だし、リリアの判断次第ではあるけど、リリアは相手を滅ぼすなんて選択は間違いなくしないだろうしね。
「従者が申し訳ありませんでした」
アーティルさんがまた頭を下げた。
正直、トップに頭を下げさせるのって結構無能の証明な気がするんだけれど……。
まぁ必要なら頭を下げることを躊躇わないっていうのはかなり優秀なトップの資質だとイネちゃんは思うけれども、これは結構アーティルさん大変だなぁ、生存戦争中に身内側にも警戒が必須なんじゃないかな、これ。
「いいえ、謝られる必要はないですよ。どのくらいの間続いているのかは、イネちゃんたちは情報が無いので知らないですけれど種族間生存戦争中と考えたら、人手が足りなくなるというのは理解できますし。だから人工生命などで兵力を補おうとしたという思考も理解はします」
失敗作を異世界に、大陸に捨てたことは理解しないけど。という言葉は頭の中だけに止めておいた。
「……ありがとうございます。それでは他に決めておくべき内容としては、交易を行うかどうか、行うとしてどのような取引を行うか、通貨に関してはどうするかなどを話しておきたいのですが」
割とこれが本題っぽいなぁ、民間承認に物資のやり取りさせれば国の人材を割く必要がなくなるからね、足元が見えてる人は強いよね。
戦争をするにも基礎は必要だし、多分アーティルさんがこちら側に提供してもらいたいのは人手よりも食料なんじゃないかなと思う。
帝国側で農民を兵士か他の産業に人材移動できれば、ただでさえ四天王の1人を失った直後の魔王軍は統制的に危ういだろうから押し返すチャンスだもの。
そうして手に入れた土地を最前線にして、今まで前線ラインだった場所で更に農業なり鍛冶なりをすればより強固な防衛ラインを築くことも不可能じゃなくなるからね、その初動を行いたいってことじゃないかとイネちゃんは思ってきてる。
「私たちは食べ物くらいしか出せませんけれど……お金に関しても自分たちの世界のものしか持っていませんし」
当然リリアはこう答えるわけで。
「はい、なので私たちは交易を行うとしたらこちらから食料を購入させていただきたいのです。なんでしたら物々交換も受け付けるように商人組合には私の名で勅命を出しておきますし」
アーティルさんもこちらの都合に合わせるように発言して。
「はい、それでしたら構いませんよ」
もちろんリリアの性格なら受け入れるのである。
今の内容ならイネちゃんも、もちろんスーさんやココロさんとヒヒノさんも文句を出す理由も隙も無いからね、ムータリアスの通貨……ヌーリエ教会からしてみれば外貨になるけれど、あって困るものではないから当然悪い話ではない。
アーティルさん、最初の方に断られる内容や、反発を受ける内容を出してから受け入れやすい交易のお話を出したということを考えたら、交渉事には慣れていると考えていいかな。
もしかしたら継承権が低いことをいいことに色々やってたのかもね、商業的な事業とか。
「それでしたら……帝国側の議会を納得させるために念書が必要になるのですが」
ま、最初からこの交渉をするつもりなら当然用意してるよね、アーティルさんは信頼できるとは思うけれど……。
「内容を確認させていただいても?」
「えぇ、当然です。これは公平な取引を記録するための念書なのですから双方の合意なしでなければなりませんし。どうぞ」
難民の人達と色々やって文字も把握しているスーさんが、アーティルさんの出してきた書類の中身を確認する。
まぁ、文章が正しいのかとかはスーさんなら問題ないだろうけれど……。
「カカラちゃんにも確認してもらう?」
こちら側のムータリアス出身者にも確認してもらおうかと一応提案してみる。
「大丈夫です、カカラさんの教育現場には私も常にいましたので。考えてみればあの時からムーンラビット様は私にこちらでお孫様の試験管を任せるつもりだったのでしょうね、カカラさんから文字を習うようにとも言われておりましたので、カカラさんの理解している範疇のムータリアス言語は把握しておりますから」
うーん優秀。
ヌーリエ教会の夢魔部隊が優秀すぎて諜報だの解析だので苦労する必要がないのは大変助かるからいいんだけどね、うん。
「この項目は一方的ですね、これではこちらに拒否権がなくなってしまいます」
「どの項目でしょうか。……なるほど、大陸ではそのように解釈なさるのですね……手直しします」
「それとここの文言が少々気になるのですが」
「これは物々交換も可能になるというだけで、それ以上の意味はございません」
「……そのようですね、わかりました」
どんどん文書の内容も修正されていくなぁ……こんなにスムーズに行くならそりゃ夢魔の人達に任せるよね、大陸の交渉事。
常に思考が読めるから騙されることもほぼほぼないし、ヌーリエ教会所属ってことでムーンラビットさんの教育を受けているから私情を挟んだり欲望丸出しにしたりしないから、これ以上ないってくらいの人材だよね、本当に。
「それではこの文書のコピーを作りたいのですが……イネ様、地球の技術でお願いできないでしょうか」
「え?」
そんなこと考えてたら突然呼ばれてびっくりだよ。
「コピーを作りたいのですが……」
「あ、うん。でも電力が無いとコピー機は使えないしなぁ……小型のやつでいいか、コピーを数枚するだけだし。あ、紙は用意してくださいね?」
スーさんにそう言いながら部屋の隅っこにコピー機を生成してっと……次は燃料型発電機を作り、燃料に関してはまぁイネちゃんが弾薬やら作る要領で補充してっと。
「紙はこれでよろしいでしょうか」
そう言ってスーさんが取り出してきたのはA3くらいの大きさの用紙。
念書の羊皮紙がA4くらいの大きさだからこれの半分がいいのだけれど……まぁイネちゃんがやればいいか。
「まぁ紙質はいいしこれでいいか」
受け取りながら半分に折り、最近使ってなかったコンバットナイフで半分に切ってコピー機にセットする。
「それじゃあ発電機を動かすので、ちょっと大きな音が出ますが大丈夫ですよー」
一応そう断ってから発電機を動かすと、けたたましい音と共に発電を始めた。
従者の人がすごく慌てて武器を抜こうとしたのが横目で見えたけれど、まぁ予想できてたし別に気にすることでもないからね、なのでコピー機の電源をいれてっと……。
イネちゃんが電源をオンにすると簡単なメニューが表示される。
このコピー機、コーイチお父さんが中身のプログラムも全部教えてくれたからちょっと複雑だったけれどイネちゃんにも再現できてよかったよかった。
『私のアドバイス……』
ヌーリエ様の声が聞こえた気がするけれど気にしない気にしない。
実際ちょっと手伝ってもらったけどいちいち説明することでもないしね!
ともあれ無事コピーを2部取ってスーさんに渡した。
ちなみにインクに関しては流石にヌーリエ様に聞いたよ、作り方とか知ってても実際に作ったことは1度もなかったからね、失敗できないものだし。
『ついでみたいに感謝されましても……』
ヌーリエ様のしょんぼりした声を聞きながら、帝国と開拓地の交易念書が完成するのをイネちゃんは眺めているのであった。
公文書になるだろうものが目の前で作られてるっていうのはなんとも不思議な気持ちになるけれど、その上でイネちゃんの提案も多分記載されていることのほうがちょっと大変なことだよね、うん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます