第270話 イネちゃんと勇者として
「戦闘しなかったのは正解ですね、彼らが強く敵対者と認めた相手は魔王と呼ばれている方に思念が届く仕組みのようですし。私たちが戻ってくるまでの間、イネさんたちが小競り合いの範疇に済ませていてくれたのは幸いでしたよ、本当」
「幸いってどういうことですか、ココロさん」
イネちゃんたちはあの後、拠点に歩きで戻りながら話していた。
「私たちが戻ってきた理由と重なるのですが、できれば大陸とムータリアスで魔王軍と呼ばれている勢力との争いは最小限度に留めたいということです。既に戦ってしまっている私とヒヒノなら既に敵対者として認識されていますので、独断で終わらせるなどということをしなければ問題にはなりませんからね」
「そういうことだから、少なくともムータリアスのいろんな組織が自力で国境ラインを確定できるようになるまでは、私とココロおねぇちゃんが背中を押してあげようってね」
「ヒヒノ、できればこの世界で英雄扱いされるのは避けるように動きますからね、そうでないと意味がありませんから」
なるほど、ヌーリエ教会の基本方針は不介入だけれど、既に一度ガッツリ介入済みであるココロさんとヒヒノさんに関しては例外扱いってことか。
だからムーンラビットさんはあれだけ楽観してたわけだ、この2人が戦闘してくれるから、開拓に専念して余裕があれば自己判断で動いていいってことだもんね、そしてイネちゃんとリリアなら、そんな英雄思考なんてないことも承知していたわけだからあの言い方だったわけだね。
「でもココロさんとヒヒノさんに負担がかなりかかるんじゃないッスか?」
「そこはまぁ、事前に飛ばされていた者の宿命というところですかね。不思慮に戦ってしまった責任とも言いますが」
ん、そういえばそのお話で少し気になることが。
「そういえば一緒に行動していたはずのヨシュアさんってそのへんってどうなの」
この2人と一緒に行動していたのならヨシュアさんも戦闘していたことになりそうなものなんだけど、今のココロさんの発言だとヨシュアさんは含まれていない気がする。
「あぁヨシュア君は戦闘させないようにしてた……というか、色々動きやすいように各所との連携を担当してもらっていたというか……」
「すごく、便利に動いてもらってしまいましたので……」
あぁなるほど、なんだかすごくその様子が想像できて納得できてしまった。
ヨシュアさんは元々あまり戦闘は避ける考えを持ってるから、最初に飛ばされてからも殆ど戦闘は避けてただろうし、2人と合流した後だと尚更戦う必要がなくなったろうからなぁ。
「でもうん、なんか色々納得できた。イネちゃんとリリアはしばらくは開拓に集中したほうが良さそうってことも」
ムーンラビットさん、こうやってイネちゃんたちが自分で納得するように色々手を回していたんだろうねぇ、でなきゃココロさんとヒヒノさんを大陸から動かしてでもっていうのは説明が難しくなっちゃうし。
「まぁ、元々私たちの勇者の力は明らかに戦うためのものでしたからね、発現した時には混乱が起きたものですが……今この時になって見ればそれこそ私たちの勇者としての力が何故戦いのものであったのかがよくわかるのです」
「結構のびのびとやれるし、難しいことをあまり考える必要がないのっていいよね」
「ヒヒノの場合はより大きな力でしたからね、純然と力を振るえるだけの場がありませんでしたし、鬱憤は溜まっていたことは私にも伝わってきていましたからね」
異世界と繋がっていない状態だとヒヒノさんのは明らかにオーバースペックだからね、なんというか最初から繋がることが前提っていうか、悪意のある世界と繋がることを前提として力が発現してるよね、ヌーリエ様もわかってるならもう少し調整してくれたらよかったのにね。
「まぁ今でも本気を出せる場面は殆どないんだけどね」
「ヒヒノさんが本気を出すと更地どころじゃなくなりそうなんですが……」
限定的っぽいけれど、概念を焼くとかそんな感じだったはずだし反則とかその範疇だよね、むしろヨシュアさんよりもそういった主人公っぽい能力というか、ラスボスみたいというか。
「だからですよ、ムータリアスでは既に多くの戦いの末に更地になってしまっている地域が多いですからね、ヒヒノが気を遣う必要がないほどに」
ココロさんが真剣な表情で答えてくれた。
ムータリアスってそんな酷い状況なのか……いやだから異世界に移住できるように調査したり、障害になりそうなら排斥しようとしたりするんだろうけどさ、全部裏目に回っている辺り、やっぱり異世界に対しては常識に囚われたらデメリットしかなくなっていくってことだよね。
正直相手が大陸で、ヌーリエ教会じゃなかったら逆に滅ぼされてるだろうからなぁ、地球に行こうとした場合、泥沼になりそうだけどそのうちムータリアス側が疲弊して自然消失しそうだし。
もしうまく行ったとしても、イネちゃんが今まで出会った感じだと移住後も問題噴出して人口限界割って滅びそうな気がするしね。
あ、でも人口限界って最低100人とかだっけか、それ以下になると殆どの確立で人口が増えることがなくなるとかなんとか。
「でも……私とヒヒノが正しく、戦いを得意とする勇者として動けるというのは思いのほか嬉しいものですよ。今までは大陸を守るための遊撃隊として動いていましたが、私はともかくヒヒノはまさに大軍を相手にするための力ですから、ヒヒノの活躍が見れて私はどうしようもなく嬉しくなるのです」
「私はココロおねぇちゃんと一緒にいられるのが一番嬉しいんだけどね。でもココロおねぇちゃんが嬉しいならもっと嬉しいし、今のほうがいいかな」
うーん、この姉妹。
シスコンなのは把握していたけど相変わらずだねぇこれはこれで安心してしまうけどさ。
「ところでなんか、私たちが帰ろうとしているところから煙が上がっているように私には見えるんッスけど……」
会話に入ってきていなかったキュミラさんが言うように、昨日作ったばかりの貯水槽から煙が上がっているのが、まだ距離があるのに確認できた。
「うっそでしょ、できた直後に水を狙って襲撃されたりする、普通」
「私たちは周囲巡回していましたが……」
「そんな気配なかったよね」
ココロさんとヒヒノさんは確かに朝から姿が見えなかったからね、あれって巡回してくれてたんだ。
しかし……そうなると今上がっている煙は人が引き起こしたものになりそうと思うのはイネちゃんだけなのだろうか。
心当たりがあるとすれば、難民の受け入れ制限による暴動かなぁ。
正直、常識が違いすぎるという考えに至らない限り自分たちを不利にしていくだけなのだけれど、切羽詰まった人たちにそれを要求するのは酷かな。
「ともかく急ぎましょう。イネさん、私とヒヒノを乗せてもらっても構いませんでしょうか」
「え、乗るって……」
「イネちゃんごめんねー」
ヒヒノさんのその言葉を合図にするかのように、ヒヒノさんはイネちゃんの左肩に、ココロさんは右肩に寄りかかるようにして登ってきた。
「あぶ、危ないですって!」
急いで勇者の力でカーゴを作りつつ足を地面と同化させて走り始める。
「キュミラさんは上空から状況把握してきて!場合によっては暴動を起こしている人の前に派手に登場してもらうから!」
「わ、わかったッス!」
そう言ってキュミラさんは上空へと飛んでいくのを確認してから、イネちゃんは加速した。
「しっかり掴まっててくださいね!」
返事は返ってこない。
けれどしっかりとイネちゃんの肩を掴んでいる感覚はしっかりとあるので、イネちゃんは構わずに更に速度を上げて拠点を通らずに直接貯水槽まで向かうと案の定、多くの人たちが貯水槽を破壊して水を手に入れている姿が目に飛び込んできた。
「とりあえずやめさせてきますね、ヒヒノはできれば下がっていてください」
「わかったよ、相手は民間人だろうし、ココロおねぇちゃん行ってらっしゃい」
速度を抑えたタイミングでココロさんが飛び降りる形で走って行くのを見て、イネちゃんは速度を緩やかに落として貯水槽の近くで止まる。
「やめなさい、これは破壊して得るものではありません」
ココロさんがそう呼びかけると集まっていた人たちは一斉に殴りかかってきた……けどまぁそこは流石ココロさん、破壊された貯水槽の土台部分だった手頃なクズ木を手に取ると、撫でるような動きで向かってきた人たちを気絶させた。
自分たちを静止してきた人が、圧倒的に強い人だとわかった瞬間、暴動を起こしていた人たちは蜘蛛の子を散らすようにして逃げていったけど……。
「流石にこれは酷いですね……川のせき止めまで行おうとしていた形跡があります」
周囲への警戒を解くことなくココロさんが状況の確認を行った。
「とりあえず人を寄越してもらって、気絶した人たちは運び込んじゃおうか。貯水槽とかはイネちゃんが直しておくので尋問とかはお任せしてもいいですか?」
「そうですね……連れて行くのは私たちも手伝いますが、彼らに関して少し調べてみたいので、尋問はスーさんをはじめとする夢魔の方に任せたほうがよいかと」
「多分この人たち、言葉が不自由だろうしね」
ヒヒノさんがそう言ってイネちゃんは改めて暴動を起こしていた人たちに視線を落とした。
風貌は汚らしいと表現したほうがしっくりくるようなもので、匂いのほうも少々きつい感じがする。
言葉が不自由かは流石に気絶しているのでわからないけれど……今、それは後回しかな。
「分かりました、じゃあお願いしますね」
イネちゃんはそう答えると、ココロさんとヒヒノさんは2人がキュミラさんを呼んで周辺警戒について説明しているのを見て、イネちゃんは先ほどのココロさんのひとつの言葉を少し思い出していた。
それにしても勇者としてか……イネちゃんはどうすべきなんだろうか。
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