第260話 イネちゃんと浄化作戦
「イネ、おかえり」
イネちゃんとティラーさんが戻ると、リリアがパンを片手にお出迎えしてくれた。
「そのパンって、どうしたの?」
「カマドを作って焼いたんだよ」
なるほど……でもよく作れたなぁ、ウルシィさんがお手伝いしたのかな。
でもまぁ、リリアの美味しいパンが食べられるのは嬉しいし、その辺を気にすることもないか。
「それでどうなったんだい」
「あぁヨシュアさん、作戦の途中でヌーリエ様の声が聞こえてきてね、ワクチンみたいなものが作れそうだからって毒溜りの溶解液を採取してきたんだよ。まぁできるだけ消毒作業も進めたけれど、ちょっと燃やしきるには時間がかかりすぎる感じだね」
実際今日半日かけて消毒作業したけれど、毒溜りは殆どその大きさを変えていなかったんだよね、もしかしたらあの空間に広がるモヤもあの毒溜り……だったら採取してきたやつもやばいし、ちょっと考えないようにしておこう。
「ところでイネちゃん、これはイネちゃんに渡しておけばいいよな」
そう言ってティラーさんがイネちゃんにヒヒイロカネの缶を手渡してきた。
「あぁうん、というかイネちゃんじゃないとこれの開封もできないしね、持ってもらってありがと」
「もしかしてそれが……」
「うん、溶解液。ヌーリエ様が言うにはこれで大地を癒せるワクチンを作れるようになるとかなんとか」
「そこが曖昧なんだ……」
イネちゃんの思いつきじゃなく今回はヌーリエ様の助言だから、イネちゃんにはどういう風にすればいいのかとかはわからないから仕方ない。
「とりあえず休憩して、午後はイネちゃんだけで行ってみるよ。撤退の時に少量だけど溶岩も使っちゃったし」
結局使ったんだ。とかいう声が聞こえてきた気もするけれど、撤退するときに使う必要があったから聞こえなかった方向で進めよう。
「でもまぁヌーリエ様の言ったとおりにあの毒溜りを浄化できるようになったりするのなら、そっちのほうがいいしね。もしかしたらムータリアスであの毒溜りの被害を受けた人の治療にも使えるかもしれないし」
「まぁイネ以外でも治療ができるようになるっていうのは確かにいいよね、正直今はイネに頼りすぎてると思うから僕たちで代わりができるのならそれに越したことはないからね」
「そうね……ヨシュアの言うとおり、私たちはちょっとイネに依存しすぎてるかも」
「せめて建物の建築は俺たちで……」
ティラーさんがそこまで言いかけたところで、水源のほうから爆発音が轟いだ。
「なに!?」
皆が一斉に視線を向けると、水が湧き出していた場所から深緑の、あのモヤが天高く噴き上げているのが見える。
「……散々ダメージ食らわされて、更に自分が溶かせれないものを溶岩で守られたから怒ったかな」
「冷静になるところ!?」
「ダメだよミミルさん、こういう想定外こそ冷静にならないと」
とはいえ追撃しようにもできないっていう状態になって、水が地上に昇っていたところから強引に出てきたのか、わかったところで既に毒溜りは出てきちゃったみたいだし、今後水源として機能するのか怪しくなったから少々強引な手も取れるだろうけれど……。
『イネちゃん、まずは採取した溶解液をリリアちゃんと一緒に地面に垂らしてください』
「ちょ、なにこの声!?」
あ、リリアにも同時に話しかけたんですね、ヌーリエ様。
『リリアちゃんも、いいですね』
「リリア、この声はヌーリエ様だから大丈夫だよ。とりあえず……この溶解液を地面に垂らせばいいんですかね」
「ちょ、イネ何言ってるの!?」
ミミルさんが当然の反応を示すものの、イネちゃんとリリアは無言で目を合わせて首を縦に振って、ヒヒイロカネの缶を開けて中の溶解液を地面に垂らすと一瞬地面を溶かすような煙が出たけれど、あの臭いも無くすぐに何事もないただの濡れた地面になった。
ミミルさんも臭いがないことを不思議に思ったのかその地面の濡れた部分を覗き込もうとしたとき、突然垂らした場所が光出したことでミミルさんが目を抑えて転がった。
『……はい、大丈夫です。これでイネちゃんの力と自然魔法を用いることであの溶解液は浄化できるはずです』
自然魔法って始めて聞いたな。
『自然魔法は生育魔法と呼ばれているものですよ、自然の力で治癒力を上げたりなどもあるので全部合わせて自然魔法なんですよ』
あぁあれか……確かにあれは完全に魔法って言って差し支えないというか、宗教によっては完全に奇跡認定されるものだよね。
「2人共、今はあれをなんとかするのが先だよ!」
ヨシュアさんの声でイネちゃんとリリアは立ち上がるものの……。
「でも、リリアがやるには接近が必須だよね」
イネちゃんが宿泊所を作った拠点から水源まではそれなりに距離があるにも関わらず、拠点から見るだけでも毒溜りの大きさはトラック大の大きさに思えるほどで、あの空洞ではわからなかった全体像が今ようやく見ることができるようになったことで改めて先ほどまでやろうとしていた作戦が気の遠くなる作戦であったことを思い知らされた。
「でも、やらないとだよね、イネ」
「……攻撃を受けるのはイネちゃんだからね、ヒヒイロカネで溶解液は喰らわないってことが分かったから大丈夫だからさ」
「ふふ、いつもの私たちの心境が少しはわかった?」
むぅ、リリアのいたずら心か……多分大丈夫だから言っているんだろうと分かっていてもという心境がなんとなくわかった。
「だがあいつ、こっちには近づいてきてないな」
ティラーさんが双眼鏡を覗きながら言う。
いつ買ったとか疑問が出てきたけれど、その言葉を聞いて発動したイネちゃんの感知でも確かに毒溜りはこちらに近づいてきていない。
「あいつ、修道会の人たちのほうへと向かってるッスよ!」
「どうやらそのようだね」
こういう時、俯瞰で見ているキュミラさんの情報は精度が信頼できる。
普段あまり活躍しない分、こういう有事の情報収集では本当に頼りにしないとね。
「イネ、落ち着いている暇はなさそうだ。拠点は僕たちが守っているから、あいつを倒してくれ」
ヨシュアさんに急かされてそういえばという感じに思い出す。
ムータリアスの人たちは毒溜りの攻撃を防ぐ術が皆無で、文字通り蹂躙されるだけになるんだっけか。
「あの人たちはカカラちゃんの仲間だし、見捨てる判断はないかな。それじゃあ行く人はイネちゃん以外に誰になるの?」
「私は行くよ、これでも一応ばあちゃんから力の封印を少し弱めてくれたから自衛するだけなら大丈夫だから」
「それじゃあ俺も行くか、さっきからカカラちゃんが今にも潰れそうなくらいの神妙な顔をしてたからな、カカラちゃんの護衛として行くよ」
「じゃあイネちゃんとリリア、ティラーさんとカカラちゃんの4人でいいんだよね」
スーさんは少し悩んだ感じではあったものの、リリアの表情を見て諦めたようなため息の後首を縦に振って、ヨシュアさんたちは最初からそのつもりだったからそれぞれの言葉で肯定を示した。
「キュミラさんは最初から行かないのはわかってるから、出発するよ」
「そのとおりッスけどなんか複雑ッス!」
キュミラさんの叫びは置いておいてイネちゃんが先行する形で出発する。
リリアたちは連れてきていたヌーカベに乗って、お互い走って向かった。
「とりあえずイネちゃんが突入するから、リリアたちはまず修道会の人たちの避難誘導をしてきて!」
「うん、イネも気をつけて!」
リリアが修道会の人たちのいるあの施設に向かったのを確認してからイネちゃんは速度を上げて毒溜りの進路上に立ち塞がれる場所へと移動してから、ヌーリエ様に話しかけた。
「ヌーリエ様、とにかくもう浄化の力を小規模に使うだけでもいいんだよね?」
『そうですよー』
相変わらず軽いヌーリエ様の返事に安心感を覚えつつ、ひとまずはイネちゃんの周囲に結界のような形で浄化の力を発動させておくと、火炎投射機の燃料補充……は問題ないにしてもガスのほうが問題になるから置いてきたものの、代わりに火炎放射器を持ってきてはいるのだけれど……なんというか使いどころが完全に逆だったね、うん。
「さて……今度こそあなたの終わりの時かな、毒溜り。戦争のために生み出されて、ずっと放置されて続けたことは同情できるかもしれないけれど、あなたはもう休んでいいの。だから……終わらせてあげる」
聞こえてるわけはないのだけれど、なんとなく言いたくなった。
イネちゃんとしてはちょっとおかしいかなとも思いつつ、改めて毒溜りの経歴を考えれば間違いでもないし、別にいいかと思って火炎放射器を構えて少しづつ結界を広げていく。
そしてイネちゃんの言葉に反応したわけではないのだろうけれど、毒溜りは1度その動きを止めてからイネちゃんの方を振り向くような動作をした後に溶解液を飛ばしてきた。
もちろん、今はヌーリエ様のおかげでバージョンアップした浄化の力に阻まれてその溶解液は空中で綺麗な水に戻り、精々イネちゃんを濡らすだけではあるものの、その様子を見て……かはわからないけれど、毒溜りの動きは明らかに今までとは違い、イネちゃんを警戒するように一定の距離を開けて動きを止めた。
「さぁ、あなたの終わりを始めようか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます