第258話 イネちゃんと再戦

 ティラーさんが魔法を覚えた翌日、イネちゃんは再び水源の場所に訪れていた。

「ね、結構ひどい状態でしょ」

「ひどいというか……これは飲めないだろ。というか泥だろ」

 水源を覗き込みながらそんな会話をしつつ、イネちゃんは昨日掘り進めていた場所を再び勇者の力で階段状に形成していく。

 地面を感知した感じではあの毒溜りは元の場所に戻って……というか元々動いていなかったけれども、今は昨日イネちゃんたちが立っていた付近の溶解液もないと思える感じだったので同じ地点に向かって進めている。

 ちなみにイネちゃんはちゃんとコーイチお父さんのゲームに出てた火炎投射機と呼ぶに相応しい性能のものをティラーさんがお勉強している間にバージョンアップしておいた。

 これでガスの代わりを勇者の力で無理やり行う調整もしたので、化石燃料を精製して無限に発射することもできるようになったんだよね、対人で使うととんでもないヘイトを稼ぐこと受け合いというか、しばらくお肉を食べれない人が出てきそうだから使う予定はないけれさ、我ながらいい出来になったと思うのだ。

「とりあえず、俺たちの周囲を炎で囲む程度でもいいんだよな」

 イネちゃんが階段を形成しているとティラーさんが作戦の内容を確認してきた。

「うん、でもできるだけ出力は高いほうがいいかも。ミミルさんの火矢程度の火力だと効果がない感じだったから、それなりに強い火力でないと効果は期待できないみたいだったからさ」

「……俺の魔力、持つかな」

「心配なのはわかる。そこはまぁイネちゃんが勇者の力で補助するから大丈夫だよ」

 回復の力を使えば完璧にはならないにしても対象者の魔力も回復することができるから、ティラーさんの心配は杞憂ではあるものの、ティラーさんが魔法を使うのは始めてだからね不安になるのは仕方ない。

 だからこそ今回は完全消毒を目指さずに、毒溜りの規模を縮小させることを目的としたんだよね、ティラーさんの始めての魔法にあまりに頼りすぎないようにって感じにして、余裕を持ちつつ撤退をする予定になっている。

 この作戦に対してヨシュアさんたちは少し難しい顔をしたけれど、今回の消毒は日付を切っているわけでもないし、安全と確実性を優先するべきと説明して今の形にイネちゃんがしたんだけど……ヨシュアさんって案外イケイケなんだよなぁ、転生系主人公という認識と自覚はあるんだろうなとは思うから、気持ちはわからないでもないけれど命が関わることで無茶をする必要が皆無なら安全を取るべきなんだよね、イネちゃんもお父さんたちから耳にタコができるほど聞かされただけなんだけど。

「まぁ、イネちゃんが言うなら大丈夫なんだろうとは思うが……やはり不安になるもんだな」

「始めてのことだしね、それは仕方ないよ。……と、開通。ここからは警戒しつつ慎重に行くよ」

 そう言ってイネちゃんが先頭で階段を降り始める。

 灯りに関しては今回はティラーさんのことも考えてヘッドライトにして視界の確保を優先した。

 前回は灯りに反応したというよりは、新鮮な空気に反応したか、イネちゃんたちの体温に反応したように見えたので今回はしっかりと灯りを確保することにしたのだ。

「灯りはあるけれど足元に注意してね、できるだけすべらないようにはしておいたけれど」

「あぁこれならむしろいつもよりもしっかり斧が構え……られても意味がないんだったな、今回は」

 うーん、ティラーさんの気合が空回りしている。

 これはちょっと、イネちゃんのほうが不安になってくるなぁ……うっかり突撃とかは流石にないだろうけども、魔法の発動をミスする可能性は否定できないからなぁ、つけたことのないガスマスクもつけてるから、いつもと違うテンションになってるのがよくわかるし。

「ティラーさん、そのガスマスクの調子はどう?」

「ちょっと苦しいな、ゴムの匂いが気になる程度でほかの臭いは特にないぞ」

「それはよかった。ゴムの匂いに関してはごめんね、新品特有の匂いだから取り除くのが難しかったんだ」

「難しい……ということは無くすこともできたと」

「ごめんね、ほかの装備の準備が優先だったから……」

「あぁいや、別にいいんだがな。ただこれをつけたとき皆が笑ったのはどういうことだったんだ」

 それは似合いすぎてたからとは流石に言えない。

 何せイネちゃんのお家で見たDVDで今のティラーさんそっくりなヒャッハーモヒカンが出てくる映画見てたからなぁ……丁度そのときティラーさんはお買い物に出てていなかったからよかったけど、そのときにも皆大爆笑してたし。

 とそんな雑談をしていると、明らかに周囲の空気が変わった。

 これは文字通り空気の色が変わったからわかりやすかった、今まで岩肌の茶色が中心だったのだけれど、あの毒溜りの、どす黒いような深緑色を薄くしたようなモヤがかかっていたから、ここからは毒溜りの領域になるというところだろう。

 そしてイネちゃんの予想なら既に毒溜りはこちらに対してあの溶解液を伸ばしていると思われるので、ここからはティラーさんに炎による結界を張ってもらうようお願いしないと。

「ティラーさん、この辺からお願い。イネちゃんの予測ではまだ大丈夫だとは思うけれど、最悪の場合を考慮してこのモヤに触る前に展開しておきたいんだ」

 ちなみにイネちゃんが考えている最悪っていうのはこのモヤ自体が毒溜りの一部で、少しでも触れればあちらさんにこちらの居場所を知らせることになる可能性。

 そうだとしたら空洞から引っ張りだすこと自体リスクではあるけれど、そもそも出てこない可能性すら出てきてしまうし、何よりずっとこの空洞に居座っていたことの説明があまりできない……まぁ地下に流れる川の中にお魚がいてそれを捕食していたっていうのなら理解できなくはないけれど、それはそれでお魚という資源が枯渇するからね、可能性としては低いとは思ってる。

炎輪えんりんよ……」

 ティラーさんが呟くとイネちゃんとティラーさんの周囲に炎の壁が円状に展開された。

「うん、ありがと。後は維持することと、もしもの時の撤退のことを考えてくれればいいからね」

「なんというかもどかしいが……わかった」

 ティラーさんのもどかしさはまぁ、今は置いておくとして緑色のモヤの中を進んでいく。

 道自体はイネちゃんが作ったものだから迷う心配はないものの、ヘッドライトを点けた状態でも視界がいいとは言いにくいものなのはちょっと厳しい。昨日来たときはこれほどのモヤはなかったことを考えると今は毒溜りが警戒していると言っていいのかもしれない。

「イネちゃん、この臭いはなんともならないのか……肥溜めの比じゃない臭いなんだが……」

「そこは……力技になっちゃうからごめん、我慢して」

「まぁ……イネちゃんの一番強い浄化の力は、まだ伏せておいたほうがいいのはわかる。わかるんだが……これは堪えるな」

 手札を晒しても余裕で大丈夫なんていうのは、ササヤさんやヒヒノさんみたいな一方的な蹂躙確定レベルになってからでないと厳しいというか、場合によっては対抗策を立てられてこちらの対応が難しくなる可能性のほうが高いからね。

 イネちゃんは今は見た目が派手な力の応用ばかりで本質が隠れるようにはしているけれど、本来は攻撃よりも防御や回復の方向に極めて強いからね、場合によっては世界そのものから全ての毒や細菌を全部消去できちゃう可能性すらあるくらいに。

『流石にそんなに強くありませんよー』

 あらヌーリエ様、どうしたんです?

『イネちゃんの力……いえ、私にできることは精々目の前の人を救う程度です。たまたま私はその範囲がちょっぴり広かっただけで、イネちゃんはその一部が使えるだけですから、そこまでの力はないです』

 わざわざ解説に御足労ありがとうございます、だけど今とりこんでいるところなので……。

『あぁいえ、少し無茶……になるかもしれませんが、あの子の毒素がわかればイネちゃんが危惧していることを回避しつつ浄化できるかもしれませんよ』

 ワクチンみたいなものかな、でも毒溜りのワクチンって……。

『同じことですよ、世界を治療するワクチン。ですからこの地面に注射するみたいな感覚でいいんですよ』

 すごく軽く言ってるけど、世界の命運が簡単に変わりそうなレベルだよね、やりようによっては砂漠の緑化とか余裕そうだし。

 ただまぁ、溶解液を手に入れさえできればいろんな問題が解決……ってそうなるともしかしてマッドスライムとかも?

『ヴェルニア地域で、大地に少し染み込んでましたので私がやっておきました』

 働く神様って素敵。

 ともあれ、ヌーリエ様が手伝ってくれるのならば心強いというか、余裕を持って動けるね、溶解液を採取するにしてもある程度は燃やさないといけないしね。

「イネちゃん!さっきから炎に何か当たってるんだが!」

 ティラーさんの叫び声を聞いて、ヌーリエ様との会話は中断。

 そしてイネちゃんは今向き合う相手へと視線を移す。

「じゃあ、再戦と行こうか」

 毒溜りも、イネちゃんの呟きを聞いて同意したのか、溶解液を飛ばしてきてティラーさんの炎の壁にぶつかって蒸発し、それを合図として戦闘が始まった。

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