第256話 イネちゃんと毒溜り

「ところでミミルさん、精霊魔法ってムータリアスでも使えるのかな」

「多分、無理……かな。そもそも自然が少なすぎて精霊も妖精もいないみたいだし、イネの実家ならまだ少しは感じられたからすごく弱いけれど使えなくはなかったけどここでは本当に感じられないの」

 むしろ日本だと弱くても使えたのか……原理がわからないけれどとりあえず今のミミルさんに魔法援護は期待できないということはわかった。

「でもイネ、本当にこんな少人数でよかったの?」

 ミミルさんが不安そうな声を出す。

 まぁ今は少人数も少人数で、イネちゃんとミミルさんだけでイネちゃんが作った階段を降りているところだからね、不安にもなるのは大変よくわかる。

「むしろこっちに人員を割く余裕が無い。が正解かな、人数を割くのならリリアの作業を中断してもらって全員で来た方がマシなレベル。正直野生生物よりも面倒な魔王軍の尖兵がいるってわかったから、できるだけ戦える人を駐留させておきたいし」

「それはわかるけれど……今ここでの戦力が2人っていうのは少なすぎないかな!」

「んーそうでもないかな、暗闇でも動けるミミルさんと、そのための道具を用意できるイネちゃんで、とりあえず遠距離から毒溜りを燃やすだけだし」

 作戦としては簡単で、ミミルさんは火矢、イネちゃんは焼夷弾で毒溜りを消毒するという簡単なお話。

 一応これはアルザさんにも確認していて、生物兵器由来の毒物ならとりあえず燃やせるということを聞いていたから遠距離でいいよねってだけで、それならいっそ最少人数で事にあたってみようということ。

「それにこの1回で終わらせる必要も、今は無いからね。燃やしたときに出てくる毒ガスがどれだけのものか確認する意味合いも含んでるから何度かやる予定だし」

「うぅ……ヨシュアと一緒がよかった……」

 そういうわけなのでミミルさんには悪いけれど、エルフは暗闇でも問題なく地形が把握できるらしいからイネちゃんと一緒に毒溜り消毒作戦に参加してもらったということである。

「あ、イネちゃんは呼吸は勇者の力で調整できるからいいけれど、匂いは相当だと思うし覚悟しておいてね」

「イネ、そういうのははや」

 ミミルさんがそこまで言ったところで言葉にならない叫びをあげて少し上の方へと避難していった。

「ちょ、ちょ、ここでもまだ臭いが!やだこれやだ!」

「ミミルさん、これ、着ける?」

 そう言って壁から生成したガスマスクを差し出すとミミルさんはイネちゃんから奪い取る勢いで受け取り間髪入れずに装着した。

「うぅぅ……少しマシになったけどまだくちゃい……」

 いかんミミルさんがちょっと幼児退行してらっしゃる。

 エルフの幼児退行とはこれ如何にという考えが少しよぎったものの、今はその臭いの元凶である毒溜りを処理するのが最優先。

 一応毒に対してはミミルさんも耐性がたっぷりなようで、臭いによる精神的ダメージ以外は臭いで眼がやられるとかそういったこともないようなので今はガスマスクで我慢してもらおう。

「うっ……なにあれ気持ち悪い……」

 臭いがした、ということは当然ながら開通したわけで、ミミルさんが毒溜りを見た率直な感想を述べている。

「あれが多分原因、とりあえず火で燃やせるらしいからミミルさんは火矢でお願い」

 イネちゃんはダネルさんに焼夷グレネードを装填しながら指示を出すと、これまた勇者の力で作った暗視ゴーグルをつけて毒溜りを狙う。

 当然ながらミミルさんの火矢でちょっとだけカメラが焼け付きそうになるけれど、そこは勇者の力で保護しつつミミルさんの火矢が放たれるのを待つ。

 この前確認したときみたいにマグネシウムを反応させて発光させるのもいいのだけれど、あれをやってると結構集中力を持っていかれるからできるだけ使わずにおきたい。

 もしあの毒溜りが生きていて、イネちゃんたちの攻撃に反応して反撃してきた場合を考えるとイネちゃんが余力をたっぷり残しておいたほうが何かと都合がいいから、今はコツコツじっくり焼いていくほうが安心安全。

「私からで、いいのよね」

「うん、お願い」

 その短いやり取りで確認してからミミルさんが火矢を放つ。

 その火矢の着弾を確認してからイネちゃんが焼夷グレネードをポンポンと装弾している全弾を発射すると同時に、暗視ゴーグルの電源を落として着弾を待つ。

「……ねぇイネ、イネのあれってすぐに爆発したんじゃないの?」

「おかしいなぁ、というかミミルさんの火矢の灯りも今は殆ど見えなくなってきてる」

 ミミルさんの方を見て会話したその直後、イネちゃんとミミルさんの間に何かが飛んできて、壁に当たり、砕けた。

「ミミルさんは戻って!」

「イネは……」

「いいから早く!」

 私は急いでミミルさんを退避するように言ってからダネルさんをホルスターに入れて壁から火炎放射器と火炎投射機を作り出す。

 燃料である液体燃料はこの世界で1度も化石燃料が発掘されていないと信じてそこから少々拝借し、少し調整して使わせてもらう。なんというかヌーリエ様は鉱物資源だけでなく大地に埋設しているものも同様に恵みとして変換できるらしくってこの辺は世界のパワーバランス崩壊どころの騒ぎじゃない力だなぁと思うのだが、その価値がわからない世界でなら多少使ったところで怒られる心配はないのだ。

 取り急ぎ使うのは火炎投射機、まだ毒溜りはミミルさんの火矢の灯りが消えていないのを見るあたりまだ動いていないと思うので引き金を引いて直接炎をぶつける……予定だったのだけれど。

「ゲル状にするまでの精度はまだ難しいか……」

 なんというかおろろろろろーって感じの効果音が付きそうななんとも情けない感じの火炎が出た……というかこれだと火炎放射器そのままだよね、うん。

 2つ作る意味がなかった……いや一応はリロード時間をなくす意味では有効だけれど、今欲しいのは射程だったためにイネちゃんの目論見は外れてしまっているのだ。

 というか流石にさっき撃ったグレネードはいい加減炸裂してくれないかな……よもやあの毒溜りが金属まで溶解して中身も消化しちゃったとかはないと思うけれど、もしそうだとしたら流石に今の作戦だと分が悪すぎる。

「イネ!足元!」

 ミミルさんの叫び声に合わせて火炎放射器を足元に向けながら後退を始める。

 火炎放射器が当たり、周囲が照らされるとミミルさんが叫んだ理由がわかった。

 毒溜りの一部が伸びてきていて今まで立っていた場所を覆い始めていたのだ、岩盤ですらちょっと溶けている様子が毒溜りが触った場所から煙が上がっていることで確認できるけれど……。

「撤退するよ、流石にこれは想定外過ぎる」

 もう1本の火炎放射器を手に取り毒溜りに向かって両手で炎を発射すると、一応既に燃焼しているものは有効なのか毒溜りの動きが鈍くなりイネちゃんたちの追撃は諦めたように動きを止めた。

「火は有効、っていうのはそのとおりでいいとは思うけれど、そのためにちょっとこれは準備が必要だ……ね!っと」

 ミミルさんを先に階段をかけ上がらせてから、イネちゃんは勇者の力で開けた穴を勇者の力で閉じていくという仕方ないにしても残念なことをしながら地上へと撤退したのだった。

「ちょ、ちょっとイネ!あれは無理でしょ!」

 さすがのミミルさんも息を切らせて抗議をしてきた。

「いやぁ想定外もいいところだったねぇ、生物兵器が元だってのは聞いていたけれど、流石にまだ動いて、全盛期と同じっぽい動きをしたのはイネちゃんも予想外だった。でも無理じゃないかな、火は有効なのは確かみたいだったし」

「でも、火矢でもイネの攻撃も効かなかったじゃない」

 ミミルさんの言葉にイネちゃんは首を横に振る。

「いや、逃げるときに直接当てたこれの炎は嫌がってたから、確かに火は有効だと思うよ。問題は直接燃えているものをぶつけないといけないというだけでね」

「その手段はあるの?」

「弱点と攻撃の有効打を与える手段はわかったからね、最悪イネちゃんが溶岩を持ってきてあいつにかぶせてやればいいだけだから」

「それは……水源にやっても大丈夫なの?」

「だから最悪の手段。できればさっきみたいに個人火力で押し切りたいかな」

 ミミルさんは今のイネちゃんの言葉でお口をパクパクさせてる。

「でもまぁ、その最悪の手段を無難な手段に変える方法はなくはない……けど」

「けどなによ、もうちょっとやそっとじゃ驚かないつもりだから話してみて」

 ミミルさんのお言葉に甘えて、イネちゃんは思いついている手段の1つとしてそれを口にした。

「単純、あいつを地表におびき出して、溶岩の海に沈めればいい」

 ミミルさんは再び、お口をパクパクさせたのは言うまでもなかった。

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