第255話 イネちゃんと交渉

「と、いうわけで水源地下の空間には生物とはとても呼べないような存在が我が物顔で川を汚染していたんだよ」

 地上に戻ってもヨシュアさんが戻っている様子はなかったので、仕方なくイネちゃんも皆のところに戻って見たものをそのまま説明した。

 スーさんに関してはその光景も把握できると思ったので、記憶の限り鮮明に思い出しながら説明したら、そのスーさんはすごく嫌そうな表情をしていた、ちゃんと聞いていてくれたけど。

「そんな化物が……」

 カカラちゃんは思い当たることが無いようだったけれど。

「……生物兵器は、帝国軍も魔王軍もどちらも用いていたものですので一概にどちらのものとは言えませんが、少なくとも私の知る範囲では人類がそのような毒素の塊な生物兵器を用いたという話は聞いていませんね」

 アルザさんは自身の知識の範囲で思い当たったことは教えてくれたけれど、有益なものはなかった、残念。

「それでさ、奇跡ってやつで浄化とかはできないのかな、浄水施設で水を飲料水に変えられるのならできそうなものなんだけど」

 正直イネちゃんはそれを期待して戻ってきたところもある。

 イネちゃんがちゃっちゃと浄化しちゃってもいいけれど、やっぱり面倒事には巻き込まれたくないという心情のほうが強いからね、修道会の人でなんとかできるのならお願いしたい。

「それは……難しいかと思います。私たちの現状準備できる奇跡はそれほど強いものはありません。ましてこの地域一帯の河川と土壌を汚染してしまうような生物兵器の毒ともなれば、呼吸でその毒気を吸うだけでも十二分に命を落とす危険すらあるのです。毒というものは一時期魔王軍の主力兵器として運用されたほどに私たちは毒に対しての抵抗力が低いのです」

 ……それはそれでその毒に対する手段が発達しそうなものなのだけれど、その手段は今準備できないということかな、不可能や無理ではなく難しいという言葉選びしてるし。

「それよりもあなたは大丈夫なのですか、そのような毒を吸い込んだのでしょう?」

 あー……そういう心配のほうになっちゃったか。

「大陸の人間は基本的にそういった毒とかには耐性を持ってるので、大丈夫ですよ」

 イネちゃん、嘘は言ってない。

「ヌーリエ様の加護を受けているのでしたら、例外なく自由を阻害されるような事象は無効化されますので、毒に限らず直接命を奪うといったものも影響の外となります。その毒は私は見てはいませんが、むしろ強ければ強いほど私たちにとっては無害と言っていいのですよ」

 スーさんが補足してくれた。

 補足してくれたけれどヌーリエ様基準で言ってもなかなか伝わらない気がするのはイネちゃんの気のせいかな。

 でもまぁ強ければ強いほどっていうのは、イネちゃんは実際にやられたことあるからすごくわかりやすかったんだけどね、即死系は完全に効かないっていうのを体験してるし。

「そうなると、その毒の発生源の対処はあなたたちにお任せせざるを得ないでしょうね……私たちは浄水した水ですら完全に浄化できなかった毒の蓄積で体調を崩すものが出てしまうので」

「だからこの辺に人が住んでいなかったんだね……」

「目に映る風景はヴェルニア近辺と似ているけれど、神様や人の違いで住むことはできないといったところかな」

 リリアの言葉にヨシュアさんが補足する感じに重ねる。

 あぁそっか、確かに言われてみればヴェルニア近辺の沼地に近いんだ。

「でもイネちゃんたちがあれを駆除するのは別にいいけれど、あなたたちはただ見ているだけ?」

 ともあれイネちゃんたちが駆除するのがほぼ確定したところで憎まれ役のお仕事をしようかと思い話を切り出す。

「勇者様、そのようなことなら私がやりますが……」

 スーさんが憎まれ役を変わることを申し出てきたけれど、スーさんはリリアの補佐役だから下手に憎まれ役になられたら困る点が少なくない割合であるからね、ココロさんとヒヒノさんが大暴れして勇者という肩書きがムータリアスで特殊なものだからこそ、同じ勇者であるイネちゃんが憎まれ役を務めることでこれ以上変なヘイト値が貯まるのを避けることができるから……まぁ大陸の勇者が変人の集まりだとか思われる可能性は否定できないけど、その程度なら、マシだよね?

 ということを頭の中で考えることで口に出さずにスーさんに伝える。

 スーさんは悩む素振りを見せつつも、イネちゃんが意図的にやってるということを分かってもらうことはできたようなので、今この場はイネちゃんの思惑通りにお話を進める。

「長年大地を蝕んでいた毒が除去された、となればそれなりの見返りがあっていいと思うのだけれど」

「承知しております。私たち修道会を始めこの地は戦争が起きる以前は肥沃な土地であったと言われております。そのような地が昔の、恵みをもたらす地になったのならば食料事情は大きく改善されますからね。そうですね……修道会が後ろ盾になる、というのはいかがでしょうか」

 ムータリアスで活動しやすくなる。ということかな、修道会も帝国の上の人たちと何かしらパイプがあるし確かに悪くはないとは思うけれど……。

「それで、修道会の手足になって動いて欲しい、と?」

 一応牽制をかけておいて損はない。

「イネ!そんな言い方……」

 案の定リリアに怒られそうになったところで、それを制止したのはアルザさん。

「いえ、当然の心配です。異世界の方は楽園のような生活をしており疑うということを知らないという報告を受けていたのですが、あなたは違うようですね」

「大陸にも相手が巨大な組織だった場合は疑うということをする人はいますよ。そうでないと守れないから、少なくとも錬金術師はそこにつけ込んでイネちゃんの友達の家族を殺してますので」

 今ここにはいないけれどキャリーさんとミルノちゃんは、信じた結果両親を奪われて1度は離れ離れになっちゃったわけだからね、直近の出来事ですらそういうことがあったのだから、ずっと大陸を守り続けていたムーンラビットさんや夢魔の人たちには頭が上がらないよね。

 リリアも、ヴェルニアのことを思い出したのか少し苦虫を噛んじゃったような顔をしながら言葉を引っ込めてくれた。ごめんね。

「なるほど……彼らは元々帝国の暗部でしたから、手段は選ばなかったのでしょう。そしてそれは私たち帝国民が負うべき罪でもあります。わかりました、修道会は後ろ盾にはなりますが、あなた方を束縛するようなことは致しません。ただ、何かお願いをすることはあるかもしれないということは、許してくださいませ」

「そのお願いの内容次第ですね、ですが束縛をしないという確約が頂けるのでしたら、いいでしょう。イネちゃんたちがあの毒溜りの除去をした上で、このあたりの開拓をさせてもらえれば、当初の目的は果たせますので」

 これ以上は求めない。

 毒溜りを除去するのはイネちゃんたちにとっても必要なことだから、今は束縛されずに今までどおり自由に動ける確約だけで十分。

「はい、少なくとも修道会はあなた方が敵対しない限り自由に動くことは容認いたしますわ」

 なるほど、ほかの勢力は知らないということか。

 まぁ、修道会自体はそれほど小さいわけではないみたいだし、その活動も結構幅広いみたいだから問題にはならないか。

「わかりました、取り急ぎこちらから頼みたいことは情報ですかね、浄水装置には人が常駐しなければならないのでしょうか、必要であるのなら設備の建設場所を考えなければいけないので」

「いえ、日に数回、奇跡の力をかければ大丈夫です。浄化の奇跡は結界のようなものですので設備はその結界の効果を延長させる設計をしておりますから」

 触媒みたいなものなのかな?

 構造自体がそうなのか、素材がそうなのかでちょっとイネちゃんの作業内容が変わるなぁ……構造なら少し細かく集中するだけでいいけれど、素材の場合もしかしたらイネちゃんの勇者の力で対応できないかもしれない。

 鉱物資源なら大丈夫だけれども、動物の骨とかそういうものを使うのだとしたらイネちゃんの能力では難しいというか無理になる。

「できれば素材なども教えてもらいたいのですが」

「一般的には鋼材ですが……触媒として、そして錆びることを防ぐために一部に宝石を使います」

「宝石?」

「はい、この世界にはマナを含んだ結晶、アニマクラウンという宝石を使うのです」

 むぅ、ムータリアス特有の宝石で、しかもマナとかこれまたムータリアス特有のやつか。

 それでヌーリエ様、そのアニマクラウンとかいう宝石って再現できたりしますかね。

『形と器だけなら……おそらくマナを長年にかけて取り込んだものをアニマクラウンと呼んでいると思いますので少し難しいかもです。私たちの魔力を流し込んでも同じものにはならないでしょうしね』

 はい、ちょっと難しいというお言葉をいただいたところで今後イネちゃんたちが取るべき行動がわかってきましたね。

「ヨシュアさんちょっといいかな」

 というわけでここはムータリアスを冒険したことのあるヨシュアさんにお願いすべきだよね、真っ先にお願いすべき相手がヨシュアさんくらいしかいないとも言うけど。

「多分だけど、イネちゃんはそのアニマクラウンは作れないと思うから……」

「あぁうん、わかった。ちょっと値が張るけれど一般的な触媒として普及しているものだから僕が手に入れてくるよ」

「ごめんね、ありがと」

 一般普及品だったのか、安心した。

 正直大陸だと大したこと無いけれどドラゴン倒さないといけないよとか言われるんじゃないかと思ってたよ、実際イネちゃんの勇者の力を考えると大したこと無いだろうけどさ。

「それじゃあまずは……除染作業だね!」

 こうしてイネちゃんたちは毒の元凶を排除するために動き出したのだった……だけどちょっとイネちゃんの作業負荷、高すぎないかなぁ。

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