第247話 イネちゃんと帰省

「おや、君は……」

「お久しぶりです。日本で何か事件とかありました?」

「少し国際問題で慌ただしかったけどその程度だね。ま、俺のような現場の下っ端で、しかも大陸担当の人間にゃそれこそ影響がなさすぎて暇なもんだったよ」

 というわけでイネちゃんたちは会議の後、開拓町の近くにある、イネちゃんの旅が始まったあの検問所に来ているのだった。

「しかしまぁ結構な大所帯だねぇ」

「ははは……まぁ数日イネちゃんが帰省するのに合わせて観光のテストケースのデータになるから許可はもらってる……って聞いてますよね」

「聞いてはいたけど、ここまで多いとはね。将来ツアー旅行でも計画してるのかね。ま、お偉いさんが許可を出してるし、いくつかの検査を受けてくれるだけで通ってもらっていいよ……人数的に検査の時間はかかりそうだけどね」

 まぁ職員の人がこういうのも大変良くわかるんだよなぁ。

 イネちゃんとリリア、ロロさんとヨシュアさんに予想通りミミルさんとウルシィさんが居て、トーリスさんとウェルミスさんまでいるもの。

 ちなみにティラーさんとキュミラさんに関しては、流石にまだハルピー種は刺激が強いだろうってことで見送られたので、シックに滞在しているんだよね、ティラーさんはいつものキュミラさんのお守役。

「検査ですか……一体どのようなことをするのでしょうか」

「うへー、あれ苦手……」

「というか俺たちどこも悪くないぞ?」

 とまぁ1度経験しているウルシィさんと、そもそももっと別の世界からの転生者と思われるヨシュアさん以外はどうして検査をする必要があるのかという疑問に行き着いてるね。

「大陸の方々は大丈夫でも、俺たちの世界では致命的な病気を引き起こす可能性があるので、その可能性をなくすための検査なんですよ」

「大陸だとウランとかは日常的に使われる金属だけれど、あっちの世界だと毒だからね。世界が違えばってやつなんだよ」

 まぁ実際は地球だけでも国や地域が違えば該当するんだけど、大陸から出たことの無い皆からしてみればわからないのも仕方ないからね、ここはちゃんとわかるように説明しないとね。

「ウランって……ロロ、鎧と盾……ダメ?」

「むしろロロさんの装備、ウランだったんだね」

「……一応ガイガーカウンターの反応が無いので今回はいいですが、できれば今度からは開拓町でギルドなり教会なりに預けてからにしてくださいね」

 職員の人の顔が凄いことになってる……いや被爆の危険性っていうか即死の可能性があったと考えるとそうなる気持ちは大変よくわかるよ。

 まぁ危険性があるのならヌーリエ様がイネちゃんを通じて指摘してただろうし、今回はそれもなかったから大丈夫だったってことで……あまりよかったとも言いにくいけどさ。

「検査の結果が出るまでのあいだ、そちらでおくつろぎください。そちらの端末はご自由に使って頂いても構いませんので……また、お調べになりますよね?」

 職員の人がリリアを見ながら聴いてる。

「え、いいんですか!?」

 そして喜ぶリリア。

 まぁリリアが調べるのはお料理のレシピサイトくらいだからね、うん。

「えっとお孫様……私も少々調べたいことが……」

 そういえばこの人もいたんだった、イネちゃんとしてはすっかり忘れてた感じだけれども……この人の基本活動形態が精神体だから仕方ないよね。

「ん、何を調べたいの?」

「最近少々ご無沙汰ですので、えっと……生気を頂けるお店とかがあれば嬉しいと思いまして」

 ぶーって漫画みたいな感じに職員さんとヨシュアさんがお茶吹いた。

 いやまぁ……夢魔の人が生気をって言うことは性風俗とかそっちだもんなぁ。

 大陸的には夢魔の人が利用するお店って感じで、飲食店分類で存在してたりするけれど、他の世界で言えば完全に性風俗分類で場合によっては完全禁止だったりするもんね。

 それよりもヨシュアさんはここで吹いたら元は大陸の人間じゃないって言っちゃうようなものなのに大丈夫なのかな。

「そんな贅沢、してもいいんですか?」

「そりゃ嗜好品なのは確かですけれども、私もしばらくお預けになると思うと出発前に頂きたいと思うのです」

 ほらー初心なリリアだって日常会話扱いで進めてるんだからさぁ。

 というか職員さんだって大陸の文化に関しては多少なりに知識持ってそうなのに、不意打ち的な感じになったのかな。

「えっと……確か生気ドリンクとかでしたか。すみません日本にはそういうものはないのですよ」

「えぇ!無いんですか!」

 あ、夢魔のお姉さんがしょんぼりしちゃった。

 ……そういえばこのお姉さんってなんて名前だっけ、というか聞いたっけ。

「元々が嗜好品ですからね……そっか、そんな貴重なんだ……」

 あぁっと、夢魔のお姉さんも勘違いしてるぞ!

『いやイネが説明すれば全部解決するよね?』

「実はちょっと楽しくなってた」

 どっちの文化も理解把握しているのはイネちゃんだけだからね、たまにはこういうすれ違いを眺める機会があってもいいじゃない。

「えっとね、なんだかすれ違ってるっぽいけれど、大陸以外だと夢魔さんたちの言う生気って飲食店で提供してないし、性風俗に分類されるからね。職員さんも、大陸で夢魔さんたちが生気が欲しいって行った場合はちょっとお高い飲食店で食事したい程度の発言なんだよ、イネちゃんも実物は見たことないけどさ」

 そういうお店って基本的にお酒とかも提供してるお店だからね、イネちゃんが行く機会なんてこれっぽっちもなかったのだ。

「あー……そういうことだったんですねぇ」

「なるほど、よくよく考えてみれば確かに。夢魔の方が日常に溶け込んでいますし社会を形成しているのだから当然と言えば当然でしたか……あー焦った」

「え、何が焦ったんですか?」

 性風俗だからね、男の人ならまぁ、うん。

 お父さんたちはそういうの、ルースお父さんを除いてしないっていうのはジェシカお母さんから聞かされてるからイネちゃんは理解があるほうだよ、うん。

「日本には夢魔の人は基本的にいないから……となると綺麗なお姉さんがそういうこと言うと必要ないトラブルに巻き込まれるかもしれないからね、今は頭の中覗いてないみたいだからだとは思うけどさ」

「あー文化の違いってことですね。確かに思考読みも使ってないので気が回りませんでした……あれ、でもそれならお孫様は何をお調べになるのですか?」

「お料理のレシピだよ。あっちの世界って大陸と比べたらすごく多い文化を持ってるからレシピ1つとっても全然違って面白いんだよ」

「へぇ図書館のようなものなんですかねぇ、もっと色々調べられそうですし、私も一緒に見てもいいでしょうか」

「というか皆で見ようよ、楽しいよ?」

 リリアがそう言うと皆がゾロゾロとPCの方へと向かっていった。

 でもなんというか、1人だけそこに混ざらなかった人がイネちゃんに近づいてくる。

「イネ、ちょっといいかな」

「なに、ヨシュアさん」

「僕は、ついて行っていいんだろうか。今ここに来て少し不安になってさ……」

 いや何を不安にと思ってしまったが、そういえばヨシュアさんは別の地球出身だったんだった。

 ただそれでも不安になる理由は殆どないよね、うん。

「別に不安なんていらないんじゃないかな、別の地球なんだしそれはそれで観光感覚でいいと思うよ」

 まぁ割り切れないかもしれないけどさ、ヨシュアさんは元の世界に戻れるのなら戻りたいっていう考えっぽいし、未だに手段が見つからないとなれば焦る気持ちもわからないでもない。

 イネちゃんだって大陸と日本どっちかに戻れないってなったら焦る自信はあるからね、胸を張る内容でもないけど。

「そっか……別の世界なんだよね、確かにイネの言うとおりなのかもしれない……かな」

 うーん割り切れない感じの返事だ。

 でもまぁ、実際に行ってみれば完全に違うっていうのわかるし大丈夫かなーとも思ってるからね、ヨシュアさんも久しぶりの科学文明に触れられるわけだし、息抜きになればいいよね、元々息抜きのためのイネちゃんの帰省なわけだし皆も観光気分で息抜きできるのが1番だもんね、うん。

「えっと皆さん、検査結果が出ましたよー」

 あ、もう出たんだ。

 機材が改良されたりしたのかなーと思いつつ、職員さんに気づいたのはイネちゃんとヨシュアさんの2人だけだった。

「おぉ、確かにこれ凄いですねぇ。そしてそれを完全に操作しておられるお孫様も凄いです!」

「えー操作自体簡単だしそんな大したことじゃないよー」

「あのー……検査の結果が……」

「うわーこれうまそううわー」

「でもお肉多めみたい……私お肉苦手なんだけどなぁ」

 あぁこれダメそうだね、完全に皆レシピサイトを見るのに集中してて職員さんにまるで気づいていない。

「僕でよければ結果聞きますけど……」

「あ、はい……ありがとうございます。とりあえず感染症や病原菌を保有している人はいませんでしたし、後いくつか予防接種などを行ってもらいたいのですが。日本では最近インフルエンザが流行っておりますので念のためご協力をお願い致します」

 そう言って職員……というか常駐しているお医者さんが赤十字のついたクーラーボックスを持って来た。

 大陸の人間ならかかる心配のほうが少ない気がするけれど、まぁしておくに越したことはないかなとも、イネちゃんは思うんだよね、イネちゃんの血液で色々と抗体ワクチンできたらしいってコーイチお父さんから聞いたことあるし、ステフお姉ちゃんからはその謝礼金で結構貰ってたとも聞いたからね。

「まぁ、うん。皆が気づいていないってことは今のうちにやっちゃってください。気づくと騒ぎそうだし」

「え、ちょっとイネ。いきなり何を……」

「そうですね、そうします」

「職員さんも!?」

 だってこの職員さん、イネちゃんは見覚えあるよ。

 ウルシィさんがここを通るときに担当した人だからイネちゃんの提案にきっと乗ってきてくれるって信じてたよ、戻るときの検査とか……すっごい暴れたもんなぁ。

 この後、予防接種の注射で結構慌ただしいことになったのは言うまでもなかった。

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