第210話 イネちゃんとお休みの日
イネちゃんとリリアが村に戻ると、既に到着していた教会の人たちは各々のお仕事を始めていた。
どうやら自主訓練と共に材木の加工をしていたティラーさんが対応してくれたのか、戻ってきたイネちゃんたちを発見するなり「やっておいたぞ」とか言って木にカンナがけに戻っていった。
「えっと……暇になってしまった」
「これは皆が私たちに休めと言っているのかな……どうしようか」
「まぁ、手伝ったりしたら何か言われそうだし寝台車両にでも行こっか……」
戻ってくる間にリリアも鼻歌しながらお料理の仕込みしてたらロロさんと夢魔のお姉さんがいいから休んでと言って厨房を追い出されてしまったみたいだし、こうなると本格的にイネちゃんとリリアは休むしかないのである。
しかしイネちゃんは銃の整備で時間を潰すことができるけれど、リリアはどうするんだろう。お料理自体がリリアにとって息抜きみたいなところがあったから本格的に困った状態なんじゃなかろうか。
そう思いつつ寝台車両の扉を開けて中に入るとリリアは。
「んーせっかくだし久しぶりに編み物でもしようかな、他にやれそうなことってないし……イネはどうするの?」
あ、そういえば服飾も趣味だったね、ヌーディストな趣味があるのに服飾にもこだわるっていう……どういう経緯でそうなったんだろう。
「イネちゃんは銃の手入れをするつもりだけれど……そういえばリリアの服飾趣味ってどういう感じで始めたの?」
「え、んー家の中で裸で居たら母さんに怒られて、渋々服を着たんだけどさ、どうせ着るのなら可愛いのがほしいかなって思って始めたんだよ、既製品だと結構デザインが限られちゃうし」
この機会に聞いてみたら案外普通?の理由だった。いや家の中で裸で居るっていう時点でちょっと違うんだけれどヌーディストならそれも普通なのかな。
「そういうイネって何か趣味、あるのかな」
今度はリリアが質問してきた。
ともあれお互い道具の準備をしながらの何気ない会話って感じだけれど……そういえばイネちゃんの趣味って公言できるものって何かあったっけか。
ステフお姉ちゃんとならゲームをやったりするけれど、イネちゃんは1人でやることはあまりないし趣味とは言えないと思うし……読書に関しても漫画とかが中心……いや銃のカタログ見るのも楽しんでたけど、やっぱり違う感じがする。
聞かれて改めて考えてみたけれど、こうして見たらイネちゃんって無趣味に近いのか。
「……色々やってはみたけれどこう、聞かれてこれが趣味!って言えるものはないかな。飽きっぽいわけでもないのだけれど、腰を据えて何かにのめり込むっていうのはお父さんたちとの訓練とステフお姉ちゃんとのゲームくらいだったし」
「じゃあ誰かと一緒に居るほうが重要ってことかな、イネは。まぁわたしだって服飾は自分のために始めたけれど、1番の趣味は料理だし似たようなものかもしれないか」
「お料理って、誰かに食べてもらって始めてって感じ、あるもんね」
「そうだね、私が料理を始めたきっかけって父さんに美味しいものを食べさせてあげたいって思ったことだし」
本当リリアってお父さん大好きだよね、イネちゃんもほかの人からしてみればお父さん大好きだよねって言われそうだけど、リリアのそれはイネちゃんのお父さん好きからは一線を画してるような気がする。
「私が裸でいいやーって思ったのも、父さんの農作業してる姿がかっこいいと思って真似したのがきっかけで……」
「いやいやいや、それはササヤさんが止めたりしなかったの?」
「まだちっちゃい時だったから。流石にここが膨らみ始めた辺りから脱ごうとしたら母さんに叩かれ始めたけど」
そういうリリアはそのおっきなお胸に手を添える感じで言う。
んー……相変わらずおっきいなぁ、サイズ、いくらなんだろう。
「イネちゃんは平面なのにリリアは山脈だよねー……いやイネちゃんとしてはこっちのが動きやすいしいいんだけどさ……」
そうは言うもののこう、なんというかあまりにも立派なものを見るとやっぱり思わざるをえない、格差ってあるんだなぁ。
「いやいやいや、これでも一応まだ母さんより小さいし……」
「ササヤさんはもっと大きいのか……」
これは夢魔の血筋が影響していると考えたほうがいろんな人への精神ダメージが軽減できそう。
ムーンラビットさんは今はイネちゃんと変わんない感じだけれど、元々は凄かったらしいし、ムーンラビットさんの部下の人たちも基本的におっきいからきっとそうなんだね、うん。
そう思いつつもイネちゃんの手元は少し震える、イネちゃんとしては本当に大きくならなくてもいいやと思いつつも、リリアのお胸の秘密を知って世の中の不条理や絶対勝てない相手というものを認識しちゃったからだろうね、これは。
「イネどうしたの、震えてるよ?」
そう言ってリリアがイネちゃんに近づいて……って近い近い、今お話の中心にあったリリアのお胸がイネちゃんの顔に微妙に当たってるから近すぎるって……いやこれは大きすぎるのか?
「……このお胸が大きすぎるのがいけないんだ!」
たぷたぷ。
「うわ!急にどうしたの!くすぐったいって!」
ふむ、これはくすぐったいのか。
ってイネちゃんは何を考えているのだ。
「あぁごめん、つい勢いで思っていることがそのまま出ちゃった」
「むー……私だって好きで大きくなったんじゃないんだからね」
「ごめんって、それにそこまで大きいと肩とか大変そうだし、リリアはリリアで苦労があるんだよね」
「あ、いや不思議とそれはないんだよね、婆ちゃんが言うには夢魔がそんなもんで肉体に支障が出るわけがないとかいうことなんだけど」
……夢魔の力、恐るべし。
「そ、そんなことよりイネだよ。勇者の力に覚醒してからずっと無茶してる感じがして……大丈夫なの?」
「んーイネちゃんからすると無茶ではないんだけど……今のイネちゃんにしてみれば皆を守れないことのほうがきついし……」
「だからって突っ込むことないでしょ」
「イネちゃんのもらった能力だと1番手っ取り早い護り方がアレだから、イネちゃんは基本的に攻撃が喰らわないし、イネちゃんに攻撃が集中するってことはそれだけ他の人への攻撃はなくなるわけで……」
「もう……母さんも姉ちゃんたちもだけど、なんで皆自分を大事にしないのさ……。守られる側だって皆が大切なんだからもっと自分を大事にして欲しいんだよ」
「……ササヤさんやココロさんとヒヒノさんのほうはわからないけれど、少なくともイネちゃんとしては戦える力があるから。かな。イネちゃんはもう奪われたくないから自分の力の届く範囲は守りたいんだよ」
イネちゃんの場合、お父さんたちに甘えれば日本の方で学校に通ったり、コーイチお父さんのお店をお手伝いしてゆくゆくはパン屋さんの看板娘になれたと思うけれど、イネちゃんは戦う力のほうを選んだわけだしね、まぁ、最初はゴブリンに対しての復讐心のほうが強かった記憶があるけどさ。
お父さんたちの訓練を受けながら、ステフお姉ちゃんと遊んだりしているうちに復讐心のほうは小さくなっていったけれど、その代わりに大切な人を守りたいって気持ちがすごく強くなったから、イネちゃんのこの力は案外合っているんだよね。
「むー……私だってイネのこと大切なんだからさ、そういう気持ちのほうも守ってもらえると、私は嬉しいな」
ちょっと拗ねる感じのふくれっ面可愛い。
しかしまぁ、リリアのこの言い方はちょっと反則だなぁ……イネちゃんよりも身長がかなり高いのに上目遣いのふくれっ面……同性のイネちゃんに対しても破壊力抜群すぎる。
ただリリアの言うことも確かかもしれない、イネちゃんは最初1人で旅を始めたけれども今は一緒に居る人がたくさんいるわけで、イネちゃんが万が一倒れちゃった場合は皆が蹂躙されるのとイコールなわけだからね。
「……わかったよ、今後は気をつける」
「うん!ありがと!」
リリアはそう言って満面の笑みでイネちゃんに抱きついてくる。
しかしまぁこうは言ったものの、その時になったらイネちゃん、またやってしまいそうな気がするのはもう身に染み付いちゃってるやり方だからなんだろうなぁ。
ともあれ会話がそこで途切れたのでイネちゃんとリリアは作業に戻ったのだけれど……リリアが鼻歌交じりのご機嫌になってる辺り、やってしまいそうではだめなんだろうなぁと思わせられる、コーイチお父さんがちょくちょく口にしてたけど守りたい、この笑顔っていうのは今のリリアの笑顔のことを言うんだろうね。
「えっと、2人とももうええよな?」
寝台車両のドアについている小窓からムーンラビットさんが顔をだして覗き込んで聞いてきた。
「いいって、何が?」
「いやぁお楽しみだったんじゃないかなーってな?」
「ば、婆ちゃん!?」
「ん、丁度会話が途切れたところだけど……何かあったんです?」
「んふふーリリアは何を想像したんかねぇ、イネ嬢ちゃん、ちょいと聞きたいんやけど区画整理ってことは碁盤目とかにしなきゃいかんのかね」
あぁ区画整理のことか、大陸だと基本的に畑と居住区を中心に組んじゃうからそのへんのノウハウが少ないんだろうね。まぁ、ムーンラビットさんはそんなことなさそうなんだけど、碁盤とか知ってるし。
「別にやらなくてもいいんじゃないかな、大陸の場合農作業中心だし、いっそ畑を中心にして円状に広げて行くとかでも良さそうだけど。1番外のほうに防衛設備と冒険者宿、ギルドとか配置しておけば防衛力も高くなるだろうし」
「そっか、とりあえず碁盤目じゃないって言葉を聞きたかっただけなんやけど、説得のために向こうの情報知ってるイネ嬢ちゃんの声が欲しかったんよ」
あぁ誰かが押し通そうとしたりしたのかな、というかムーンラビットさんフットワーク軽いなぁ……空飛んでるからなんだろうけれどかなり早いよねぇ。
「んじゃ私はまた行くんで、おふたりさん、今夜はお楽しみですね」
「婆ちゃん!」
「んじゃなー」
笑いながらムーンラビットさんは飛んでいってしまった。
今夜はお楽しみって何がなんだろう……。
イネちゃんは真っ赤になっているリリアの顔を見つめながらそんなことを考えるのであった。
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