第196話 イネちゃんと殲滅戦

 えっとね、私イネちゃん。今敵陣のど真ん中で集中攻撃を受けているの。

 いやまぁなんというか……ここまでノーダメージだとこう、ごめんね?って感じになってくるね。

 いやまぁこの人ら、無抵抗の村人虐殺してるから実際には謝ることなんてしないけれど、こうもワンサイドな展開になるとそうも想いたくなるというのが人情だよね。

「ONOMEKAB、AB!」

 あ、これはなんとなくわかる。

 まぁ普通に包囲して全力で攻撃しているにも関わらず傷一つつかない相手とか逃げたくなるよね、イネちゃんなら逃げる。

 最もこの人たちは軍人みたいだから撤退命令が入るまで逃げるって判断はしにくいだろうし、そもそも逃げられる場所があるのかわからない以上この村を拠点にしようとでも思ってたのか逃げる様子が一向に見られない。

 ともあれこのまま絶望を与え続けても埓があかないのは確定だし、それこそ相手さんからは魔王だのなんだの呼ばれてもおかしくない状態ではあるわけで、イネちゃんはゆっくりと1人づつ、遠くの人から足をファイブセブンさんで狙撃しているわけなのですよ、ゆっくりしてても大丈夫だし、武器を奪おうとする人は迎撃するだけのお話だしね。

「ANUREMUSAYET!」

 誰かがまた何かを叫んだ直後、イネちゃんに対しての攻撃が激しくなった。

 うーん、となると今叫んだ人が指揮官かな、残念なことにどこにいるのか確認できなかったけれど、こうして1人1人ぷちぷち潰していけばそのうち当たるかな。

 ちなみにリリアたちが待機している陣地からゆっくりと地面に穴をあけて目の前の岩盤で囲んだ建物に向けて道を伸ばしていたりするから、イネちゃんとしてはここで敵の全軍の攻撃を受けるお仕事が一番ではあるのだけれど……リリアとティラーさん、察してくれるかなぁ。察してくれたらいいなぁ……。

 淡々とファイブセブンさんで無力化していると、時々短いうめき声と共に倒れる人がいるのが見えるのは、命令無視して逃げ出そうとしている人を狙ってキュミラさんが石でも落としてくれてるのかな、不自然に石が転がってたりするから多分そうなんだろう……と勝手に思っておく。

 というのもイネちゃんの勇者の力で感知しようとしても、大地由来の感知能力だから空を飛んでいるキュミラさんがどこにいるのかわからないし、うっかり上を見たとしたらそれこそ敵がキュミラさんの存在を認識しちゃうからね、イネちゃんができることは今やっていること以外に……。

『いや、一応あそこ、侵入できるんじゃないかな。認識広げれば衣服も武器も元々大地の一部って定義すれば多分行ける……と思う』

「不確定要素が大きいからなぁ……それにそれだと植物由来だとかケミカルな物質が無理な気がするし、焼夷グレネードとか落ちちゃいそうだからあまりやりたくないかな、下手したら相手が自爆するか、武器として利用されちゃう」

 自爆されるのはまぁ、イネちゃんと個人としては自業自得だと思うけれど、できるだけ生存者を多くして全員捕虜っていうのがこの場では最適解だからね。

 最も大陸だからであって、地球だったら全員ヘッショやむなしってなるだろうしね、この人らはちょいと暴れすぎちゃってるし。

「EROMAM、OWIHSATAW、AW……」

 そんな声が聞こえると同時に攻撃の手がゆるくなった。

 どうやら指揮官を負傷できたみたいだね、となれば後は楽かなぁ……あの指揮官の部下の信用度にもよるけれど。

 信用度が低い指揮官の場合、見捨てられたり、戦場だというのをいいことに味方に暗殺されることがある!ってコーイチお父さんから聞いたことがある。

 まぁその時は現代だとねぇよってみんなに突っ込まれてたけれど、現代だとってことは昔の地球では普通に起こる事案だってことだもんね、だから謀反とかの言葉が存在してるわけだし。

『イネ、これってチャンスなんじゃ?』

「いや、場合によっては相手が暴徒化するし、まだ様子見……まぁ展開次第では殲滅戦にしないといけなくなるんだけど。一応既に数人確保しているし、相手さんの指揮官は今相手から教えてもらえたようなものだからね、あの人さえ生きていればなんとかなる……んだけど、できれば穏便に行きたいなぁ、殲滅よりも制圧のほうが難しいけれど心が痛くないからね」

 イネちゃんたちは軍隊でもないし、する必要もないからだけれど……向かってこられたらやらざるを得なくなっちゃうんだよね、今なら……いや今でも相応に重い罰が与えられるだろうけれど、それをやるのはイネちゃんじゃないもんね。

「ESOROKOWUTIOS!」

 その叫びと共に敵の大半には動揺って感じの顔が見られるようになった。

 うんまぁ、なんとなくこれもニュアンスとその表情でわかる。

 多分、イネちゃんを倒せだの殺せだの命令したんだろうね、それで下の人たちは今まで散々攻撃しても傷一つつけれなかった相手を死に物狂いでやらないといけないわけで……それをするくらいならその指揮官を見捨てて逃げるか寝返ったほうが間違いなく楽だし助かる可能性はある。

「OZNARIHSAGUKOZAK!」

 今度の叫びで兵士と思われる人たちは困惑の表情を見せてから、再びイネちゃんを攻撃してくるようになった。

 あーこれは……。

『大切な人が人質に取られてる、とかかな?異世界の僻地で起きたことなんて元の世界のお偉いさんが知れるわけがないのにふざけてる』

「……異世界の人たちは世界を移動する魔法を持っているんだから、何かしらの情報収集手段を持っていても不思議じゃないとは思うけれど……まぁふざけてるとは思うよ」

 しかしながらこれで最低でもあの指揮官の人の頭は撃ち抜かなきゃいけなくなったわけだ、この人の壁って言っていいくらいに集まっているところを中央突破するとなると相手のほうも何人か撃たなきゃいけなくなるわけで……。

『イネ、覚悟決めたほうがいいよ』

 イーアが覚悟を求めてくる。

 元々人を撃つということに対してはお父さんたちから訓練を受けていたときに、普通の人よりは忌諱感は少ないし、必要があるのならそうするべきともイネちゃんは考えてる。

 ただ今この状態で指揮官以外を撃つのは必要なのかとか、そういう判断はちょっと難しいし、できれば無力化に留めたいという気持ちがとても強い以上したくないと思うイネちゃんがいるわけで……。

 うーん、こういう時にヌーリエ様が話をしてくれたらいいんだけれど……。

 まぁこうやって考えている間にも攻撃は激しくなってきているし、とりあえず最終目的は決まっているのだからどのみちやらざるをえないのか。

 というわけでイネちゃんはゆっくりと指揮官と思われる人のところまで歩いて向かい始めたのだけれど……。

「ERUKETTAMOT……」

 割とこんな懇願する感じに攻撃してくるもんだからイネちゃんの精神にダメージが……うぅ、こういうのが一番やりにくい。

 でもやらなきゃいけないし、やらないと村人が虐殺される……というか既にされているわけで、大陸を守るためにヌーリエ様から力を与えられたっていう勇者に選ばれたイネちゃんとしては対処しなきゃいけないわけでなぁ。

 創作物の勇者とか、異世界転生した元一般人はよくもまぁあそこまで忌諱感無く誰かを攻撃できるもんだと逆に関心しちゃうよ。

 そんなことを考えいるとあっさりと指揮官と思われる人の前まで移動できた。

 まぁ攻撃が完全に無効化できてて、掴みかかってきても足を地面と同化させれば揺らぐことすらないし、この人らにイネちゃんを止める手段がない以上これは必然の結果ではあるか。

「武装を解除して、投降するなら命までは取らないよ。DeadorAlive?」

 まぁこれも形式的、言語が通じない相手にいくら英語でも伝えたとしても無意味だろうからね。

「AMIKAS、AKONURIEDNOSA!」

 あー喚いてる、叫んでる。

 これ多分降伏を示すものじゃないんだろうなぁ、でも言葉がわからないから銃を構えながら待機せざるをえない……。

 いやまぁこうしてればそのうち相手さんがしびれを切らして動くだろうし、イネちゃんはしばらく待機しかできないわけでなぁ。

 ヴェルニアのときは奪還で中にいる人は敵意のある人たちしか居ないって言われてたし、むしろ倒したほうがいいって展開だったからイネちゃんは何も考えずに動けたんだよねぇ、あの時はキャリーさんていう依頼人も致し、ミルノちゃんも居たから奪還作戦の際に出る損害はキャリーさんたちが容認してくれていたし、見敵必殺でよかったっていうのが大きいけれど……。

 今回はこの目の前の指揮官以外は基本的に士気が低いのが手に取るようにわかるからこそ、イネちゃんとしてはあまり積極的に出たくないというのがなぁ、責任も完全にイネちゃんが取らざるをえないだろうしなぁ……リリアはそんなことないって言うんだろうけれど、イネちゃんは我が身可愛さに親友を売るような形になるのは望まないのだ。

「ENIHS!」

 と考え事に集中していたからか、指揮官らしき人がイネちゃんの眼球めがけてナイフを突き刺してきた。

 ……最も、人が振るナイフ以上に貫通力、威力がある矢が無力化できる勇者モードのイネちゃんの眼球はそんなもの喰らう訳もなく。

 ガィン!

 という音と共にナイフのほうが砕け散った。

 あぁうん、指揮官っぽい人……でもういいか、指揮官っぽい人が完全に絶望って感じの表情をイネちゃんに向けてきてる。

 人体の急所の1つである眼球に、まともに刃物を突き刺したにも関わらず刃物のほうが負けるなんて事案、経験したことなんてないだろうからなぁ。

 ともあれこれでイネちゃんはやらざるを得なくなったわけだ。

「それが答えでいいんだよね、じゃあ……あなたは警告をしたにも関わらず、こちらを害する行為によって返答を行った、故にこれは国際法上一方的な殺戮ではないことを記録する……っと。これでいいかな?それじゃさよなら」

 ボイスレコーダーに記録を残したし、これ以上引き伸ばす理由もない。

 イネちゃんがファイブセブンさんの引き金を引くとパチパチと火が弾ける音の中でも一際大きい銃声が鳴り響き、指揮官っぽい人の額に風穴が相手その場に倒れた。

 その様子に周囲の人たちは何が起きたのか把握するのに時間がかかったけれども、1人が武器を地面に落としたことで場の雰囲気は一変して……戦いは終わった。

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