第188話 イネちゃんと決戦

 私がその場に現れた時点での状況は、ぱっと見る限りでもかなり悪いものだった。

 さっき私が別のところで頭を潰したのと同種のゴブリンが少なくとも5匹、それぞれが自身の体に人間を防具のように巻きつけていてその全員が泣いていた。

 もう叫ぶ気力も無いくらい憔悴し切っていて、これだとササヤさんも迂闊に動くことができないのも納得である。

「なんで来たの!」

 第一声は体は動かさないもののササヤさんのものだった、まぁそうだよね、この状況で姿を見せたらゴブリンが人質をーって考えられるし。

「うん、でもこれなら……なんとかできる!」

 今洞窟から出てくるときにやった大地と感覚を合わせるのを再び行い、今度は大地のほうから力を貸してもらう感じで……。

「ありのまま大地と共に!」

 頭に浮かんだフレーズを叫ぶと同時に癒しの力が発動する。

 今回は出来るだけ範囲を限定して私の視界よりちょっと広い程度に留めて省エネで行く。これが失敗した場合はもっと大変な状況になりうるのだからできる限り私が長く戦えるようにしておく必要はあるだろうから。

 効果範囲を抑えたとは言ってもそこはヌーリエ様の力の一部なだけあって、私の視界内の怪我人はみるみる回復し、人質を取っていたゴブリンは片膝をついて……はいるもののまだ武器を構えたりしていて完全に無力化ができていないように見える。

 こちらの戦力は回復してゴブリンは弱体化したものの、人質というファクターが原因でこちらが有利になったとは言い難い……と考えていたその時。

「返してもらったわ、これであなたたちは己の実力で戦うしかない……覚悟はできているのよね?」

 それだけの隙で十二分だったようでササヤさんが人質を奪還してゴブリン相手に啖呵を切っていた。やっぱこの人恐ろしい……。

「イネさんは皆の安全の確保を……色々言いたいけれど助かったのは事実だしそんな余裕はないですからゴブリンの駆除の続きを……」

「あ、それだけどササヤさん、洞窟の中に大きな広間があったけれどそこには煙が溜まっていなかった、煙攻めは中止して正攻法で攻略しないとダメだと思う」

「イネさんあなたゴブリンの中を突っ切って……他の2人は?」

「ティラーさんとロロさんなら大丈夫、町のほうに行ったみたいだから」

「みたい?」

「えっと、これも説明するにはちょっと時間が必要で、ゴブリンが回復しかねないから今はそっちのほうで」

「そうね、無事な部隊はイネさん……勇者の出てきた穴を監視、正面は私と勇者で当たります」

 会話は一旦そこで止めてゴブリンの相手を……と思ったときには既に半数がササヤさんの手によって肉塊に変貌していた、よほど腹に据え兼ねていたんだろうなぁ……映像にするとコーイチお父さんの持ってるグロ系のゲームみたいに規制かかっちゃいそうなレベルだけれど、いつものササヤさんみたいにスマートじゃないのは人質を使ったことで怒ってたんだろうね、怖い。

 とは言え私も何もしないわけにはいかないので、岩壁の質量を左手から勢いよく放出して近くに居た1匹にぶつけて潰す。

 うん、これは使える。あらかじめどこかで相応の岩とかを確保しておく必要があるからいつでもというわけにはいかないけれども、銃の弾よりも補充はしやすいし何より単純な質量攻撃という点で安定性抜群、今の私のような防御能力でもなければ大抵の相手はこれで完封できそうな気がするね、まぁササヤさんとかヒヒノさんのような攻撃力を持ってる人の場合はその岩を破壊されて終わるだろうけれど、一度出したものも吸収できるから弾の心配をしなくていい分楽ができそうだね。

「あなたでこの場は終わり、この世界にもあなたたちの居場所はないのよ」

 ササヤさん、わざわざゴブリン相手にそういうこと言う人なんだなぁ、いやゴブリンじゃなくても言いそうだけど……この人の場合慢心とかじゃなくって、ゴブリンだろうが相手に一定の敬意を払った上で出てるセリフっぽいのがまた……。

 ゴブリンの破裂する水音が聞こえたところで私はゴブリンを潰した質量を再び自分の中に吸収しておく、これから内部攻略だし、何より攻撃以外にも横道を封鎖したりそれこそ防御にも使えるだろうから、あって困るものでもないからね。

「……イネさん、あなたそんな力持っていたかしら」

 ササヤさんも岩を体内に吸収する私を見て不思議そうに聞いてきた、あぁそういえば同化能力って別れた後にヌーリエ様からチュートリアル受けたから知っている人はいなかったんだった。

「うん、さっきヌーリエ様が教えてくれたから」

「なる程、そういうことね。ココロとヒヒノの時にもそういうことがあったから驚きはしないけれど……逐次必要な能力が覚醒するというのは便利なようで複雑ね」

 複雑、というのはそこまで見ていてくれるのに直接の手助けをしてくれないヌーリエ様に向けての言葉なんだろうとは思うけれど、恐らくそれができない理由もなんとなく察しているから複雑ってところなのかな。

「ともかくイネさん、その能力でどの程度のことができるのかしら」

「えっと、今やってみせたように同化しておいた地面由来の何かを利用できたり、大地が感じて把握できる状況を自分の感覚のように把握できる……かな。鉄とかの金属も利用できます」

「……大抵の攻撃は無力化ではなく吸収して逆利用できそうね、本当あの子達とは違って防御面に特化しているわ。それではそのイネさんが出てきた穴を塞いで頂戴、塞いだら私とイネさんの2人で突入、この場は余力のある面々に待機してもらって消耗が激しいものはトナまで撤退、代わりにロロさんをこちらに来てもらうように要請、同時にシックに連絡をいれて、ココロとヒヒノは異世界へと飛ばされたがトナの動乱は収めることができそうであると」

 それだけ指示を出すとササヤさんは洞窟の入口まで歩いて行って待機した。これは完全に私待ち、早く自分で開けた穴を塞いで合流しないとだね。

「えっと少し離れていてください、私もまだコントロールのほうは正確にできそうにないので」

 私の開けた穴を監視していた人たちにお願いして少し下がってもらってから5m程度の厚さの岩壁をそこに形成……というか戻して穴を塞いでからササヤさんのところまで駆け足で向かう。

「……これは本当の岩、だよな。これが新たな勇者の力なのか」

 とか後ろから聞こえてきたけれど、なんだか後日色々尾ひれの付いた噂が広がってそうで私的にはちょっと怖いんですが……まぁ勇者ってあまり何かに拘束を受けたりしないみたいだけれど、それでもあまり有名になるのはちょっとなぁ。

 元々は自分の生まれた世界のことをもっと知りたいって思って旅に出ようと決めたから、有名になりすぎて色々と動きが制約されちゃうとそれもやりにくくなっちゃうしなぁ。

「何かを気にしているようですけど、今は巣の駆除に集中してちょうだい。それでは突入するけど、準備はいいかしらイネさん」

「あぁうん、ちょっと尾ひれ付きの噂が広がりそうだなぁって……ゴブリンのほうは問題ないですよ、私がアレに手心加えるとか手加減するとか慢心するなんてことはまずないので」

「……別に噂なんて気にしなければいいのよ。それじゃあいきましょうか」

 そういえばササヤさんも大概とんでもない二つ名持ちだったね、それも相当数……というかもう大量にありすぎて誰もどれが最初に呼ばれた二つ名なのかわからなかったり、二つ名を使うにしても毎回違ったりするレベルだからなぁササヤさん。

 このレベルにまで到達すればそりゃ気にしてたらやってられないのか、ココロさんとヒヒノさんも勇者っていう呼び名があったからであって、勇者のほうが浸透してなかったらもっと別の呼び方をされたりしたんだろうか……まぁ今はそのへんを考える必要はないね、ゴブリンを駆除してからトナに戻ってリリアのご飯を食べながら雑談の形でやればいいことだし。

「中には2桁を超える数のゴブリンが居たので、全周囲警戒でいいと思います。問題は駆除に時間がかかりそうってところだけれども……」

「時間は多少かけてでも確実性を狙うべきね、この通路には多少逃がしても問題ないわよ、普通のやつはという前置きは必要かしら?」

「いえ、ゴブリアントと……あの会話ができるのはなんて呼称しましょうか。私としては知力と実力共にあるからエースとかコマンダーとかそういうのがしっくり来るんですが……」

「指揮官とはまた違うでしょうからエースでいいんじゃないかしら。ともあれ普通のゴブリン以外は私たちが確実に仕留めるわよ、いいわねイネさん」

 ササヤさんがこちらを見ていたので首を縦に振って肯定の意思を伝えると、薄暗く煙がまだ天井付近に充満しているけれど、ササヤさんは息苦しい素振りも見せずに私の前を歩いていく。

 私の場合は地面……というか大地から酸素を吸収できるから大丈夫なんだけれど、半分がムーンラビットさんの血とは言えササヤさんは大丈夫なんだろうか、いやまぁお父さんたちに鍛えられてたときに一度、中国武術の中にはそういう呼吸法とかあるようなことを聞いたこともあるけれど、実物は見てないから半信半疑だったけれども……実際そのようなものを間近で見ると本当どうなってるんだろうっていう疑問のほうが強くなるね、状況的に私のほうが余裕があるからこそってところなんだろうけれど。

「なる程、イネさんの言ったとおりこの空間には煙が溜まっていないしこれ以上溜まる様子もないわね……それじゃあイネさんは右側をお願いするわね、反対側で一度合流しましょう」

 ササヤさんは私が返事をする前に飛び出して行ってしまった。

 まぁここまで来てゆっくり丁寧に1匹づつ潰すのは非効率というか現実的じゃないし、2人で分散してお互いの攻撃の余波とか流れ弾を食らわないように蹂躙、鏖殺するのが一番なのか……な?

 さっき通った時にはあまり気にしていなかったけれども、今広場をぱっと見渡した感じゴブリアント自体は殆どいない感じでエースはもうこの巣には存在していないように見受けられる。

 見受けられるというのもこの広場、結構広くて日本でドンパチをした駅のエントランスホールくらいの広さがあって、反対側どころか中央部の確認は細かい部分までやろうとするとスコープで覗いたほうがいいくらい……言っておくけれど私の視力が悪いわけじゃなくってゴブリンの密集度が高いからだからね、うん。

「ともかく、駆逐させてもらうよ!」

 こうしてササヤさんと私によるゴブリン駆除が始まった……と言いたいけれど完全に消化試合状態だったのでここでは割愛。

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