第144話 イネちゃんとヨシュアさんの覚悟
中止は難しい、ヨシュアさんがそう言うとオラクルさんは特に何も反応しなかったけれどジャクリーンさんが。
「いやいやいや、これは状況が変わったって言ってもいいんじゃない?」
「ジャクリーンさん、多分だけどこの作戦ね、イネちゃんを救出するために今命貼ってくれてるココロさんと、ヨシュアさんが提案してくれたんだと思うんだ。でなきゃイネちゃん見捨てたほうが戦略的にはよろしいお話だったわけでね」
規模が戦争の領域に到達しちゃってるから、ヴェルニアにいる貴族の兵士ですらなく、しかも指揮官暗殺に動いていた傭兵1人を助けるためにリスクを犯すだけの理由が必要になるのは、そのへん素人のイネちゃんだって想像できる。
「厳密にはキャリーもだけどね、シードさんは反対したし、ムーンラビットさんもちょっと悩んでたからね。最初に言い出した僕が責任をって言っても僕だってただの冒険者でしかないから、説得には確かに難航したんだけれど……」
うん、まぁそうだよね。
責任が取れるだろう人ってキャリーさんだけになりそうな面々。
ココロさんがいくら勇者って言ってもそのへんの責任を取れるかどうかは別問題だろうしね。
「でもやっぱり最後の決め手は悩んでいたムーンラビットさんだったよ、作戦の責任は自分が取ろうって言い出してね」
「まぁ、責任が取れる方としては最も適切でしょうね」
クイッ。
「いや、そこまでの流れが出来たからシードさんが今回の反乱軍決起の責任があると言って、作戦に責任を持つと言ってくれたんだ」
結局責任者が全員責任を持つって言ったのか、なる程。
「でもそれなら……」
「ジャクリーンさん、だからこそ作戦の中止は難しいんだよ。指揮官である責任者が全員一致したとしても現場にはどうやって説明するんだい?そのまま伝えたとしても既にこれまでの作戦で犠牲者が出ているんだよ」
「でも民間人じゃない。そうでしょ?貴族なら民間人を守る義務がある。それを守れない奴は貴族じゃない、我欲に支配されたそれこそ魔王よ」
「民間人を守る義務……っていうのは理解しなくもないけれど、それと同時に兵士を守る義務もあるんじゃないかな」
「兵士に関しては命をかけることも責任のうち。貴族側であると同時に民間人を守る義務を負うことになる」
あーヨシュアさんが転生物の主人公よろしく価値観の違いのドッジボールをしている。
あっちの世界ならヨシュアさんが正しいんだけど、こっちの世界だとジャクリーンさんのほうが正論なんだよなぁ……そもそもあっちの世界だって中世って呼ばれる時代にはジャクリーンさんの言うような常識もあっただろうから何が正しいってないだろうしなぁ。
「どちらでもいいので、実行するならする、しないならしないで早く連絡したほうが良いのでは?」
クイッ。
あぁうん、これが一番の正論だ。
「でも可能性の話しで混乱させるのは……」
「逆でしょう、可能性があるからこそあらかじめ知っておく必要があるのでは?情報無しでいきなりその事態を迎えるよりは圧倒的にマシかと。それに作戦のことを考えるのは指揮官、つまり今回の場合責任者が考えることでしょう」
クイッ。
ド正論のオンパレードすぎてイネちゃん心強い。
とりあえずどっちに転がってもいいようにイネちゃんはXM109の組立だけは終わらせておこう。
「……わかった、でもこちらから連絡を取る手段がない」
ヨシュアさんなら持っててもおかしくなさそうなのに、不思議!
ちなみにイネちゃんのスマホは連絡が取れないよ、ムーンラビットさんですら繋がらないからキャリーさんやシードさんはもっと無理だよねぇ。
「状況が状況です、通信魔法を使いましょう。私もギルドまでにしか繋げませんが問題はないでしょう」
「そっちはお願いします。イネ、組立のほうは?」
「うん、一応どっちになってもいいように進めてはいるけど……」
実のところもう組立自体は終わってたりする、ただ連絡を取る取らないであれこれしてる時に銃の組立は終わってるってなるとなんだかヨシュアさんが突っ走りそうなのでここは誤魔化そう。
「そうか……もどかしいな」
うん、やっぱ飛び出しかねなかったな!
まぁ組立終わっててもちょっといくつかの部品に甘いところがあったし、引き金の重さがかなーり軽くなってたりでかなり不安が残るんだけどね、そういう意味でも微調整の時間がイネちゃんにも欲しいのです。
「そうですか、はい。それならばもう私から言うことはありません、伝えます」
クイッ。
「えー、ムーンラビット様の言葉をそのまま伝えますと……『ケツは拭いてやるからこのまま続行するんよー』とのことです」
クイッ。
「……まぁムーンラビットさんがそう言ったのなら、実行かぁ」
微調整をしながらイネちゃんはオラクルさんの言葉を受けて弾の確認もしておく。
「そうか……そうか」
初めから実行する気だったヨシュアさんが何か噛み締めるような感じにそうかを連呼してる。
うーん、やっぱり民間人のリスクがすごいとチート系主人公なヨシュアさんも緊張するのか、イネちゃんもできるだけ助けたいと思うけれど、お父さんたちから戦闘地域では敵前逃亡にならない範囲で頑張れって教わってたから多少犠牲が出る前提の作戦なんじゃないかって思った時からちょっと覚悟してるんだよね、犠牲が出るのは。
状況が状況だし、相手さんが自由に転送魔法が使えるとなると完全に防げってのも酷だし、あっちの世界の最先端技術使っても不可能だから上の方では仕方ないって流れにはなると思うからね、被害者遺族は納得しないだろうけれど流石に無理なものは無理だからね、いくら勇者って言っても不可能を可能にはちょっとできないだろうし、多分ヨシュアさんもそこまでのチート力はないと……言い切れないけど流石になさそうだよね、悩んでるし。
「よし、イネは狙撃、頼めるかな。着弾と同時に僕は突入するから」
「うん、それはいいけど……着弾の瞬間見るの?」
「?……まぁ見ないと突入できないからね」
「なんというか、ミンチとか、ミンチよりひでぇやってなるけど……」
戦車の装甲を正面から撃ち抜くっていう銃だからね、生身の人に直撃すればそれはまぁひどいことになること請け合いなんだよね。
「そんなに威力が高いのですか?」
クイッ。
「うん、まぁ厚さ30cmとかある鋼鉄の板を真正面から撃ち抜こうって考えから生まれた武器だし、生身の人間が喰らえばそりゃぁね?」
「確かに、過剰火力ということは理解しましたが……それ以外にはないのですか?」
クイッ。
「距離もあるからね、2000mとか離れると狙撃専用に設計された武器でもちょっと厳しすぎてね、こういう物品に白羽の矢が当たるわけなんだよ。あ、メートルってのはリールのことで、単位はそのままでいいからね」
「白羽の矢というのはわかりませんが、文脈的に適しているということでしょうか。ということはそれはその距離を狙撃できるということで、間違いないでしょうか」
クイッ。
「まぁそういうことだね。あっちの世界でもそういう事例は結構あるし、イネちゃんとしてはこの武器をこっちで使うって時点で見ちゃう覚悟はできてるけど……」
ヨシュアさんはどうだろうと思ってオラクルさんと一緒に視線を向けると。
「……いや、もっと酷いことが起きる可能性もあるんだ、臆してたら惨劇を止めることはできないよ。イネ、やってくれ」
「まぁ、ムーンラビットさんもGOサイン出したからやらざるを得ないって状況だからやるけど、覚悟の時間は大丈夫?」
弾を装填しながらヨシュアさんに最終確認をする。
正直、素人が想像するよりも20割増しくらいで酷くなる想像をしてくれればいいんだけれど……イネちゃんも実際のところ初めてだからなぁ、どうなるかっていうビデオはルースお父さんの悪ふざけで見せられて数日ハンバーグ食べられなくなったけど、まぁ匂いがなければ多分大丈夫、今日はお肉食べないって決めればいいだけ。
「大丈夫、……多分」
多分は不安だなぁ、でもヨシュアさん自身がそう言うのならイネちゃんはこれ以上言うことはないかな。
イーアがまだ起きてこないのはちょっと不安ではあるけど、XM109に取り付けたスコープを覗き込んで魔法だろうか空中に浮いている錬金術師を照準にいれて引き金を引いた。
耳が痛くなるほどの轟音と共に発射された弾は直線的に、でもなだらかに重力に引かれて少し落ちつつも、落ちる前提で照準をつけたためココロさんとの対決に集中していて弾の風切り音にすら気づいていないっぽい錬金術師に吸い込まれていって……着弾、錬金術師の下半身が文字通り吹き飛んだ。
「行ってくる!イネはこのまま錬金術師を!」
「イネちゃん狙撃苦手だから、2発目以降は当たらない前提で動いて!」
特にイーアの助けがないと精度が3割くらい落ちるんだよねぇ、イネちゃんももっと精進しなきゃ。
まぁそのイーアの助けがあっても命中率は半々くらいなんだけどさ。
「も、もう見てもいいかな?」
「そもそもここからでは消し飛んだようにしか見えませんでしたよ、現地に居た人はそれこそミンチを見たでしょうがね」
クイッ。
いや、イネちゃんもスコープでバッチリ見ちゃったんだけどね、結構凄惨な感じでビチャーって飛び散る感じで。いやぁやっぱ今日はやっぱりひき肉系はダメだな、うん。
「まぁ、ヨシュアさんは今まさにその現場に飛び込んでいったんだけどね」
そう2人に返しながらイネちゃんは2射目の引き金を引いた。
やっぱりというか大きく動いてる錬金術師には当たらずに、ヴェルニアの街壁手前の地面で炸裂した。
まぁ炸裂したのは地面なんだけどさ、これ特殊弾頭でもなんでもなく普通に物理的貫通させる弾だし、運動エネルギーがあれだけすごいってだけなんだけどね……まぁそれを人に向けてるわけだけどさ。
そしてもう一度イネちゃんが引き金に指をかけたとき、戦場に動きがあり、想定よりちょいと酷い状況へと転がったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます