第117話 イネちゃんとカウンタースナイプ
狙撃手に対して同じ土俵で対応する場合、まずは相手の居場所を把握する必要がある。ムツキお父さんにいつも言われていたけれど、イネちゃんはムツキお父さんに訓練を受けているときに一度もムツキお父さん相手に成功したことがない。
ルースお父さん相手のときだって勝率は3割程度、イネちゃんはそれだけ狙撃が苦手なのだ。
キャリーさんがジャクリーンさんに誘拐されたときに連続狙撃が成功したのは本当にまぐれだったんだよね、流石に最初の1射目は当てないと嘘だったけど、2射目は狙う余裕がほとんどなかったので、最低限のことしかできなかったのだ。
そして今の状況、その2射目と同じようなことを確実に成功させないといけない。
ムツキお父さんは問題なく成功させるとは思う。
例え銃のほうにスコープがなくっても観測手にスポッターとしてドローンも飛んでいるわけで、ムツキお父さんは狙撃は得意な分野で選ぶ武器も狙撃もできるライフル銃を好んでいるから、PSG-1とかはむしろ馴染むと思うし問題はない、はず。
やっぱり問題はイネちゃんのほうだよなぁ、イネちゃんとしてはフリントロックとか渡されなきゃまぁ扱える自信は持てるくらいに訓練してるから武器はいいのだけれど、武器の性能にイネちゃんの技術が追いついているとは言えないし、狙撃手同士の撃ち合いの実戦はこれが初めて。
あっちの世界ではこっちの狙撃銃は基本的に全部アウトレンジになるからってそのへんの訓練は少なかったからなぁ。
(イネ、流石に手伝う……けどちょっと大変かな、今日はもう何度かやっちゃったし肉体面できついよね)
イーアの声が頭に響くけれど、それはとても消極的。
ムーンラビットさんから脳のリミッターを外しつつ魔法で強化してるからかなりの無茶な行動だって言われてから、イーアもイネちゃんからお願いする時以外はあまりイーア側から提案してくることが極端に減った。
(どうだろ、正直この手のはイネちゃんよりイーアのほうが得意な分野だし……1発で決めれば多分大丈夫だと思うけど……)
(失敗してムツキ父さんの負担を増やすよりはいいでしょ)
確かにムツキお父さんの負担はあまり増やしたくないってのはあるんだよね、スコープ無しのPSG-1で意思疎通の怪しい観測手付きだもんね、いくらドローンからスポット情報があるとは言っても自分の視覚情報があまり頼りにならない状態だからかなりきっついと思う。
まぁイネちゃんに訓練つけてた時はハンデだとか言ってノンスコープで身体を晒した状態からスタートとかしてくれて、その上でイネちゃんは全敗したんだけどさ。
ともかくイネちゃんがカウンター成功すればそれだけ状況は良くなるわけなので、ルースお父さんのスマホに送られてきているコーイチお父さんのドローンからのスポット情報に目を通す。
地図にスマホの位置とドローンの位置そしてスマホを起点とした距離情報が見えていて、CAMボタンをタッチするとスマホからの映像がワイプで表示された。
静音ドローンに付けられたカメラにはまだ相手の姿が発見できていないらしく、結構映像がぐりんぐりん動いてこれは酔う人は酔うんじゃないかな……。
「でもスポット情報が送られてきてからでいいかな、ムツキお父さんも同じ考えっぽいし」
こういう時は焦ったほうが負け、ムツキお父さんに嫌ってほど訓練の時に思い知らされた狙撃の極意。
ムツキお父さんの言うには待てるなら10時間待つなんてザラってことらしいから狙撃ってイネちゃんにはあまり合ってないかな、言葉にして待つってイネちゃん自身に暗示みたいにしてもこう、ムズムズしてくる。
スマホのスポット情報を眺める時間が結構流れると、そういえば途中でステフお姉ちゃんたちとの電話切っちゃったなぁと思い出した辺りでコンビニに今ムツキお父さんの観測手している男の人の仲間放置したままだったことに気づいた。
ムツキお父さんが無力化したわけだし、そこそこの負傷をした男の人に観測手を任せる辺り動けないんだろうけれども、コンビニの店員さんバイトさんなのに大丈夫かな……途方にくれてそう。
そんなあまり関係のないことを考えていると、スマホのほうにポーンと小さい音で通知が入る。
狙撃スポット用のアプリで通知音がなるのはどうなんだろうと思うけど、そもそも通知音が聞こえる範囲に敵がいたら狙撃どころの話じゃないからいいのかな、ともかく通知に従って操作して見るけれどさっきの位置情報の他に、赤い点が表示され、600mと距離も表示されていた。
ちょっと酔いそうだったから消していたCAM映像をもう一度表示させると、特殊部隊って印象ではない、むしろ民間人と思えるような人が割とごつい銃で伏射体制をとっている映像が俯瞰で、後ろから撮影している。静音ドローンしゅごい。
(イネ、できそう?)
イーアが問いかけてくる。
自問自答するようなことにイーアがやってくれるのは助かるけれど、それでもやっぱちょっと自信が出てこない、相手は伏射体勢でおそらくはプロ、それに特殊部隊の任務失敗に際して国との関係を悟られないように始末する専門の人だろうしムツキお父さんならまだしも、イネちゃんが撃たれる前に撃てるかって言われると流石に無理かもしれない。
『前方
「いや、問題ない……」
イネちゃんが少し悩んでいると、男の人とムツキお父さんが既に発砲直前のやり取りをして、発砲。
『ダウン』
「他に居るか?」
もう終わらせてしまった。
というかPSG-1の有効射程って700なんだけど、仰角含めて明らかに射程外なのにワンショットワンキルってどれだけなんだろう、本当狙撃で勝てる気がこれっぽっちも湧いてこない。
(イネ、私たちも!早くしないと片方がカウンターされたって知ったら……)
イーアが催促してきたことでハッとし、イネちゃんも慌ててスマホの情報の場所に対して改札から身体を伏射の形で出して構え、スコープを覗くと……。
(イネ!)
スコープの光に反応してか、狙撃手が発砲、イーアの声に思わず反応して思わず飛び退いたからかPSG-1の銃床を少し掠めただけで事なきを得た。
とはいえこれは完全にガン待ちされているということが確定したわけで、イネちゃんのカウンター難易度は極めて高いものとなったわけで、イネちゃんは割と絶望いている。
「イネ!」
ムツキお父さんも今のやり取りを見ていたのかイネちゃんの名前を叫ぶけど、イネちゃんの様子も同時に見たのかその様子はあまり慌てたものではなくなっていた。
「イネ、援護をする。こっちからは撃てそうにないが気をそらすことはできる」
ムツキお父さんがそう言うと構内にある看板と電光掲示板をいくつか撃って落とすとイネちゃんなら隠れられる遮蔽物を作り出した。
ムツキお父さんのほうからはしゃせんが通っていないんだろうね、まぁ片方の射線を切って片方を安全にってことだったんだろうからむしろ仕方ないよね、土煙が上がって周囲が見えない状態だとイネちゃんが顔を出せないレベルで撃ってきてるのを除けば。
多分、既に場所がバレていると察してるんだけれど、マガジン分は撃ちきってから逃げるか、移動する算段なのかな。
「あれだけ撃ってくれればスコープ無しでも……行けるっつの」
構内に銃声が1つ、同時にイネちゃんのほうに向けられていた銃弾の雨が止んでイネちゃんが攻撃をするタイミングが生まれる。
(イネ!)
(わかってる、手伝ってイーア!)
確実に攻撃できるタイミングなら切らないわけはない、私は身体を改札から改めて出してスコープを覗いて銃弾が飛んできていた時の角度から位置の当たりをつけて狙いを定める。
とは言ってもスコープ覗いたらそこには狙撃手が!なんて都合のいいことなんてなくて、慌てた分スコープの倍率を少し下げて索敵しなきゃいけないので更に焦るけれどその分イーアが手伝ってくれてそこまで迷うことなく狙撃手を発見することはできた……んだけれども。
スコープの先に見える狙撃手も完全にイネちゃんを捉えていていつ発砲してもおかしくないという状態。だけど……。
「こっちも、撃てる!」
そう言うと同時に私は引き金を引き、狙撃手のほうもマズルフラッシュが確認できたのでPSG-1を放して遮蔽物に完全に身体を隠すと、イネちゃんが手放したPSG-1のスコープが大きい音を立てて砕ける。
ちょっとこういう漫画っぽいのはいいから、相手を無力化できたのかがわからないから私としては避けたかったんだけれど……。
「ダウン、よくやったなイネ」
スマホを見ながらムツキお父さんがイネちゃんに笑顔でそう言ってきた。
「本当?ちゃんと無力化できてた?」
「あのタイミングでよく当てたな、俺でも難しいカウンターを決めたんだ、胸を張っとけ」
あぁちゃんとできたんだ、割と駅構内が阿鼻叫喚な状態だけどイネちゃんたちのほうは終わったかな……。
しかし終わったと思うと同時に病室のほうが心配になってくる、幸い手元にはルースお父さんのスマホがあり、スポット用ドローンの情報にも赤い印がなくなっているしステフお姉ちゃんに改めて電話をかける。
いくつかのコール音が聞こえて、通話中になった瞬間ステフお姉ちゃんが。
「ごめんルースおじさん!今取り込み中!」
いつもの飄々としたステフお姉ちゃんらしくない、鬼気迫った声がスマホから聞こえてきた。
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