第113話 イネちゃんと受け渡し

「それで病院の方がイネさんを怪しいと言ったわけですね……」

 事のいきさつを田中さんに説明したら呆れられたけれど、イネちゃんは元気です。

「まったく、素性調査などは専門に任せてください。ムーンラビット様でしたら我々以上に詳細まで把握なさいますが、それ以外の方々と比べればこちらの世界での尋問技術はあちらの世界を上回ると出ていますので」

「厳密にはムーンラビット様の管理している夢魔による調査部署を除いて、だと聞いてはいますが」

「はい、そのとおりですがこちらにムーンラビット様以外の夢魔の方はこられたことがありませんので、あえて除外させていただきました。それでこのあと皆様はどうなさいますか?」

「どう、というのは?」

「ミルノ様とウルシィさんの警護に関してです。確実性では皆様にお願いしたほうがそれぞれの得意分野としては高いので部署全体の人員配備に余裕ができて嬉しいのですが」

 選択肢がある、ということは今回の事件の犯人を自前で追うのかどうかってことかな、ココロさんとヒヒノさんは相互協力体制を確立している異世界対策庁にとってみればワイルドカードだからこそって感じかな。

「いえ、こちらの世界が中心になりそうですし、この方々に関しては皆様にお任せいたします」

「そうですか……」

 今のやり取りを見ていてイネちゃんはちょっとした違和感を感じた。

 この違和感はこの人たちに対してココロさんが抱いた違和感よりもはるかにはっきりしてるのでちょっと割り込んでみる。

「ねぇ、今回の襲撃でちょっと気になったことがあるんだけど、いいかな?」

 イネちゃんが発言すると2人が不思議そうな顔をしてイネちゃんのほうに視線を向ける。

「襲撃が始まるタイミングがね、操られてたミルノちゃんとウルシィさんがこっちにムーンラビットさんが居ないって聞いた直後だったんだよね」

「そういえば……そうでしたね、私が操られているのを確認した直後でしたし、部隊を突入させる準備時間と考えれば辻褄が合いますが、それが?」

「気づかない?その時点で魔法を使う人が関わってる可能性が高いってこと」

 ココロさんと田中さんはイネちゃんの言葉で少し動きを止めた。

「それは本当ですか?」

 田中さんが完全に初耳って表情でイネちゃんとココロさんに聞いてくる。

 魔法ってことでココロさんにも聞いたのかな、イネちゃんは知識的に説明できるほどのものは持ってないからココロさんないしヒヒノさんに聞くのは当然のことではあるけれど、ココロさんも困った表情で。

「可能性……という点では否定しません。正直私は魔法が苦手ですので……ヒヒノも魔法に関しては我流がすぎるとその道の権威の方々に叫ばれていましたし少しお助けするのは難しいやもしれません」

「そう、ですか……」

 ココロさんは本当苦手そうだったしなぁ、ヒヒノさんは見てるとこう天才系な人っぽし、今のココロさんの説明からしても多分そうなんだろうね。

 あれ、そうなると今こっちの世界にいる人で魔法に詳しそうな人って……。

「実際今こちらの世界にいる方で説明できる可能性があるとすればミルノさんだけでしょう」

 だよねー。

「しかしミルノさんが基礎を説明できたとしてもこの方々が魔法で連絡を取り合っていた証明もできませんし……やはり魔法理論に詳しい方を呼んだほうがよろしいかと思います」

「まぁ今の状態でミルノさんからあれこれ聞くわけにもいきませんからね、あちらの世界は今騒乱の中ですが要請はしてみます……」

「最適人であるムーンラビット様はこちらに来られない可能性が高いですが、ヌーリエ教会には他にも適任である方もいますので大丈夫だとは思いますよ」

「それならよいのですが……」

「まぁ今はできないってことを確認したところで、とりあえずこの人たちをお願いできます?」

 ココロさんと田中さんのやり取りが一段落ついたのを見計らってイネちゃんが話しを進める。というか田中さんが来た理由ってこの人たちの引き取りだし、これ以上は流石にお仕事の妨害になっちゃいそうだからねぇ。

「大丈夫ですよヘリが病院につけしだい輸送を開始いたしますので、もう少し時間はありますよ」

 あ、ヘリなんだ……まぁ地上なり地下で車両にって考えると民間人に不安を与えちゃうから仕方ないのかな。割と今更な気もしなくはないけれど、こういう小さい部分が案外大事だったりするしね。

「ここは他のスタッフに任せて、下に行きましょうか。最初に拘束しておいたという人も確認しておかなければいけませんし」

「あぁそういえばヒヒノに任せっきりでした、特別なにも起きては居ないはずですがヒヒノに何かがあってからでは遅いですからね、急ぎましょう」

 ココロさんが好きなものを目の当たりにした子供の目をしてる。

 シスコンかなぁと思ってはいたけれどこれはかなり重症な感じかもしれない、不治の病だろうけど。

 イネちゃんはそんなことを考えながら階段へと向かう2人の背中を追ったのであった。

 そして何事もなく、ミルノちゃんとウルシィさんの病室に戻ってくると同時にそれは起こった。

「ヒヒノぉぉぉ、大丈夫でしたかぁぁぁ、寂しくありませんでしたかぁぁぁぁ」

 部屋の扉を開けるなりココロさんが伝説の泥棒よろしくなダイブでヒヒノさんに飛びついた。

 ご愁傷様です、これは重篤な症状で治らないでしょう。

「寂しかったのはココロおねぇちゃんでしょー」

「そうです寂しかったですよヒヒノぉぉ」

 その様子をみてステフお姉ちゃんが。

「大丈夫?イネもやる?」

「いや、やらないからね」

 手を広げようとしたステフお姉ちゃんを一蹴すると、屋上に出る前に縛り上げておいた人たちのところに田中さんを誘導すると、ベッドの金具に顔面強打した人が目を覚ましていた。

『あのイカレタ女よりは話ができると助かる、あの女、バカスカ腹を殴りやがって……朝食ったもの全部出しちまったじゃねぇか』

 とやっぱり英語で、ステフお姉ちゃんに対してと思われる愚痴をこぼしながら割と懇願気味の言葉だった。

『一応あの人、私の姉みたいなものなんだけど』

『じゃああんたも期待できそうにないな……捕虜扱いは無理にしても人権は保障してくれるやつは居ないのか』

『まぁ病院の中だしそこまでの無茶はやるつもりはないよ、お役所もいることだし。貴方は何か喋ってくれたりするの?』

 となし崩しに尋問を初めてしまったけれど、男の人は少し考えるような素振りを見せて。

『……ガムか飴をもらえるか、俺は酒とタバコはやらないからな』

『ちょっと待って、お役所に聞いてみる』

 そう言って振り返ると田中さんが真後ろに立っていた、気配消してるんじゃないかってくらいに気配を感じなかったからびっくりしつつも、今のやり取りについて男の人の要求が通るか聞いてみる。

「田中さん、今のやり取りの内容ってわかった?」

「一応は……ただ少し会話の速度が早くて聞き逃した単語も……」

 田中さんは一応ヒアリングはできるけど早い会話は無理かぁ。

「ガムか飴、あげてもいいかな」

「別に構いませんが……本当にそんなものが要求だったんですか?」

「うん、っていうかgumとcandyはわかりやすい単語だったと思うんだけど」

「SAKEは聞き取れたのですが……」

「そっちはやらないって言ったほうだよ、不安ならステフお姉ちゃんにも確認してもらっていいから」

「やらないほう……なる程、ですが味とかに問題が出るのでは?」

「それ言ったらお酒とかもだからいいんじゃないかな、糖分取りたいだけかもだし」

 さて、いいよーとは言われたけれどイネちゃんの持ち物には無いんだよね、ガムとか飴はうっかり飲み込んじゃったときがこわいのであまり食べたりしないし。

「誰か持ってたりする?ガムか飴」

 イネちゃんが持っていないので皆に聞いてみたけれど、誰も持っておらず都合のいい展開とはならなかった、仕方ないね。

『今ガムも飴もここには無いから、ちょっと買ってきていいかな』

『くれるなら激甘のやつでもいいぞ、俺は甘くないほうが好きだが』

『了解、何事もなければすぐに戻ってくるよ』

 男の人にもその胸を伝えてから、イネちゃんは病室を出ていこうとすると……。

「イネさんお一人で大丈夫ですか?」

 ヒヒノさんをギュッと抱きしめながら真剣な表情で聞いてくるシュールな絵ではあったものの、イネちゃんは一旦ツッコミたい気持ちを抑えてから。

「うん、それよりもちゃんとこの人たちの環視と受け渡し手続き、お願い」

「わかりました、妹分も補充できてきたので大丈夫です」

 妹分でまたツッコミそうになったものの、言葉を飲み込んでから財布を確認して病室を後にした。

 売店は病院の1階なのでエレベーターに乗って降りて売店の中を物色していると、殺気を感じる事案が発生してしまったのだ。

『騒ぐなよ、お前、病室に居たやつだな』

『やだ痴漢さん?私は今貴方のお仲間の要求したガムと飴を買ってるんだけど……』

『そうか、何人殺した』

『犠牲は今のところ0人だよ、貴方たちと違って急所は外すし』

『そうか、質問を変えよう。何人お前らの頭に引き渡した』

『頭って誰のこと、この国のお役所のこと?それともあちらの世界の組織のこと?』

 そこで質問も止まり、イネちゃんも周囲の人が騒いじゃわないようにひとまず手に持った商品のお会計を済ませようとレジに向かおうとする。

『何をする気だ』

『会計だよ、それとも何、窃盗騒ぎ起こしてもいいの?』

 正直日本人の大半が英語できないのが幸いしたね、会話の音量は小さいけれど内容を理解できる人がいたらイネちゃんの背中にちょっとチクチクしている物を見て騒いでただろうし。

 イネちゃんを脅している人は声色的に男の人だけど、イネちゃん綺麗な銀髪の青眼だから男の人の見た目次第では怪しく思われないだろうからね、家族に見られなくもないだろうし。

 そう思いながらお会計を済まして、売店を出たところで更に要求をしてきた。

『ではついてきてもらおうか、申し訳ないがこちらのカードになってもらう』

『断ったら?』

『民間人を犠牲にするつもりなら抵抗してもらって構わないぞ』

 ここは一旦従うしかないかな、うん。

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