第82話 イネちゃんとオーサ事変

「シード様!?なぜ辺境であるヴェルニアに……いえ、それよりもよくご無事で!」

「ヴェルニア伯、多くの部下がその身を犠牲にして我を逃がしてくれたのだ。結果的にオーサ防衛に出兵をするだけの余力のなかったヴェルニアだけがほぼ無傷だったため、恥を承知で逃げ込むことになったのだが……なる程、ヌーリエ教会に協力を求めたのは正解だったようだな」

「どうもー、割と教会の決定無視してきちゃったうさちゃん司祭なんよー」

 キャリーさんとシードさんの会話に、目があったムーンラビットさんが割り込む。

「なる程、先日包囲されたと聞いていたが……かつての淫欲の悪魔様が来られたのなら撃退どころか完全掌握できたのも当然のことか」

 あ、貴族の偉い人はムーンラビットさんのことは完全に把握済みっぽいね。

「それはそうと、ここまで無事にたどり着けた経緯の説明よろしくー」

「そうだな、我が家督を継いですぐに結成した13騎士団がうまいこと機能した結果だ。彼らの足である馬を代え馬として運用することで、殿と足の確保を行うという役割を持たせていたからな。そのため13騎士団は元々歩兵、または傭兵出身者で固めてむしろ馬が戦うのには向かない人員で固めていたのだ」

 あの人たち、かなりの寄せ集め感あったけどそういう意図があったんだね。

「彼らにはすぐに撤退し、ヴェルニアかトーカ領、王都を目指すように厳命してあるので、我の命令に従っていれば全員無事であるとは思う。こういう時自身の身を大事にする兵というのも貴重になるからな、無駄死にさせるのは我の本意では無い」

 あ、求めていない説明もしてくれた。

 開明的って感じなんだろうけれど、不確かな感じの編成や策をするのはどこか若いというか、青いというか……周囲の人たちが優秀だったんだろうかと思わせられる言動をするねぇ。

「んじゃ13騎士団が後日数人ヴェルニアに来るかもしれないってことやね」

 ムーンラビットさんの必要な部分だけを抜粋した感じの総括に、シードさんは首を縦に振った。

「しかしながら今のヴェルニアは、ヌーリエ教会に頼らなければ防衛もままなりません。それは食料事情も同様で、現時点では自らで食べていくのもギリギリ、他所から買おうにも資金も足りないのです」

「アニムスの奴が原因だな。あやつは我に対し謀反を企んでいたのは把握していたが……ヴェルニアをはかりごとで奪おうとしていることまではわからなかった、その件に関しては我の力不足であったことを詫びさせてもらいたい」

 そう言ってシードさんは頭を下げたけど、イネちゃんの後ろで繰り広げられているからまったく見えないんだよね。

 やんごとなき身分の人でもあるっぽいから、お味噌汁を啜るのは控えてるんだけど……このままだと冷めちゃいそう。

「そういえば今でも皆が食べているのは粗食だな」

「これは急に会議を開くことになったからやけどねぇ、私の孫が作った美味しい美味しい焼きおにぎりよー」

「……我にももらえないだろうか、実のところ城を脱出してから何も食べておらぬのだ」

「それでは私のを1つ。リリアさんは申し訳ございませんがもう1度作って頂いてもよろしいでしょうか」

 キャリーさんがそう言って焼きおにぎりを1つ手渡すと、シードさんは表情を変えずに受け取り口に運ぶ。

 同時にリリアが凄くいい笑顔で部屋を出て行った、リリアお料理好きだもんねぇ間違いなく厨房に向かったのがわかるね。

「なる程、どこにでもある食材で、これほど簡単な調理で、ここまで美味い物ができるのだな。父上は何故あぁまでも頑なに教会を拒否し続けたのか、改めて理解に苦しむな」

 シードさんが焼きおにぎりを一口食べただけなのにそこまで言っちゃうの?

「まぁオーサの家は亜人種を魔王、魔族扱いして戦争を仕掛けた貴族だからねぇ、最近までその手の偏見が残っていた土地でもあったからだねぇ」

「司祭殿、私はそれを悪しき風習として無くしたいのだ」

「それも承知してるんよー、ヌーリエ教会は昔からそれを呼びかけているし、亜人種の子らも殆ど悪感情はなくなっているわけだから拒む理由もないんよ」

「やはり障害となるのは貴族に残る特権意識か、民に生かされている上で統治を任されていることも忘れているものを焚き付けて反乱を起こさせるまでは想定通りだったが、マッドスライムという戦力を侮った我の計算が甘かった……」

「ま、情報を持っていたとしても相手も準備を整えるわけだから、最初はなっから戦争のつもりで動くべきだったかもねぇ、相手には錬金術師もいるわけやし」

「本当に我は未熟だな……戦場を経験していなかったのもあるが、統治という点でも性急すぎる。先代のヴェルニア伯に若いと言われた言葉の意味を今実感しているよ」

 ん、口調が少し柔らかくなったね。

「……シード様がヴェルニアに入られた以上、今後の動きは今まで通りにヴェルニアの防備を固めることを重点に行い、トーカ領と連携し通商を強めてください。私はこれからシード様と直接お話をしますので、皆様はここでお食事をなさってから業務に戻ってください」

「ですが護衛などは如何なさるのですか、先日ヴェルニアが包囲されたことでまだ把握できていない外壁の穴があるかもしれませんし……キャリー様だけではなくシード様もいらっしゃるとなると、より厳重にしなければならないかと」

「大丈夫、話し合いにはムーンラビット様も立ち会って頂く予定ですし、中立という意味では冒険者がいても問題はないはずでしょうから、ヨシュアさんとイネさんにも立ち会っていただきますので」

 あれー頭数に入ってる。

 いやまぁ今キャリーさんが提案してなかったらイネちゃんが言い出してたし、もしかしたらヨシュアさんも提案してたと思うから問題ないけど。

 キャリーさんの甘え上手なところと思っておくかな、うん。

「私は問題ないけど、冒険者をギルドに通さずにっていうのは身内的な付き合いでもあまり関心はせんのよー、中立性が保てなくなっちゃうかんねー」

 ムーンラビットさんがツッコんだ!あのムーンラビットさんが!

「確かに、これから我らが行うのはある意味で戦争の話だ。冒険者は本来戦争には関わらないというのが決まりである以上頼りすぎるのは後の禍根になりかねない」

 ここで傭兵登録もしてあるイネちゃんはあらかじめ視線を逸らす。

 うん、討伐関係の依頼だと傭兵しか募集していないとかもあるから、最初に登録したんだけどさ、特にゴブリン討伐だと冒険者は防衛、傭兵が攻撃って感じに分かれてるってお父さんたちから聞いてたし。

「いやまぁ護衛依頼でしたらまだ冒険者の範疇ですし、連絡さえ入れれば大丈夫だと思いますよ」

「情勢的にデリケートだからねぇ」

 ヨシュアさんの言葉にムーンラビットさんが付け加えると、キャリーさんが少ししょんぼりした感じになって……。

「そこは我の名で依頼をしよう。しかし場合によっては……司祭殿に頼めないだろうか」

「いや確かに今のオーサ領の情勢を考えると、ギルドは戦争行為にって捉え方をするかもしれんけどねぇ。話を進める上で一番円滑になりそうだし、私名義のほうがええんよ。ヌーリエ教会司祭を護衛ってことならギルドも中立とみなすだろうからねぇ」

 うーん、冒険者さんとして参加という点を重視するなら確かにこういう面倒な政治案件になっちゃうのか。

 ヨシュアさんたちはあくまでキャリーさんを助けたいっていう思いだろうし、イネちゃんとしてはまだまだ自分のことを未熟としか思えないし、ガッツリ協力する形になる傭兵さんとして請けるのは避けるべきなんだけれど。

 そういうところにこだわるのも子供って言われそうな気がするけど。

「司祭殿がよろしければ、お願いしたい」

「おーけー、んじゃ今後のお話でもしましょうかね。執務室でええのん?」

「はい、リリアさんにもそちらにご飯を運んでもらいましょう……イネさん、お願いできますでしょうか」

「え、あ、うん」

 ぼーっと流れを聞いてたからうっかり聞き流すところだった。

 リリアさんに執務室って連絡すればいいん……だっけ。

「はっはっは、リリアにご飯は執務室って連絡いれて一緒にくればええんよー。んじゃイネ嬢ちゃんよろしくー」

 ムーンラビットさんにはイネちゃんがぼーっとしていたの完全に見抜かれてたなこれ……ともあれリリアのことだからもうお料理完成しててもおかしくないし、早く動かないとかな。

「じゃあイネちゃんはリリアのところに行くから先に出るね。ムーンラビットさんがいるから大丈夫だろうけど、ヨシュアさんイネちゃんたちが行くまでの間、ちゃんとキャリーさんたち守ってね」

「あぁ、任せて……ついででいいんだけれど、お料理のほう、ちょっと追加してもらってもいいかな、流石に野菜スティックっていうのは違う気がするし」

 むしろ会談と考えるならお味噌汁をティーカップにスープってしたほうがいい気がすると思うけど、まぁヨシュアさん発案だしとりあえず頷いてリリアのところに向かおう。

 手で合図を送ってから外に出ると、丁度リリアが走ってくるところだったので止めてから経緯をカクカクシカジカすると。

「また急だなぁ……でもまぁうん、それならちょっと凝ってみたいかな……イネ、ちょっと手伝って!」

「うん、政治的なあれこれよりそっちのほうが楽しそうだし、むしろ手伝わせて!」

 そう勢いよく言ったイネちゃんを見ながら思いっきりリリアに笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る