第61話 イネちゃんとヒャッハー
「ひゃぁ!新鮮なヌーリエ教徒だ!」
「ひゃぁ!新鮮なヌーカベだ!」
「ひゃぁ!新鮮な女の子だ!」
後ろから走ってきたモヒカンがイネちゃんたちを素通りして、前で槍を持ったモヒカンと合流してから特に攻撃もしてこないで、そんなことを言いながらイネちゃんたちの周囲で輪になって、その外側を警戒するようにそんなことを叫んでいた。
「えーっと、この状況は、なに?」
とイネちゃんが呟いたところで、答えが返ってくるわけでも……。
「ひゃぁ!俺たちは!」
「ひゃぁ!泣く子も笑う!」
「ひゃぁ!ぬらぬらひょんよ!」
えっと、芸人さんかな?
「で、その芸人さんがなんの用なの?」
「あ、すみません芸人って呼ばれるのはちょっと……」
えー……芸人って呼ばれただけで素のテンションになるの……。
「ぬらぬらひょんさんがなんの用なの?」
「ひゃぁ!俺たちぬらぬらひょんは!」
「ひゃぁ!傭兵団を結成し!」
「ひゃぁ!有り余る元気を各所にお届け!」
「間に合ってます」
くそぉドアを閉めるようにシャットアウトできないのが辛い。
「ひゃぁ!それとは別に!」
「ひゃぁ!街道の安全も確保する!」
「ひゃぁ!お仕事をしているんだぜ!」
「あ、それはお疲れ様です……けどなんで街道を封鎖するようにしてたんです?」
リリアさんは優しいなぁ、ちゃんと聞いてあげるんだもん。
「ひゃぁ!それはだな!」
「ひゃぁ!ここ数日暴れていた!」
「ひゃぁ!害獣退治のためなんだぜぇ!」
「え、害獣退治って……ゴブリン?」
開拓村近くの洞窟で滅却したばかりなのにまた出たとかだったら、割と洒落にならないことが起きてる気がするんだけど……。
「ひゃぁ!ゴブリンだったら俺たち!」
「ひゃぁ!分が悪いんで素直に通報するだけ!」
「ひゃぁ!俺たちは熊や狼が相手だぜ!」
ホッとしたような、頼りなくなったような。
ともあれゴブリンじゃないのは僥倖……ってあれ?じゃあ四方から近寄ってきていたのって前後がこのぬらぬらひょんさんだったとしたら……。
「イネさん!狼と熊!結構多い!」
キュミラさんが叫ぶのに合わせるような形で森の中から熊と狼が飛び出してきた。
「ひゃぁ!お前ら出番だ!」
「ひゃぁ!槍を構えやがれぇ!」
「あ、ちょっと怖い」
おい最後。
ともあれ動物さん相手なら遠慮はいらないかな、これも何かの縁だしイネちゃんたちもぬらぬらひょんさんを援護してあげよう。
「キュミラさんは変わらずにリリアさんの身の安全の確保をお願い」
「え、ちょっと……イネさん?」
「イネちゃんは馬車の中からぬらぬらひょんさんたちを援護する」
M25をケースから取り出し、組立ながら言う。
「え、なんッスかそれ、今はおもちゃいじっているタイミングじゃないッスよ!」
あぁそうか、キュミラさんは銃を見るのは始めてだよね。
ともあれ組立を手早く済ませて幌馬車の側面に空いている顔出し窓……穴からスコープから外を覗ける程度に外に出してから突進してきている動物を確認して、引き金を引く。
当然消音処置はしていないので狙撃銃相応の音が周囲に響くんだけど……。
「うわぁぁぁぁなんッスかなんッスか!詠唱も無しに雷とか出したんッスか!?」
「ひゃぁぁぁぁぁ……な、なんだ今の!」
あぁうん、援護のつもりが割と味方へのダメージが大きかったみたいでごめんね?
ともあれイネちゃんが撃った熊さんは結構近寄っていたのもあって狙ったところに当たって倒せたのは良かったかな、後ろに続いている他の熊さんや狼さんが音に怯えず突っ込んできているからすぐに対応しないといけない。いけないんだけれど……。
「ひゃぁ!お前らしっかりしやがれ!」
「ひゃぁ!すまねぇ!」
「ひぃ!やっぱ怖い!」
「あわわわわ……り、リリアさん!これって本当に大丈夫なんッスよね!」
味方の一部が恐慌状態に陥ってるのが割と危ないかなぁ、できるだけ援護するけど、発砲と同時にその一部が更に混乱するからどうしたものかって状態になってる。
「これから何度かさっきの音が響くけど、音には気にせず目の前の熊さんや狼さんに集中して!イネちゃんはしっかりと援護するからね!」
指揮官っぽい最初にひゃぁ!を言う人には悪いけど、大声で号令を出すだけだして恐慌状態になっているヒャッハーさんをカバーする感じに発砲はする。だけどこの状態だと反対側がカバーできないわけで。
「ひゃぁ!た、助けてー!」
「命の危機のときはひゃぁはいらない!今助けるぞ兄弟!」
あ、やっぱ意図的だったんだ。と、それよりも……。
「リリアさんごめん!危なくなったら自分の身は魔法使って守って!キュミラさんは馬車の右側のほうの援護をお願い!」
「わかった!」
とリリアさんからはすぐに返事がきたものの……。
「え、あ、わ、私ッスか!?熊とか無理ッスよ!」
キュミラさんはまだ状況を把握できていないのか、それとも把握した上で自分の実力に自信が持てないのかわからないけどそう返してきた。
「なら狼さんを!ハルピーさんは一応猛禽類なんでしょ?だったらなんとかなると思うよ!」
むぅ、会話に集中力を持って行かれて援護射撃がうまく当たらない。
「ま、まぁ確かに狼や鹿なら狩りで倒したことはあるッスが……数が多すぎるッスよ!」
これは……キュミラさんは後でちょっとお説教だね。
「全部を相手にしなくていいんだよ、ぬらぬらひょんの人たちを援護するわけだからあの人たちが重症以上にならないように援護すればいいの!」
「あ、そっか。そうッスよね。じゃあ行ってくるッス!」
翼が羽ばたく音がしてから、イネちゃんがカバーしている逆側から狼さんの断末魔とヒャッハーさんのお礼の言葉が聞こえてくる。
猛禽類なんだから大型動物もある程度は圧倒できるのは予想出来たことだし、驚きはしないけれどもキュミラさんはもうちょっと早く動いて欲しかったかな、うん。
そんなことを心の中で思ったところで。
『ぬぅぅぅぅぅぅ……』
ヌーカベの鳴き声と同時に馬車が少し傾いてから、地面が揺れて熊の断末魔が聞こえてきた。
「リリアさん、今のは?」
「突撃してきた熊をヌーカベが潰しただけだから安心して!」
やだ、ヌーカベ強い怖い。
しかしながらリリアさんのところまで熊さんが突撃してきたってことは外は既に乱戦気味になっていてもおかしくないのか。
左側はけが人はいるものの一応安定はしているけど、キュミラさんが向かったほうが危なそう。
ぬらぬらひょんの指揮官っぽい人も左側にいたみたいなんで、余計に右側のラインが薄くなっていたらしく。
「お前ら無事かぁ!」
「兄貴!ロブとコータが!」
「ちっ!熊の突撃をまともに受けたのか!今助けてやる!」
と聞こえる程度にはまずい状況っぽい。
しかしながら安定している左側も、まだ散発的に狼の突撃が続いているのでイネちゃんの援護はまだ止められない。
「お嬢さん、俺たちゃ大丈夫だからあっち側の援護してくれねぇか。あっちにゃ新人が多いんでこうもピンチばかり聞こえてくると気になって集中できねぇ」
と思っていたところに顔出し穴の近くにいたヒャッハーさんが落ち着いた声で狼さんを斧でさばきながら、お願いしてきた。
「確かに反対側のほうが危なそうだけど……こっちは本当に大丈夫?」
お願いされてはいるのものの、とりあえずは確認をしておく。
こういう人たちって自己犠牲精神が存外高かったりするから、言葉を額面通りに受け取るのはちょっと危険なんだよね。
「なんだ心配してくれるのか?ところでお嬢さんは、俺がピンチに見えるのかい?」
息切れひとつなく、会話しながらまた狼さんを受け流した上で追撃をいれて見せるヒャッハーさんを見て、イネちゃんは。
「あぁうん、大丈夫そうだね。じゃああっちの援護してくるから余裕でも油断せずに、ピンチになったら呼んでね」
と言ってM25を馬車の中に引っ込めてから、逆側の顔出し穴から外を確認する。
えっと、見た内用を一言で言うなら地獄絵図。ちょっと数人のヒャッハーさんがもぐもぐされてるように見える辺り、かなりのスプラッターな状況。
流石に軽口とかを言う気にもならなかったので、そそくさとフレンドリーファイアを避けるためにスパスではなくP90でひとまず、お食事中の狼さんをヘッショして倒すと、状況を改めて確認する。
ぬらぬらひょんのヒャッハーさんたちの実力がムラがあるのは、左側にいた武人っぽいヒャッハーさんと、もぐもぐされたヒャッハーさんを見ればわかるけれど、どうにも配置編成が即興というか、あまり考えられていないように思える。
まぁそもそも強力な戦力が片側に集中していたっぽいことを考えると、槍を持ったヒャッハーさんたちは新人とかが集められていたのかなと、右側のヒャッハーさんたちの装備がほとんど槍である点から想像できる。
「これは……私が外に出るべきかな」
正直馬車の防御力が0になるから、リリアさんの護衛という観点からあまりやりたくは無いのだけれども、右側の状況を鑑みるとそうも言っていられない。
「……仕方ない、リリアさん!私も外に出て戦うから、できるだけ自分の安全だけ考えて!キュミラさんもリリアさんの護衛に戻っていいよ!」
左手でナイフを抜きながら馬車から飛び出しつつ、指示を出す。
とその大声に反応したのか馬車の右側……飛び出したイネちゃんの左手側から狼さんが飛びかかってきたので、開けた大口にナイフを突っ込んでから胴体を撃ち抜いて蹴り飛ばす。
『イネ、大丈夫?』
「大丈夫イーア、心配しないでっと」
ナイフを回収しているタイミングで、今度は2匹同時に飛びかかってきた狼さんを、片方はP90の銃床で喉元を叩きつつ、もう片方は蹴り上げてそのまま足で投げ飛ばす。
このまま追撃できればよかったのだけれど、すぐに熊さんもきたので転がって回避すると同時、地面にP90をおいてスパスを抜き、
『イア、狼!』
イーアの声に合わせて、今度はスパスの銃床で先ほど投げ飛ばした狼の顎を叩いて砕いて、スパスを腰の位置に戻すタイミングでバックショットを2発左手で取り出して装填すると、P90を左手で回収しながら馬車の右側に踊り出て、混戦の中に飛び込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます