第14話 ある少年の受難(一)
瀬戸内海に面した港湾都市にあるツタに覆われた喫茶店、その地下には地球世界で唯一の冒険者ギルドがある。
この世界には冒険者としての仕事がないため、開店休業状態であったのだが、ここにきて思わぬ仕事が舞いこんできた。
「みんな集まったわね。
では、冒険者ギルド地球支部としての会議を始めるわよ」
十二畳ほどある会議室には、楕円形の青いテーブルが置いてある。
それを囲んで六人が座っていた。
口火を切ったのは、三十代らしき細身の男性で、整った顔立ちに短く整えた髪と口髭が似合っていた。
ここ冒険者ギルド支部のマスターであり、『白騎士』と呼ばれている男性、いや女性である。見かけによらず、格闘術の達人だ。
「え? 今日って『ポンポコ商会』の会議じゃないの?
なんか美容液と毛生え薬が売れすぎて困ってるとか言ってなかった?」
発言したのは、ふりふりピンクの魔法少女コスチュームに身を包んだ年齢不詳の小柄な女性だ。彼女は『桃騎士』、冒険者ギルドの一員で凄腕のハッカーであるだけでなく雷魔術もつかいこなす。白手袋をはめた手には、先端にハートのついた魔法の杖(偽)を握っていた。
「美容液ではなく『すべすべちゃん』、毛生え薬ではなく『のびのびくん』
商品名は正確に覚えるべき」
珍しく長いセリフを口にしたのは、肩までの黒髪に黒いスーツに身を包んだ、いかにも仕事ができそうな二十代後半の女性だった。シャープな顔立ちをした彼女の名は『黒騎士』 やはりギルド職員の一人だ。元SPである彼女は、合気道の有段者であり魔銃の使い手でもある。
「そういえば、シローさんの母校から、今年もアリストで修学旅行できないかって問いあわせがあったよ」
「へえー、前みたいにつき添いを頼まれたらまた行きたいよね、アリスト。
シローさん家って、ホントくつろげるんだもん。
食事もめちゃおいしいし、ナルちゃん、メルちゃんもいるし、もふもふたちもいるし」
同時に話しはじめたのは大学生の双子で、二人ともかつてツインテールにしていた髪型を今はショートにしている。
言語能力の高い二人は、海外や異世界との交渉で活躍している。
彼女たちは、それぞれ『黄騎士』『緑騎士』と呼ばれている。
以上が『プリンスの騎士』と呼ばれる五人で、ポンポコ商会支店の職員と冒険者ギルド地球支部の職員を兼ねている。
「ええと、私はなんでここに呼ばれたのかな?」
質の良い薄茶の上着とタイトスカートに身を包んだ、落ちついた雰囲気の小柄な女性は、やはりここ地下に拠点がある『異世界新聞社』の社長、柳井だ。
「あれ、シローちゃんから連絡入ってない?」
「入ってないわよ。
いつあの人から連絡があるかわからないから、ちょくちょくパレットは見てるんだけど……って、なに言わせてるのよ!
もう、恥ずかしい!」
白騎士が『パレット』と呼ばれる通信用デバイスを手に話を続ける。それは点魔法で作られた魔道具で、異世界にいるシローとでも交信ができる優れものだ。ただ、緊急の用件でない場合、異世界間通信は使わないよう言われている。
「なんか
三日前の地震覚えてる?」
「ええ、世界規模で同時に起こった地震でしょ。
震源地がわからないだけでなく、原因もわからないってメディアが騒いでるわ。
ウチにもまだそれ以上の情報は入ってきてないわね」
「あれって、『時空震』っていう名前なんだって。
地面が揺れるんじゃなくて、空間そのものが揺れたらしいわ」
「……なにそれ、めちゃくちゃ怖いんだけど。
原因はわかってるの?」
「シローちゃんの話だと、恐らくそうだろうって原因はわかってるらしいんだけど、まだ教えてもらえないんだよね」
「ふーん、ジャーナリストとしてはなんとしても原因を突きとめたいところね」
「でね、この会議はそのことに関してなんだけど、用件は二つあるのね。
一つはエルファリア世界にある冒険者ギルド本部からの依頼で、あの地震のあと地球世界で何か異常が起きてないか調べること。
あと一つは、シローちゃんからの依頼で、もしも異世界の住人が現れるようなら、安全を確保してほしいって」
「……ということは、異世界との間でポータルのようなものが開くかもしれないってこと?
ちょっと待って……そういえば、シドニーだっけ、ダウンタウンで黒い穴のようなものが見つかったってニュースがあったよね」
「うん、あれなんか怪しいわね。
穴を見つけたら近づかないように、そしてそこから生きものが出てきても攻撃しないように各国に伝えてほしいって」
「なるほど、ウチにはメディアとして周知徹底を頼みたいってわけね」
「うん、お願いできるかしら。
シローさん自身、手が空いたらこっちに来てくれるって」
「そ、そう?
じゃ、私はさっそく仕事にかかるわね」
そう言葉を残し、柳井はそそくさと部屋から出ていった。
「
三人の女性と一緒に住んでるのに。
今度来たら、リア充破壊光線でぴろんぴろんって攻撃しちゃお」
「断罪」
「最近は聖女様もちょくちょくシロー邸に泊まってるんだって」
「後藤っち、私はあんたを応援してるからね」
「みなさん、とにかく仕事にとりかかりましょ。
情報収集は桃騎士と黒騎士、各国各機関との折衝は黄緑で頼むわよ」
「「だから黄緑って言うな!」」
◇
大人たちは、どんな気持ちであんな年になるまで生きてるんだろ?
少年は、最近そんなことをよく考える。
なぜって、毎日がとてつもなくつまらないから。
変わりばえのしない小学校での毎日。
仕事に夢中で、ほとんど家族と顔を合わさない父さん。
家にいても、スマホの画面ばかり見ている母さん。
自分だって話す相手もなく、子ども部屋にこもっている。
兄弟姉妹がいたら、少しはちがったのかな。
最近は夜中にマンションからそっと抜けだし、近くの公園に来ることがある。
だってあの部屋にいると息がつまりそうなんだ。
このままつまらない毎日が続いて、父さんや母さんのような大人になってなんの意味があるんだろう。
夜の公園、植えこみの陰に座りこみ、膝を抱えていたボクはすぐそばの茂みから聞こえてきた声に、思わず跳びあがりそうになった。
『――姫様、いえ、魔王様のおっしゃる通り、すごい勢いで魔獣が走っておりますな』
まったく理解できない言葉は、きっと外国のものだろう。
よせばいいのに、ボクは思わずそちらをふり向いてしまった。
公園の外を走る車のライトに照らされ、宙に浮く黒い円形の布とそこから生えている二つのモノが暗闇の中から浮かびあがった。
「ひっ、首、首が浮かんでる!」
黒い布にくっついた人間の頭が二つ、ぐるりと動いた。
四つの目がこちらを見ている。
あまりのことに怖くて声が出ない。体が動かない。
『変わった服をきた子どもですな』
『そうね、ゴブリンじゃないわね。
魔族の子かしら。
こんなところにいて魔獣に襲われるといけないから、なんとかしてやって、ベルガ』
『かしこまりました』
二つの首は、ボクが理解できない言葉で会話しているようだった。
そして――
大きな方の首が黒い布からにょきっと出てきた。
首だけじゃなくて、体もあったのか!
それにしても大きい!
この人ってプロレスラー、いや、これって人間じゃない!?
だって身長が三メートルはありそう。
でも、いくらなんでも大きすぎない?
動けずにいたボクは、大男が伸ばしてきた丸太のような腕にぐいっと抱えあげられ、ふっと意識が遠のいた。
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