第32話 落日と帰還(上)
ブレイバス帝国の城へシローが乗りこんだ事件は、ギルドの通信網を通じ、あっという間にパンゲア世界の国々へ広まった。
すでに『神樹同盟』に参加していたいくつかの国は、すぐさま英雄シローの行為に賛同した。
一方、奴隷制度を敷いている国、特に獣人を差別している国は、いつ自分の国が潰されるか戦々恐々とするはめとなった。
そんな国では、奴隷制と獣人差別を撤廃する動きが始まった。最初は消極的だった各国の貴族たちも、旧ブレイバス帝国領に派遣した調査団から詳しい報告を受けとると、一転して奴隷制と差別を廃する方向へ意見を変えた。
権力を持ち、享受しているからこそ、それを失う事態を恐れたらしい。
こうした国々は、改めて『神樹同盟』への参加を打診してきた。
同盟の中心である、アリスト王国とマスケドニア王国では、それらの国々を受けいれる方向で話が進んでいる。
ブレイバス帝国に囚われていた虎人族は全て解放されたが、老齢の獣人は一人として見つからなかった。生殖機能を失った獣人たちは、その全員が人知れず「処分」されていたのだ。
ブレイバスの貴族たちは、シローが示した二つ目の案、国の運営を『神樹同盟』にゆだねることを選んだ。
一つ目の案を選んだら、何世代にもわたって虐待してきた虎人が高い地位に就くことになる。そうなった時、自分たちがどんな目にあうか心の底から恐れたのだ。
『皇帝の尻尾』として働かされていた虎人族の少年少女は、とりあえずシローの家に引きとられることとなった。
◇
芝に似た草が敷きつめられた『くつろぎの家』、その広い庭では、子供たちの明るい声が響いていた。
「ナルちゃん、メルちゃん、もっとゆっくり走って~!」
「えー?
ゆっくり走ってるよー」
「そうだよー」
サッカーコートの二倍はありそうな広い庭で、虎人の子供たちとナル、メルが鬼ごっこをしている。
凄腕の暗殺者として鍛えあげられた虎人の子供たちだが、ナルとメルにかかると翻弄されっぱなしである。
今では全員が「鬼」となり、ナルとメルを捕まえようと追いかけているが、二人は笑いながら蝶のようにひらひらと身をかわしている。
「【身体強化】や【隠密】のスキルも使ってるのに!
どうして捕まえられないの?!」
持久力がなによりの自慢である虎人の少女が、疲れはてて草の上に座りこむ。
鬼ごっこは、それからしばらく続いたが、鬼の半数ほどが追うのを諦めたところで、母屋からコルナの声がかかった。
「みなさーん、ごはんですよー。
お昼は、バーベキューだよ。
みんなも用意を手伝ってね」
「「わーい、おニクー!」」
ナルとメルは歓声を上げたが、虎人の子供たちは、お互いに顔を見あわせてもじもじしている。
ナルとメルがそんな彼らの手を引き、母屋横に設けられた、屋根つきのバーベキュー場まで案内する。
「ここでジューってするんだよー」
「するんだよー」
煉瓦造りのバーベキュー台には、背の低いナルとメル用に足場まで用意されている。
二人は台の下から炭を取りだすと、慣れた手つきでそれをコンロに並べて見せる。
見よう見まねで、虎人の少年少女がそれを手伝う。
コンロ脇に食材を載せる木の台を組みたてると準備完了だ。
「火を点けるよー!」
魔術が得意なメルが、手から火を飛ばす。
「む、無詠唱!」
「メルちゃん、凄いね!」
「火魔術が使えるの?」
みんなにはやし立てられ、メルはまんざらでもない顔だ。
そこへ肉や野菜を載せた大皿を持ったコリーダが出てくる。
その足元をウリ坊のコリンがちょこちょこついてくる。
「まあ、上手に準備できたわね」
彼女に声をかけられ、虎人の少年たちは、顔を赤らめ目を伏せている。
褐色の肌を持つエルフは、茶色のワンピースに白いエプロンというさりげない服装だが、それほど美しい女性を初めて目にする少年たちにとっては、あまりにまぶしすぎた。
「はーい、これ、みんなの取り皿だよ。
それぞれ一枚づつだから。
お肉はこのトングで焼いてね」
母屋から小柄なコルナが出てくると、虎人の少女たちは彼女に群がった。
この家に来てから世話をしてもらっているうえ、同じ獣人ということもあり、気兼ねがないのだろう。
「お肉には味がついてるから、焼いたらそのまま食べてね」
ルルが子供たちに微笑む。
つけ汁は慣れていないと服を汚すかもしれないから、その配慮をしたようだ。
「ジュースはここにあるから、好きなだけ飲んでね」
木の台には、ジュースを満たしたピッチャーとコップが並べられた。
「ふわ~、お早う」
最後に母屋から出てきたのは、寝癖がついた髪の毛を立てたシローだ。
胸に白いふわふわ魔獣キューを抱いている。
「シローさん、二度寝しましたね?」
問いかけるルルの声が冷たい。
「キューちゃんを抱いてたら、知らないうちに寝ちゃってたんだ。
まるで睡眠薬みたいだね、この子」
そんなシローに、コルナがすかさず突っこむ。
「お兄ちゃんは、午前中にキューちゃんを抱っこするの禁止だよ」
「えー?」
「「「えーじゃ、ありません(ないわ)(ないよ)!」」」
ルル、コリーダ、コルナの声が揃う。
それを見て、ナル、メル、虎人の子供たちが声を上げて笑った。
「と、とにかくいただきますしようか……」
「仕方ないですね。
では、みんなお皿とフォークを持ったかな?
いただきます」
「「「いただきまーす!」
ルルの言葉でバーベキューが始まった。
◇
シロー邸には、母屋である『くつろぎの家』の向かいに、庭をはさんで来客用の別邸『やすらぎの家』がある。
虎人の子供たちは、こちらに宿泊していた。
彼らには数人ずつ三部屋が割あてられているが、今は全員がその一室に集まっていた。
「あー、ホント美味しかったなー!」
「私、あんなに美味しいお肉なんか初めて食べたよ」
「ボクも初めてだよ。
だいたい、お肉なんてほとんど食べたことなかったし」
「そうだよね、毎回スープみたいなのとパンだけだったから」
「それより、ベッドのふかふかが凄くなかった?」
「雲に乗ったらあんな感じなのかな?」
「オレなんて横になったらすぐ寝ちゃったから損した気分だよ」
緩みきった顔で話しあっていた彼らだが、一人の少女が次のように発言すると、みんな不安げな表情となった。
「だけど、私たち、これからどうなるのかしら……」
ここに来てからの待遇が信じられないくらい良いからこそ、彼らは行く先が見えない将来が心細かった。
「ああ、それだけど……」
全員の視線が、話しはじめた年長の少女に向けられる。
「ばーべきゅ?
あれしてる時、これからのことをシローさんに尋ねてみたの」
「そ、それで、シローさんはなんて言ってたの?」
「いくつかの中から選べって」
「どういうこと?」
「シローさんがいろいろ見せてくれるそうよ。
これからどうするか、その中から選ぶんだって」
「選べって言われてもね……」
物覚えがついてからこちら、命令通り動くことを徹底されてきた彼らだ。
急に自分で選べと言われても戸惑うのが当たり前だ。
「とにかく、まずいろいろ見せてもらってから考えない?
ここで考えても決まるはずないよ」
年長の少女がそう結論づけた。
「そうだね」
「だけど、ばーべきゅがまた食べられる仕事がいいなあ」
「ボクもアレまた食べたい!」
「でも、今日はもう食べたから、次は明日だね」
「それが、ナルちゃんによると、一日三回食べるらしいよ」
「三回!
ホントなの、それ?」
過酷な訓練漬けの毎日しかなかった彼らには、そんな普通が信じられなかった。
「それより、メルちゃんが、夕方になったら一緒に『さんぽ』しようって言ってたよ」
「へえ、『さんぽ』ってなんだろう?」
「動物たちと一緒に街を歩くんだって」
「えっ!?
街を歩くの?」
「そうだよ。
私たち、もうフード無しで街を歩いてもいいんだって」
「……本当かな?」
「キューちゃんやコリンちゃんと一緒に歩くのかな」
「私もあんな友達が欲しいなあ」
「さんぽ、楽しみだなあ」
「ボクは夕方のご飯の方がもっと楽しみだけどね」
身心ともに自由となった少年少女たち。彼らのおしゃべりは、いつ果てるとなく続くのだった。
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