第31話 ただそれだけの理由(後)


 ブレイバス帝国の帝城、急きょ集められたこの国の上級貴族たちが一堂に会していた。

 場所は、玉座が置かれた大広間である。

 貴族たちが着ているのは、民衆のものとくらべけた違いに上質な布地で仕立てられた、きらびやかな礼服だ。

 初め静かだった広間が、いまではざわついている。

 静粛にすべき場のはずだが、不審な状況にさらされ貴族たちが不安の声をもらしているのだ。


 それというのも、いつもなら宰相の仕切りで始まる謁見が、なかなか始まらないからだ。

 玉座には、ぼうっとした顔つきの皇帝陛下が座っているのに、その側に宰相の姿が見られない。

 なにより、玉座の周囲を守るべき騎士たちが一人もいない。 

 そして、次に起きたことを目にして、貴族たちの戸惑いはさらに増した。


 玉座の奥にある扉が開き、頭に茶色い布を巻いた青年が現れたのだ。

 彼に続き、黒いローブを着て顔をフードで隠した十人ほどが広間へと入ってくる。

 白い獣を肩に乗せた青年が近づくと、皇帝は玉座からのろのろと立ちあがり階段を降りると、本来謁見を受ける立場の者がひかえるべき場所に両膝を着いた。

 あまりの出来事に、ようやく貴族たちから大きな声が上がった。

  

「へ、陛下!

 いったいどうなされたので!?」

「そやつらは何者です?」

「おい、誰かあやつらを取りおさえよ!」


 だが、なぜか皇帝はひざまずいた姿勢を変えない。

 青年の肩に乗る白い小動物が皇帝の精神を支配していることなど、貴族たちには想像すらできなかった。

 そして、青年がさっと手を横に振ると、玉座の後ろで横一列に並んでいた黒ローブたちがフードを外した。


「「「獣人!」」」


 貴族たちの声がそろう。

 皇帝が街へ出た時のいきさつなど知らない貴族たちは、ただただ驚愕したのだ。


「なぜこのような場に卑しき者どもが――」


 貴族たちの列から一人の貴族が前へ出ると、獣人の少年少女へ侮蔑をぶつけようとした。しかし、途中で言葉を失った。

 言葉を続けようにも、なぜか口が動かないのだ。いや、口だけでなく体がピクリとも動かない。

 彼らの体は【点魔法】によって完全に支配されていた。

    

「ブレイバス帝国の貴族諸君、君たちには、二つの道がある」


 どこか眠そうな表情の青年は、その声ものんびりしたものだった。

 右手を貴族たちに伸ばし二本の指を立てた青年は、同じ口調で話を続けた。


「まずは一つ。

 ここにいる虎人族に権力の座を譲り、皇帝ともども諸君には平民の身分となる道だ」


 貴族たちの顔が、一斉に赤く染まった。体が動かないため気持ちを言葉には出せないが、彼らが怒り狂っているのは一目瞭然だった。

 そんなことなど全く無視して、青年が次の提案をする。

 

「もう一つは、帝国を解体し、その領土は『神樹同盟』の管理下におく道だ」


 青年が残っていた指を折ったので、その拳を貴族たちへ向け突きだした形となった。


「さあ、二つのうちどちらか選んでもらおう」


 その言葉を合図に、貴族たちの口に自由が戻った。


「虎人が皇帝だと!?

 なにをふざけたことを!」

「いったいお前は何者だ!」

「たわけたことを申すな!」


 それを聞いた青年は、あいかわらずのんびりした口調でこう言った。


「たわけたこと?

 この国は、虎人である初代皇帝が建てたものだ。

 彼に連なる虎人が皇帝になるのは、しごく当然だろう?」


「な、なんだと!?」

「そんなはずなかろう!

 初代皇帝は伝説の勇者だぞ!」

「誰かこの乱心者を早う捕らえんか!」


 貴族たちが青年をののしるのも当り前だ。どちらの選択肢を選んでも、彼らは権力の座から転げおちることになるのだから。それに彼らは、つい先ほど大通りで上映された歴史上の真実を目にしていなかった。

 貴族からの罵声を耳にしても、青年の表情はこれっぽっちも変わらなかった。


「初代皇帝のことは、こいつから説明してもらおう。

 おい、ブレイバス七世、なにも知らないこいつらに真実を教えてやれ」


 青年の言葉を受け、ひざまずいていた皇帝がのろのろと立ちあがる。

 背後、つまり貴族たちの方へふり向いた皇帝がゆっくり話しだす。


「我が国の初代皇帝は虎人であった」 


 自分たちが仕えてきた皇帝から直に真実を知らされた貴族たちは、それぞれが勝手に叫びだした。


「ひいい、ば、馬鹿な!」

「そんなはずございませんぞ!

 陛下、どうかご乱心めされるな!」

「へ、陛下は虎人の血を引いておられるのか?」


 それぞれ言葉は違うが、貴族たちはこれ以上ないほどうろたえていた。

 皇帝の心は白猫(ブラン)によってコントロールされているのだが、貴族たちにはそんなこと分かるはずもない。


「やかましい」


 貴族たちの喧騒を止めたのは、青年の静かな、しかし氷のように冷たい一言だった。

 いや、青年の平凡な顔つきからいきなり現れた、この世のものとは思えない美貌に見とれたからかもしれない。

  

「ど、どうして、どうしてこの国にそのような無理難題を押しつけるのだ?」


 なんとか一人冷静を保っていた、宮廷魔術師長が、やっとそれだけを言葉にした。

 天上の美を体現した青年は、後ろに立つ獣人の少年に近づくと、その頭を優しく撫でた。


「お前たちがこの子らをイジメたからだ」


「「「はあっ!?」」」


 国を亡ぼすにしてはあまりな理由に、思わず貴族たちから声が洩れる。


「もう一度だけ聞かせてやろう。

 ブレイバス帝国が滅びるのは、国がこの子らにひどい扱いをしたからだ」


「「「……」」」


 あまりのことに、貴族たちは声もない。

 

「た、たったそれだけの理由で、栄えある帝国を――」


 先ほど問いかけた宮廷魔術師が、やっとそれだけの言葉をはきだした。

 

「その通りだよ。

 国が亡びるのなんて、ただそれだけの理由で十分だろ」

 

 再び茫洋とした表情に戻った青年が、パチンと指を鳴らす。

 広間を飾っていた装飾品や絨毯、果ては宝石が散りばめられた玉座まで一瞬で姿を消した。

 広間は石造りの壁や床がむき出しとなり、寒々しいものとなった。

 豪奢な洋服だけでなく靴まで消え、下着だけとなった男たちは震えながら身をすくめた。


「じゃあ、さっきの二案だけど、どっちにするか早く決めてよ。

 夕ご飯に間に合わないと、うちのみんなは機嫌が悪いんだ」


 貴族たちからは、しわぶき一つ聞こえなかった。


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