第28話 暗殺者の歴史

 点ちゃんから『くつろぎの家』が襲われたと聞いた俺は、とるものもとりあえず獣人世界にあるケーナイの街からパンゲア世界のアリスト王国へセルフポータルで転移した。

 家が襲われたと聞いたからだろう、肩に乗る白猫ブランもいつになく落ちつきがない。


「シロー、おかえりなさい!」

「おかえりー」

「お帰り、待ってたわ」

 

 草の葉に朝露が敷かれた庭から『くつろぎの家』に入ると、ルル、コルナ、コリーダが迎えてくれる。

 

「よかった。

 三人とも、無事だったんだね」


 あらかじめ点ちゃんから家族は無事だと聞いていたが、やはりこの目で見るまでは安心できないよね。


「ナルとメルは?」

  

「二人ともまだ起こさず寝かせてあるわ」


「クロちゃんがそうして欲しいって」


 コリーダとコルナから説明を受ける。

 小竜クロのことだ、実の娘たちを守ろうと、さぞや気を張ったにちがいない。

 

「で、捕まえたヤツらはどこにいるの?」


飼料塔サイロの地下で、スライムさんたちが見はってるわ」


「そう。

 じゃ、ちょっと見てくるね。

 朝食の用意をしておいてくれる?」


「ええ、襲撃者は……とにかく見てもらった方が早いわね」


 ルルにしては珍しく歯切れが悪い。

 襲撃者にケガでも負わせたのだろうか。



 ◇


 サイロ下の地下室は、東の隣国モスナート帝国から連れてきた暴食スライムたちが棲みかとしている。このスライム、薄暗いところを好む性質がある。

 サイロ一階から螺旋階段を通り地下へ降りる。

 降りてすぐの壁に小さな『枯れクズ』を灯りとして置いているだけなので、小さな体育館ほどもある地下室の奥は暗闇に包まれている。

 

 地下に降りてきた俺に気づいたスライムたちが、闇の中から姿を現す。

 なんか、連れてきたときより数が増えてるんだよね。

 スライムたち、倍くらいになってるかもしれない。


「みんな、悪い人を捕まえてくれてありがとう。

 その人たちをここへ連れてきてくれるかな」


 声を掛けると、スライムたちがぴょんぴょん跳ね、地下室奥の暗闇から押しだされるように、黒い塊がいくつか現れた。

 スライムたちが頭の上にのせ運んでいるそれは、よく見ると人間だった。

 全員が漆黒のローブをまとっていた。

 一、二、三、……十人か。個人の家を襲撃するには、ちょっと人数が多いな。

 

「みんな、そいつらから俺の家族を守ってくれてありがとう」


 スライムたちは、みんなぴょんぴょん跳ねている。どうやら、声を掛けられたのが嬉しいようだ。

 足元に横たわる人物から黒ローブを剥ぎとる。


「なんだ、やけに小さいな」


 気を失っているのか。

 しかし、こりゃ獣人の子供だな。

 耳と尻尾の形からして猫人族かな?


「(*'▽') ご主人様~、虎人族の子供だよー」      

 

 さすが点ちゃん。どうやって分析したんだろう。

 しかし、虎人族となると、子供にしてもやけに小柄だなあ。 

 

「ブラン、この子たちの記憶をスキャンできるかな?」


「みゅい(できるよー)」


 白猫が、俺の肩からぴょんと床へ降りる。

 彼女は前足を伸ばすと、小さなピンクの肉球で意識のない子供の額に触れた。

 すると、頭の中にその子の記憶らしきものが浮かびあがってきた。



 *


「三番、頭を上げるな!

 七番、音を立てるなと言っただろうが!」


 うつぶせの姿勢で前へ進む。

 荒れた地面であごや手のひらが傷つくが、とにかく手足を動かす。

 

「よし、低い姿勢で立て!

 二番、頭を上げすぎだ、この馬鹿が!」


 砂を入れた皮袋で、二番が殴られる。

 当たりどころが悪かったのか、倒れた二番はそのまま動かなかった。


「くそっ、まったくこの役立たずが!」


 ごつい軍靴が二番を蹴る。

 小さな体は軽々と飛び、ごろんと地面に転がった。

 そんな仲間を思いやる余裕さえない。

 照りつける太陽が喉の渇きをかきたて、空腹と疲労で足がぷるぷると震える。

 支給された黒いローブは熱がこもり、疲れきった体を容赦なく締めつける。

 隣の九番がぱたりと倒れる。


「きさま!

 誰が倒れていいと言った!」


 訓練官とは名ばかりの無法者が、動かない九番の体を何度も踏みつけた。


「そんなことで、お国のために働けるか!

 お前は、栄光あるブレイバス帝国の一員なのだぞ!」


「がははは、おいおい、こんな獣なんぞが仲間なんて俺はごめんだぜ」

  

「そりゃそうだな、あははは」 


 朦朧もうろうとする意識の中、どこか遠くでそんな言葉が聞こえてきた。



 *


 砂漠地帯と荒野の間に位置するこの駐屯地は、昼間は暑く夜は冷えこむ。

 すえた汗のにおいがこもる、灯りのない小屋の中で、むき出しの地面に横たわる。

 暖をとるには、凍えた体を仲間と寄せあうしかない。

 昼間あれほど恨めしかったローブが、今ではありがたい。

 

「おい、訓練の時間だ!」


 小屋の外で訓練官が叫んでいる。

 これから夜間訓練が始まるのだ。

 顔を上げ、小屋の中を見まわす。

 仲間たちがよろよろと立ちあがる。

 この駐屯地に着いたときにくらべ、その数は半分まで減っていた。



 *


 生まれて初めてきらきらした軍服を身に着け、訓練地の中央にある広場に並ばされた。

 もう仲間は十五人しかいなかった。


「気をつけ!」


 見慣れない軍人が、ぴんとした姿勢で号令をかける。

 鞍に飾りがついた、やけに大きな馬が広場に入ってくる。

 鎧姿の騎士たちが、足並みを揃えてその後に続く。

  

「陛下のおん前である!

 ひざまずけ!」


 訓練で叩きこまれているから、体が勝手に動き膝を着く。

  

「大儀である」


 きらびやかな飾りをまっ白な服の胸や肩につけた男の人が、馬にまたがったまま声を掛けてきた。


「礼!」


 軍人の声で胸が膝につくほど頭を下げる。

 着飾った人と騎士たちは、そのまま通りすぎていった。


「あのお方が、お前たちがお仕えする、皇帝陛下であらせられるぞ」 

 

 このとき耳にした言葉で、初めて自分が生かされている「理由」を知った。

 

 

 ◇


 少年の記憶から解放され、俺は思わず深く息をついた。

 ブレイバス帝国か。

 幼い獣人たちを、ああやって暗殺者に仕立てていったわけか。

 こりゃ、どうやら久しぶりに点ちゃんと二人で働かなきゃいけないらしい。

 そういうことだから、頼りにしてるよ、点ちゃん。


「(^▽^)/ わーい、ご主人様と一緒に遊べる!」


 そうだね、今回は、思いっきり遊ぶかな。


「(^▽^)/ やったー!」

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