第4話 黒蜂蜜の活用法


 家族を天空に浮く天竜国に残し、リーヴァスさんと俺は竜人の国へと降りてきた。

 リーヴァスさんは新設間もないドラゴニアの冒険者ギルドへ、俺はポンポコ商会の支店へと向かう。

 大人気のクッキーを買うために並んだ竜人たちの列を抜け、支店の横開きの扉を引いたとたん中から声がかかった。


「シロー兄ちゃん!」


 俺の手を取り、店の中へ引っぱりこんだのは青髪の少女イオだった。

 以前ナルとメルがプレゼントした、青いワンピースを着ている。

 初めて会ったときは、小学校高学年くらいに見えたが、もう確実に中学生くらいだろう。

 ふくらみかけた胸と、女性らしい柔らかさが出てきた表情に、思わずドキリとしてしまう。


「イオ、元気かい?

 ネアさんは?」


「今は買いつけに出てるよ。

 それより、あの新しい家、すっごく住みやすいよ!」


「そうか。

 『希望の家』、気に入ってもらえたみたいだね」


「もう最高!

 お日様が出てたら毎日プールで泳いでる」


 あの家、三階のオープンテラスにプールがあるからね。


「お風呂の調子はどう?」


「すっごく気持ちいいよ!

 あのブクブク泡が出るのが好き!」


 ジャグジーバスは、どの世界でも人気だね。


『(^▽^)/ イオちゃん、おひさー!』

 

「あ、点ちゃん!

 元気にしてた?

 お兄ちゃんのお世話は大変でしょ?」


『(;^ω^) そうそう、大変なんですよ』


「おいおい、点ちゃん、なにが大変なんだよ!」


「あら、シローさん、どうしました?

 そんなに大きな声を出して」


 おっとりした声で言いながら、引き戸を開け入ってきたのは、イオの母親ネアさんだ。

 青竜族独特の青い髪、青みがかった肌が深緑色のドレスに映えている。

 すらりとしたその姿は、以前会った時より、むしろ若く見えた。 


「お母さん、お帰りー!

 今、お兄ちゃんや点ちゃんとおしゃべりしてたところ」


「そう、よかったわね。

 シローさん、ご家族は?」


「後でここに寄るかもしれませんが、今は俺だけです。

 リーヴァスさんは、ギルドへ行ってます。

 明日までは、向こうへいると思いますよ」


 ネアさんはリーヴァスさんのことが気になってるみたいだから、その情報を伝えておく。


「そ、そうですか。

 そういえば、ギルマスのリニアさんに渡すものがありました。

 私、ちょっとギルドまで行ってきますね」


 そんなことを言っているが、そわそわした身振りでリーヴァスさんに会いたい気持ちがバレバレだ。


「じゃあ、店は副支店長さんたちに任せて、俺も蜂蜜を取りに行くかな」


 その方が、ネアさんも出かけるのに気兼ねしないだろうからね。


「賛成!

 イオも一緒に行っていいでしょ?」


「いいよ。

 きちんと防護服を着るんだよ」


「はーい!」


 こうして、イオと俺は、森へ蜂蜜採取に出かけることになった。


 ◇

 

 俺とイオが向かったのは、『黒蜂蜜』を生みだす巨大蜂の巣だ。

 それは誰も来ない森の奥にある、天をつく土の塔だ。

 四階建てのビルほどある円錐形の塔は、その周囲を人の背ほどの石柱群が取りかこんでいる。

 この石柱は、蜂蜜を狙う熊を近づけないため、以前ここに来たとき俺が土魔術で造ったものだ。


「何度か四つ手よつで熊が私を襲ってきたことがあるんだけど、ハッチーたちが助けてくれたんだよ」


 イオが青い防護服の面をはね上げ、そう教えてくれる。


「ハッチー?」


「あの巣に住んでる蜂のみんな」


「ああ、なるほどね」


「あっ!

 来たよ!

 今日はラムとポムだね」


 巣から飛びたった蜂が二匹、こちらに向かってくる。

 驚いたことに、イオは蜂たちを見分けられるようだ。


「じゃあ、空き瓶を一つだけ渡してくれる」  


「え?

 でも、二匹来てるよ?」


「一匹には、これを運んでもらうんだ」


 点収納から俺が取りだしたのは、四方に取っ手が着いた円柱だった。

 取っ手がなければ、円柱形の水筒にそっくりだ。

 それと空きびんを足元に置き、イオと俺は少し下がった。

 大きな羽音を立て飛んできた二匹の蜂が、地上に置いたびんと円柱を足で抱え巣に飛びかえった。

 黄色に黒い縞模様の小型犬ほどもある蜂は、近くで見ると迫力満点だ。


『シロー、来たのか?』

 

 二匹が巣に帰った後、しばらくして念話を伝えてきたのは、巣の地下深くに棲む超巨大な女王蜂だ。


『ああ、久しぶりだね』


『お主が造ってくれた石柱のおかげで四つ手よつで熊が襲ってこなくなった。

 感謝するぞ』


『いや、気にしなくていいよ。

 俺たちは蜂蜜をもらっているからな』


『ところで、今、ウチの者が持ってきたもの、一つはいつもの入れ物だが、もう一つのこれはなんだ?』


『ああ、俺んところで新しく作った薬だ』


『クスリ?

 それはなんだ?』


『病気やケガをしたとき、飲んでそれを癒すためのものだ』


『ほう、我らにも効くのか?』


『君たちに似た小型のお仲間でもう試したが、効果があったぞ。

 ただ、どうなるかは分からないから、本当に命の危険がある者だけに飲ませるといい』


『……それほどのものか。

 命が消えかけているものがいるので使ってみよう』


『効かないかもしれないし、危険があるかもしれない。

 それはあらかじめ知っておいてくれ』


『うむ。

 放っておいてもどうせ死ぬだけだから、それは気にせずともよいぞ。

 では、使わせてもらう』


 女王蜂の念話は、そこで途切れた。

 しばらくして飛んできた念話は、喜びに満ちていた。


『効いたぞ!

 二体とも助かった!』 


『そうか、それはよかったな』


『病にかかった幼子と出先で熊と戦いケガを負った兵隊、両方元気になったぞ。

 本当に感謝する』


『ははは、気にするな。

 実はその薬、効果を高めるために、君からもらった蜂蜜を混ぜている。

 だから、どうしても君たちに渡したくてね』


 今回女王蜂に渡したのは、『ポンポコ商会』が開発中の『神薬』だ。

 開発は『獣人世界』ケーナイの街にあるウチの支店でおこなっている。

 彼女がくれる『黒蜂蜜』を従来の『神薬』と混ぜることで、薬効が高まることが判明したのだ。


『また世話になったな。

 渡す蜂蜜の量を増やすぞ』 


『いや、それは今まで通りでかまわない。

 その替わり、イオが来たら森から出るまで護衛してやってくれ』


『ああ、喜んでそうしよう、友よ』


『頼むぞ』


 念話が終わると、もう空が茜色あかねいろに染まりかけていた。

 暗くなる前に森を出なければ、夜行性の魔獣に襲われることになりかねない。

 再び巣から飛んできた巨大蜂から、蜂蜜で満たされたビンを受けとると、俺たちは瞬間移動で『ポンポコ商会』まで戻るのだった。

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