第48話 砂漠のプリンスと次の仕事
シロー君がアリスト王国のある『パンゲア世界』へ帰る日が来た。
その日の夕方、私たちは彼のために送別会を開くことにした。
シロー君はちょくちょくこちらの世界に帰ってきているから、いつもは送別会などしないのだが、今回はアリスト滞在中にずい分お世話になったこともあって、お礼の意味も込めて開くことにしたのだ。
機会があれば騒ぎたい、プリンスの騎士たち五人の後押しもあったのだけど。
送別会は、いつものごとくカフェ『ホワイトローズ』を貸りきっておこなう。
シロー君の関係者が何人か、ゲストで招かれている。誰が来るのか、まだ知らされてないのでちょっと怖い。
以前の集まりでは、話しかけてきたおじさんが、アメリカ大統領だったりしたからね。
夕方五時には、私たち『異世界通信社』の三人と、『プリンスの騎士』五人、合わせて八人がすでにカフェに集まっていた。
テーブルの長い辺を二つくっつけ、正方形に近い形にしたその周りにソファーと椅子を置き、それに座って主役の登場を待った。
お気に入りの飲み物を手に、仕事や異世界の話をしていると、あっという間に約束の六時が来た。
空けていたスペースに、瞬間移動で現れたシロー君は、頭に茶色の布を巻き、カーキ色の上下といういつもの格好だ。その肩には、例のごとく白い子猫が載っていた。
彼は横にもう一人、見知らぬ男性を連れていた。
「こんにちは、いや、こんばんはか」
「シローちゃん、いらっしゃい!」
「「こんばんは、リーダー!」」
「歓迎!」
「愛の歓迎魔法、ぷるるる~ん♪」
騎士であり『ポンポコ商会』の社員である五人が、口々に挨拶する。
「シローさん、ようこそ」
「食事、気に入ってもらえるといいんですが」
「シロー君、こんばんは」
私たち『異世界通信社』の三人も、それぞれ挨拶を済ませる。
「ええと、こちら、アブル=アクバルさんです。
頭に白い布を被った二十代半ばだろう男性は、その顔に中東に住む人の特徴が見てとれた。
「初めまして、アブル=アクバルです。
私のことは、アブルと呼んでください」
「彼はある国の皇太子でね。
オークションで水の魔道具を落札なさった方だよ」
「「「おお!」」」
シロー君の言葉で、騎士たちはアブルに尊敬の目を向けた。彼らはオークションでの顛末を知ってるからね。
「水の魔道具、私たち砂漠の民にとってそれが何を意味するか分かってくださるでしょう。
シローの話では、アフリカにある『エミリー研究所』で、砂漠緑化についても研究なさってくれているとのこと。
この度、みなさんと得難いご縁ができ、まことに心強く思っています」
王族にしては、腰の低い人物らしい。
彼の言葉は流暢な英語だったので、きっと欧米に留学した経験があるのだろう。
「彼には、多言語理解の指輪を渡しておくから、みなさん、気兼ねなく話しかけてあげてください」
シロー君の言葉に続き、白騎士が乾杯の音頭をとり、送別会が始まった。
◇
「シロー君、そういえば、今日、新しい仕事について発表があるって言ってたわよね」
シロー君の隣が空いた隙に、すかさずそこへ腰を下ろした私は、彼にそう尋ねてみた。
「ええ、後できちんとお話するつもりだったんが、一つ仕事を増やすつもりです」
「なんなの仕事って?」
シロー君は口をナプキンで拭くと、彼には珍しく居住まいを正して話しはじめた。
「学校や孤児院の設立です。
主に貧困層を対象とした仕事になります」
「へえ、今までの仕事にくらべると、ずい分まともね」
「いや、今までの仕事も、十分まともなんですが……」
「だって百円ショップで買ったものを三百万とかで売ってるんでしょう?
どんだけボロ儲けするつもりなの」
「ええ、儲けますよー!」
「なんで、そこで胸を張るかなあ」
「だって、それで設けたお金が、学校や孤児院の建設、運営を支えるわけですから。
儲けられるだけ儲けますよ、俺は」
「……ま、まあ、それはいいけど。
いや、いいんだよね?」
「俺に尋ねられても……。
柳井さん、くれぐれも、話したことは外に洩らさないようにしてくださいよ」
「洩らさないわよ!
そんなことしたら、大事になっちゃうじゃない!」
カフェ『ホワイトローズ』が、報道陣に十重二十重に囲まれるイメージが浮かんだ。
ダメ! 絶対にダメ!
◇
シロー君と話したことで精神的に疲れきった私が、ソファーの隅でだらんとしていると、隣では砂漠のプリンスと黄騎士、緑騎士の姉妹がアラビア語で会話していた。
三人とも、シロー君に貸してもらった多言語理解の指輪は外している。
「ほう!
お二方は、異世界に行ったことがあるのですね?」
「「はい、あります!」」
「どちらの世界に?
異世界はどうでしたか?」
質問に対し、二人が続けて答えた。
「私たちが行ったのは、『パンゲア』って世界です。
シローさんが住んでる世界ですね」
「そうそう、柳井さんたちは、最近そこへ行ったんですよ?」
緑騎士が私を指さしたので、アブルさんは、私に話しかけてきた。
「ほう、あなたも異世界に?」
ソファーにもたれかかっていた私は、慌てて座りなおす。
「は、はい、殿下、最近まで行っておりました」
「ははは、殿下はやめてください。
アブルでお願いします」
「は、はい、分かりました、アブルさん」
「しかし、あなた方は幸せですな。
あんな人物の下で働けて」
「ええと、アブルさんは、シロー君の、いえ、シローのことをご存じなんですか?」
「ええ、以前参加していた国際会議に、『初めの四人』が突然現れまして。
最初は異世界のことも信じていなかったので、戸惑いもしましたし、ひどく驚きもしました。
けれど、シローの演説を聞いて、感銘を受けたんです」
「へえ、彼、どんな演説をしたんですか?」
「エネルギー革命に繋がる技術を提供するという主旨でしたが、先進各国に釘を刺してくれたんです」
「釘を刺す?」
「先進国が、今までダブルスタンダードを使い、いわゆる後進国を散々苦しめてきたことを指摘したあと、以後そういう対応をする国には、先ほどの技術提供をしないと、堂々と宣言したんです。
それと聞いて胸が熱くなりましてね。
いつか直接会って話をしたいと考えてたんですよ」
「じゃあ、オークションに参加なさったのも?」
「いえ、あれは、水の魔道具が国のため役にたつと思ったからです。
その結果として、念願かなってファーストネームで呼びあえる仲になりました。
いやあ、あれは安い買いものでした」
安いって、十億ですよ、十億!
お金ってあるところには、あるんだね。
「そういえば、ここから『白神酒造』は近いそうですね。
父は、あそこの『フェアリスの涙』が好きで、いつも飲んでるんですよ」
それって、グラス一杯三百万とかのお酒だよ。
彼の父なら、国王だろうから、そんなものなんだろうか。
どうも釈然としないわね。
でも、その儲けが学校や孤児院として形となるなら納得できるかな。
◇
送別会は、最後にシロー君から学校、孤児院の設立に向けて準備すべきことを告げられた後、お開きとなった。
彼はアブルさんと二人、瞬間移動で消えた。
シロー君は、アブルさんを『白神酒造』に送ってから、彼が住む世界へ帰るそうだ。
みんなで手分けして片づけをした後、ガランとしたカフェには、私だけが残っていた。
いつもシロー君が座るカウンター席に着き、自分で注いだ生ビールに口をつける。
いつもは爽やかに感じるその味は、妙に苦く感じられた。
シロー君のことは、もうあきらめたはずなのに、やっぱりまだ心のどこかにわだかまりが残っているのかもしれない。
「ふう……」
誰も聞いてないと思ってついた、ため息は、すぐに明るい声で返された。
「社長、その年でため息なんて、早く老けこみますよ」
パントリーから後藤が顔を出す。
「そうですよ。
それに異世界取材の記事、社長の割りあてもあるんですからね」
遠藤も後藤の後ろから現れた。
「今は、仕事の話なんて聞きたくないな」
「じゃあ、次の異世界旅行の計画立てましょうか」
「後藤、まだ帰ってきたばかりだよ」
「だって、俺、まだ取材したいこと山ほどありますもん」
「どうせ、キャロさんに会いたいだけでしょう?」
「そ、そ、そんなことないですよ!
俺は、社長一筋……あっ!」
「やれやれ、後藤さん、とうとうやっちゃいましたねえ。
そういうことなら、俺はそろそろ失礼するかな」
「「待って!」」
帰ろうとする遠藤を後藤と私が同時に呼びとめる。
「しょうがないわね。
次の異世界旅行の話をしましょうか」
しょうがないから、そう申しでる。
「いいですね!」
「そうこなくちゃ!」
目を輝かせる二人と、地下にあるオフィスへと向かう。
この仕事に就いてる限り、ちっとも退屈しそうにないわね。
――――――――――――――――――
ポータルズ第16章『異世界通信社編』終了、第17章『神薬争奪編』に続く。
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