第33話 結婚式の取材(1) 

  


 結婚式の日が近づくと、王宮の廊下で見慣れない衣装を着た人の姿を目にすることが増えた。

 民族衣装らしい豪華な服を着た人たちは、それぞれ護衛らしき騎士や従者をひき連れていたから、きっと他国から来た招待客なのだろう。

 遠藤が撮影に挑んだが、ことごとく断られている。

 王宮内ということで、私たちもそれなりの格好はしているのだが、さすがに各国の要人にくらべると、みすぼらしいものだ。


 私たちは可能な限り王宮で働く人たちに取材しようとしたが、結婚式のことで忙しいのだろう、こちらも断られることが多かった。

 このままでは、十分な取材ができない。

 そうだ、みんなが忙しそうな中、暇そうな人がいたわね。


「柳井さん、お話ってなんなの?」

 

 私たちが当てがわれた続き部屋にやってきた加藤君は、さっそくソファーでくつろぐと、遠藤がいれたお茶を飲んでいる。


「それがね、みなさん結婚式で忙しいみたいで、取材がうまくいかないの」


「ああ、そりゃそうか。

 陛下の結婚式だから、そりゃ無理もないよ」   


「陛下って、みんなに尊敬されてるみたいですね」


「うん、そりゃもう。

 彼ってこの世界の名君として知られているくらいだから」   

 

「なるほど」


「そういえば、柳井さん、名刺持ってなかった?」


「ええ、持ってるわよ」


「昼前にはボーたちがアリストから着くはずだよ。

 名刺に一筆書いてもらったらどうかな?」


「そんなことで取材させてくれるかしら?」


「ああ、それは心配ない。

 アイツはかなり有名だからね」


 うーん、ホントに大丈夫かしら。


「名刺とペン出してくれる?」


「え、ええ、はい、これです」


「三枚くらいあるといいね」


「はい、じゃあ、これも」


 加藤君は、私から名刺を受けとると、その裏にサインをした。


『勇者加藤』

 

 えーっと、日本語なんだけど、これで大丈夫かしら?

 

「はい、これ。

 ボーにもサインしてもらうといいよ」


 加藤君は、名刺とペンを私に返した。


「あ、そうそう、陛下からの伝言。

 明日の夕方、結婚式の前夜祭というか、晩餐会があるからみなさんも来てね、だって」


「ええと、私たちが行ってもいいの?」


「ははは、柳井さんたちは、ボーの関係者だよ。

 いいに決まってる。

 とにかく陛下からの伝言は伝えたよ。

 あと、晩さん会には姉ちゃんも出るから」


 ようし、その場でグウの音も出ないほど、ヒロをとっちめてやる!

 

「加藤君ありがとう!

 正直、助かった」


「いや、『異世界通信社』のみなさんには、地球世界でさんざんお世話になったからね。

 これくらいお安い御用だよ」


 加藤君は、爽やかな笑顔を浮かべると立ちあがった。

 ノックの音がして、ドアの隙間からミツさんが顔を出す。


「失礼します。

 ユウ、侍従長から式で着る衣装の確認をするよう言われてるわ」


「ミツ、わざわざありがとう。

 じゃあ、俺はこれで」


 加藤君はミツさんと腕を組むと、部屋から出ていった。

 悔しいけど、お似合いの二人だわ。

 街のみんなが祝福するのも分かる気がする。

 

「勇者の上、リア充って、なんなんですかねえ」


 後藤が、憮然とした表情を浮かべている。


「あの二人の結婚も近そうですね」


 遠藤は、笑顔でそう言った。

 うーん、二十歳にならない加藤君が熱々なのに、アラサーの私が独身っていうのが納得できないけど、あれを見ちゃうとしょうがないって感じかな。

 さて、取材のためにも、まずはシロー君に会わなくちゃね。


 ◇


 廊下で侍従さんに尋ねても、シロー君のことは教えてもらえなかった。

 晩餐会まで会えないかも。

 あきらめかけていると、廊下の向こうから二人の少女が飛ぶように駆けてきた。


「ヤナイさんがいたー!」

「わーい!」


 銀髪の少女二人が私にまとわりつく。


「ナルちゃん、メルちゃん、こんにちは。

 お父さんは?」


「パーパとマンマも、もう来るよ!」


 ナルちゃんが言いおわらないうちに、廊下の角からシロー君が姿を現した。

 ルルさん、コルナさん、コリーダさんもいる。

 リーヴァス様、畑山さんや翔太君、聖女である渡辺さん、そして、驚いたことにカバ二頭の姿もあった。

 廊下をずんずん歩くピンクのカバに驚き、腰を抜かしている人もいる。


「やあ、柳井さん。

 お元気そうですね。

 お仕事はどうですか?」


 シロー君が包みこむような笑顔で話しかけてくる。

 それだけで、私は胸がいっぱいになった。


「シロー君、いえ、リーダー、船旅ご苦労様。

 少しお話したいことがあるので、後でお会いできませんか?」


「ええ、もちろんいいですよ。

 お部屋にうかがいましょうか?」


「あ、私たちの部屋、ここです」


「じゃあ、俺たちの部屋からそう離れていませんね。

 後でうかがいます」


 シロー君たちを見送っていると、肩をトントンと叩かれた。


「ヤナイちゃん、久しぶりー!」


 振りかえると、頭に三角耳を載せた、小柄な少女が立っている。


「あ、ミミさん!」


 いたずらっぽい笑みを浮かべているのは、シロー君の仲間である猫人族の少女だった。 冒険者風の格好をしている。 


「ミミ~、荷物一つくらい持ってよ」


 情けない声を上げている少年は、やはりシロー君の仲間、狸人族のポル君だった。

 両腕に三つずつ、大きなカバンをぶら下げている。


「ポル君、久しぶりだね」


「あっ、ええと、確かヤナイさん?」


「ええ、柳井です。

 君たちも結婚式に出るの?」


「ええ、出席ついでに、ギルドから参列者の護衛を依頼されているんです」


「へえ、そうなんだ」


 シロー君からは、冒険者として二人はまだまだ駆けだしだと聞いたことがある。

 その時からすれば、ずい分経験を積んだのかもしれないわね。


「私たち銀ランクだし、パーティ『ポンポコリン』ですから!」


 ミミさんが胸を張るが、『ハピィフェロー』の人たちと比べると、まだまだ冒険者としての貫禄に欠けているように思えた。

 

「あーっ、私たちの力を疑ってますね?」


 獣人だからだろうか、なんだか鋭いわね。


「疑ってないわ。

 だって、銀ランクって、凄いじゃない。

 上から二番目でしょ?」


「うん、本当は三番目だけど、黒鉄ランクは規格外だから、実質二番目だよ」


「ミミ、とにかく荷物を降ろしたいんだけど……」  


 ポル君が悲鳴じみた声を上げる。


「もう、ポン太は男でしょ!

 弱音を吐かないの!」


「だって、ずっとボクだけが――」


「では、柳井さん、また後で」


 猫人族の少女は、少年の抗議をさえぎると、シロー君たちの後を追った。

 

「では、ヤナイさん、また後で」


 小柄な狸人族の少年は、カバンを引きずりそうになりながら去っていった。


「ああいうのも『リア充』って言うのかしら」


 私は後藤たちが待つ続き部屋へ入り、ドアを閉めた。

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