第25話 マスケドニア国への取材旅行
今回の異世界取材で最大の目的、ヒロとマスケドニア国王の結婚式に出席するため、私たちは旅の準備に忙しかった。
なんでも、シロー君たちは、マスケドニアまで湖の船旅をするということで、私たちも誘われたのだが、やっぱり陸路を通って目的地まで行くことにした。
この世界の交通事情を知るためと、途中で出会うこの世界の人々を取材するためだ。
「んー、どうしても荷物が大きくなちゃう。
魔法の袋なんてないかしら」
後藤、遠藤、私の三人は、宿泊している『やすらぎの家』一階のラウンジで、出発前の打ちあわせをしているところだ。
「そういえば、この前ルルさんが腰につけてたポーチ、あれ、マジックバッグって言うらしいですよ。
見た目より大きなものが入るそうです」
「えっ、後藤、いつの間にそんなこと調べたの?
そんなバッグがあるならお土産にしたいなあ」
「安くても金貨五百枚はするそうですよ」
「ふーん、金貨五百枚ねえ……って、五億円じゃない!
さすがに手が出ないわ」
「ははは、リーダーって凄く儲けてるみたいだから、そのうち買ってもらえるかもしれませんよ」
「……まあ、買ってもらえるのは『ポンポコ商会』の方でしょうね。
異世界間貿易してるわけだから」
「社長が可愛くおねだりすれば……やっぱりそれは駄目です。
絶対にダメ!」
「後藤、あんた、何を興奮してるの?」
こうしているうちに、予定の時間が来た。
あと一時間ほどで、マスケドニア行きの駅馬車がアリストを出るのだ。
「みなさん、準備はいいですか?
困ったことがあれば、点ちゃんに話しかけてください」
出発直前に、シロー君がラウンジに顔を出してくれた。
「ありがとう。
マスケドニアで会いましょう」
「さすがにヒロ姉は式の準備で忙しいでしょうが、向こうでのことは勇者加藤が力になってくれるはずです。
では、よい風を」
「ええ、そちらこそ」
良い風を、か。船旅をするシロー君たちにこそ必要な言葉だろう。
◇
西部劇に出てくる待合所そのものから、幌つきの駅馬車に乗った私は、慣れない馬車の揺れに少し酔いかけていた。
「太陽光充電器、持ってきて良かったです。
データ保存用デバイスはもう少し持ってくればよかったかな。
だけど、これじゃあゲーム機に回す電力が足りないなあ」
遠藤、あんた、そんなもの持ってきてたの!
そう突っこみたいが、馬車酔いのむかつきがそれを許さない。
「おや、黒髪とは珍しいですね。
みなさん、どちらから?」
口ヒゲのおじさんが、膝の間に抱えた荷物越しにそう尋ねてくる。
「え、ええ、アリストです」
シロー君から、『地球世界』出身だとは言わないよう注意されている。
「ほう、アリストかあ。
女王陛下は、異世界から来た黒髪の美女らしいね?」
「え、ええ、一度お目にかかったことがあります」
本当は何度も会ってるんだけどね。
「そりゃ凄い!
あなた方も、異世界の方ですか?」
「いえ、祖先に異世界人がいたそうです」
こんなとき使うようシロー君から言われていたセリフでごまかしておく。
「ほう!
もしかして、黒髪の勇者様のご子孫で?」
「いえ、残念ながらそうではありません」
「そうかい……。
この駅馬車が向かうマスケドニアには、黒髪の勇者様がいるらしいからね。
一目でも見たいもんだよ!」
おじさんは、口ひげを撫でながら目を輝かせた。
「勇者って有名なんですか?」
「そりゃもう!
その勇者は黒髪ってことだからなおさらね」
「ええと、なんで黒髪だと凄いんですか?」
「あんた、歴史のことは詳しくないようだね。
二百年くらい前に、世界の壁をまたいで活躍した勇者様がいてね。
その方が黒髪だったのさ」
「へえ、そうだったんですね」
「黒髪の勇者を見たっていやあ、家族や知りあいに自慢できるってもんさ」
「なるほど」
話を聞くと、このおじさんは、『魔石』を商っているそうだ。
一つ見せてもらったが、それは一センチくらいの半透明な結晶だった。
見せてもらったものは水色をしていたが、他にもいろんな色の魔石があるらしい。
魔道具に入れて燃料のように使うそうだ。
遠藤がデジタル画面の映像を見せると、おじさんはとても驚いていた。
この世界にも、映像を写す魔道具があるらしいが、とても高価だそうだ。
しかも、それは白黒写真のようなものらしい。
魔石との交換をお願いされたが、こちらもさすがに商売道具を売ることはできない。
丁重にお断りさせてもらった。
その代わり、彼がもらって喜んでいた飴をもういくつか渡しておいた。
シロー君に言われて、飴はたくさん持ってきている。
この世界は、お菓子の類があまり発達していないそうだ。
甘いものは、特に喜ばれると聞いている。
「じゃあ、私はここで用事があるから。
黒髪の勇者が見られるといいね」
夕方になって駅馬車がダートンという街に着くと、おじさんは去っていった。
「あんたら、今夜泊るところはあるのかい?」
御者のおじさんが声を掛けてくれる。
「ええ、知人が予約を入れてくれています」
「そうかい、なら安心だな。
暗くなる前に宿に入った方がいいぜ」
「ありがとう」
シロー君から、夜は出歩かないよう念を押されている。
治安はそれほど悪くないが、日本の感覚でいるとトラブルに巻きこまれるそうだ。
◇
「あー、この世界に来て露天風呂に入れるなんてねえ」
宿には露天風呂がついており、私はそれを満喫しているところだ。
そういえば、この世界の一般家庭には風呂がないのが普通らしい。
それもあって、このダートンという街は、温泉風呂で有名だそうだ。
みんな、いったいどうやってそれを我慢しているのだろうか?
それとも、生まれてからずっとお風呂がない生活をしていれば、そんなこと気にならないのだろうか。
よく考えると、お風呂に入る生活って、地球世界でも全員がしているわけではなかったな。
空に浮かぶ二つの月を見ながら、初めて異世界に来たという実感に浸る。
「いやー、被写体が多くて、ホント困ってしまいますよ」
「遠藤君、カメラを風呂場に持ってはいるのは問題ないのかい?」
「いやあ、よくないのは分かってるんですがね。
いつどんなシャッターチャンスがあるか分かりませんから」
「まったく、君は風呂場で何を撮ろうとしてるのか……」
「社長のこともちゃんと撮っておきますからね」
「え、遠藤君!
君、いったいなにを言ってるんだい!」
「じゃあ、後藤さんは、異世界で撮った社長の写真、欲しくないんですね?」
「ば、馬鹿っ!
なんてこと言うんだ!」
板壁の向こうから聞こえてくる、能天気な二人の会話に思わず笑ってしまう。
「ふふふ、あははははは!
後藤、遠藤、それ、はっきり聞こえてるから!」
「ぎゃーっ!」
「うえーっ!」
なによ、その悲鳴。
まあ、でも、こんな取材旅行も悪くないかもね。
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