第28話 戦う理由


 その後、狸人の少女フィユに連れられ食堂に案内された俺たちは、具が少なくやけに塩辛いスープと焼いた芋、堅いパンという食事をとった。

 ナルとメルの教育のためもあり、『くつろぎの家』では食事を残さないという原則があるからだろう、ルル、コルナ、コリーダは、まずい食事をなんとか食べおえた。

 ミミとポルは冒険者らしく、そんな食事でも平気で食べていた。


 すでに食事を済ませていたというフィユは、膝の上にキューを載せ、白い毛をモフっている。

 もう少し詳しい話を訊いておこうか。


「フィユさん、なぜ女帝がこの街を攻めるなんて命令を軍に出したか知ってる?」


「……」


 キューに夢中になっていたフィユは、俺の話を聞いていなかったようだ。

 もう一度声をかけ、彼女がこちらを向いてから、同じ質問をする。


「私が聞いているのは噂だけですが……。

 昨年、この街から『天女』が選ばれたのですが、帝都へ行く途中でその方がいなくなったんです」


「いなくなった?」


「はい。

 去年の『水の月』でしたか、『天女』は立派な馬車に乗りこの街から帝都へ向け出発しました。

 その時は、私も見送りましから。

 でも、途中の宿場町で姿を消されたそうです」


「それだからって、どうしてこの街が攻められるってことになるの?」


「なんでも、領主様は、いなくなった『天女』を探すよう、皇帝陛下から命令されていたそうです。

 その期限が一年だったのですが、それを越えても見つけられなかったので、そういうことになったそうです」 


「だけど、去年はノンコラの街から『天女』が出たって聞いたけど?」


「はい、この街の『天女』がいなくなったので、第ニ候補だったノンコラの少女が『天女』になったそうです」


 ルルやコルナがノンコラで会ったっていうワガママ少女の姉だな。


「なるほど、そういうことか。

 それでも、それを理由に軍が街を攻めるなんて、やり過ぎだと思うけど」


「いなくなった『天女』は、領主様のご息女ディーテ様です」


 なるほど、それなら分かる。女帝から権力を分け与えられた領主が、結果として女帝が『天女』に与えている栄誉を否定したことになるからね。それに、もしかすると、女帝は領主が娘を隠していると思っているのかもしれない。

 しかし、女帝はなんでそこまで『天女』にこだわるんだ?


「ディーテ様……今頃、どうしていらっしゃるかしら」


「フィユは、その『天女』だった人を知ってるの?」


「はい、小さな頃、よく遊んでもらいました。

 おっちょこちょいの私がケガをしたら、魔術で治してくれたりもしました。

 でも、ディーテ様が『天女』の候補になられてからは、一度もお目にかかっていません」


「……なるほどねえ。

 フィユは、帝都に行った後、『天女』がどうなるか知ってる?」


「ええと、天に召されるそうですね」


 それじゃあ、なにも知らないのと同じだね。 

 俺が考えを巡らせていると、フィユは再びキューにかまけてしまった。

 まだ尋ねたいことはあるけど、少し待ってやろう。


『(*'▽') モフラーの心はモフラーが知る、ですね』


 ま、そんなとこ。


 ◇


 その頃、領主の館では、狭い執務室でカーライル公ラルクとその息子二人が顔を突きあわせ、これからのことを話しあっていた。


「女帝があの子の居場所を知らないと思うか?」


 椅子に座った壮年の領主が、威厳あるその顔に汗を浮かべ、大柄な長男に話しかけた。


「はい、父上。

 もし、知っていれば、女帝は兵をそちらに派遣するかと」


 鎧を着た長男が発する声は、体に似合った野太いものだった。


「プロテよ、だが、ディーテがいるかもしれぬ山には、ドラゴンが棲むというではないか。

 女帝は、ただそれを恐れているだけかもしれぬぞ」


「兄さん、ボクは女帝がディーテの隠れ場所を知ってると思うよ」


 プロテの隣に立つ色白で痩せた弟が、茶色いローブを胸の辺りで握りしめながらそう言った。


「エルメ、なぜそんなことが分かるんだ?」


「ふもとの村で、何度か近衛兵の姿が目撃されてるそうなんだ。

 近衛兵は、よほどのことがない限り、女帝の側を離れないんだろう?」


「そんな大事な事を、なぜ今まで知らせなかった!」


「いや、ボクもさっき知ったばかりだから」


「だからといって――」


「お前たち、今は言い争っている場合ではないぞ」

 

「「はっ、父上」」


「ディーテが目撃された場所を中心に、捜索の手を広げるしかあるまい」


 ため息交じりに洩らした父親の意見に、長男が疑問をぶつけた。


「しかし、それでは、ウチの手勢が近衛兵と鉢合わせしてしまうかもしれませんよ」 


「うむ、それはそうだのう……。

 エルメ、なにかいい考えはないのか?」


 カーライル公は、わずかな望みに賭けるつもりで、次男に声をかけた。慣例通り、後継ぎは長男のプロテと決まっているが、公は自由な発想をするエルメを高く買ってるのだ。


「お父様、ボクに行かせてください。

 ボクなら山歩きに慣れています。

 近衛兵に見つからないで、あの子を探すこともできると思います」


「……しかし、それにしても、あの女狐は、いったいどうしたというのだ!

 このような事で、カーライル討伐のみことのりを出すとは。

 前皇帝の暗殺事件がきっかけで心を病んでしまったという噂は、あながち本当かもしれんな」


「父上、今は時間がありません!

 ボクが一人で捜索に向かっていいですね?」


「お、おう、そうだったな。

 思わず熱くなってしまったわい。

 エルメ、お前に頼むしかない。

 どうかディーテを見つけてやってくれ!

 ワシは、どうしてもあの子が生きているような気がしてならんのだ」


「はい、必ず見つけだしてみせます!」


「出発前に必ずワシのとろへ寄ってくれ。

 渡すものがある」


「はい、父上!」


 旅の準備をするためだろう、まだ、少年の面影を残したエルメが、部屋から出ていく。

 彼の靴音が消えるまで、カーライル公は黙っていたが、やがて長男のプロテにこう話かけた。


「どうだ、プロテ。

 これなら、エルメを逃がす口実になるだろう?」


「父上、やはりそのお心づもりでしたか」


「うむ。

 このような小さな街、国軍にかかれば半日ともつまい。

 せめてあやつだけでも生きのびてほしいものよ」


「本当は、部下たちにも逃げてほしいのですがね」


「まったく、もの好きな馬鹿者どもよ!

 死ぬのが分かっておるのに、馬の首並べ戦おうとはな」


「みなの忠誠は、誇るべきものです、父上!」


「愚か者!

 生きてこその命ぞ!

 死んでしまえば忠誠など、なんの役にもたたぬわ!」 


 部下をなじる言葉を口にしている、そのカーライル公の目は涙で濡れていた。


「では、私は住民の避難を進めます。

 どうしても動かないものが多くて困っておりますゆえ」


「……住みなれた場所こそ得難きものよ。

 みなは、それが分かっておるのだろう。

 しかし、ここはオーガの心をもって、住民を町から出すのだ」


 カーライル公は長男プロテと目を合わせ、強い口調でそう言った。


「ははっ!」


 鎧を鳴らしプロテが部屋から出ていくと、一人残された初老の領主は、椅子に深く沈みこみ、今は亡き妻の名をささやいた。


「へロイヤ、あの子たちを、そしてこの街を見守ってくれ」


 両手を組みわせ目を閉じる男の背に、ちょうど昇ってきた朝日が当たり、まるで後光のようにその体をふちどった。

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