第27話 カーライルの街


「ん?

 なんだこれは?

 帝都へ入る手形ではないか。

 お前たち、どこから来た?」


 街への門に立つ、フルプレートの面当てを上げた色黒のおじさんが、疑わしそうな目でこちらを見る。

 どうやら、「旅芸人一座」で街に入るという作戦は、最初からハードルにぶつかったようだ。

 

「ええと、俺たち、『ポンポコ歌劇団』という一座でして、この街で公演などできたらいいなと――」


「おい、お前!

 今がどんな時か分かってるのか?」


 おじさん、なんか喧嘩腰じゃない?


「ええと、初めてカーライルへ来たので、何も分からないんです」


「ふん!

 とにかく、お前らのように怪しいヤツらは通すわけにはいかん!」


 あー、こりゃあ、正面からは無理か。

 潜入しないといけないかな。

 

「ドカラ、どうした?」


 そこに現れたのは、やはり金属製の軽鎧を着た、若い女性だった。

 燃えるような赤い髪が印象的だ。美人だが、きつい感じが近寄りがたい雰囲気を出している。


「こ、これはアテナ様!

 こやつら旅芸人を名乗っておりますが、どうも怪しいのです。

 それに、今、この街でそのような仕事はありませんし」


 鎧の女性は、コルナの足元にいるキューの方をチラリと見た。


「うむ。

 怪しいかどうかはともかく、旅芸人なら仕事はあるぞ」


「「えっ!?」」


 おじさんと俺の声が重なってしまったよ。なんだか嫌だよ。


「この街は、ここのところ、ちと忙しくてな。

 ただの旅人ならかまってやることはできないが、旅芸人なら話は別だ。

 お前ら、私についてこい」


「しかし、アテナ様――」


「ドカラ、責任は私がとる。

 こやつらに手形を出してやれ」


「は、はい」


 鎧のおじさんは、詰め所のような所へ入っていくと、ひもを通した木の札を持ってきた。

 札の枚数が六枚あるから、手形は人数分出ているようだ。 

 こうして、俺たちは赤毛の女性アテナに連れられ、カーライルの街へ入ることになった。


 ◇


 俺たちは、アテナに連れられ街の中を歩く。カーライルは思いのほかこじんまりした町で、かつて俺たちが訪れた商業都市ノンコラと較べてもずっと小さかった。目抜き通りの道幅は、馬車が二台すれ違うのがやっとだし、路面は舗装すらされていない。家屋は一階建てが多く、道に面した商家らしいものの多くが、昼間なのに木戸を閉ざしていた。


 道行く人たちは、聞いていた通り、頭に垂れ耳や三角耳を乗せた者が見られた。

 ただ、見たところ、獣人の割合は一割程度で、それは思っていたより少なかった。

 奴隷の首輪をつけている獣人はいなかった。


「お兄ちゃん、なんか街の様子が変だよね?」


「コルナもそう思うかい?

 兵士の数が多すぎるんだ」


 鎧を着け槍を持った目つきの鋭い兵士の姿が、街のあちらこちらに見られた。

 そのせいで、街全体が殺気立っているように感じられた。


「この街、どこかと戦うんですか?」 


 周囲をきょろきょろ見回していたミミが、赤髪のアテナにそう尋ねた。


「お前らは、黙ってついてくればいいんだ」


 帰ってきた返事は、そっけないものだった。

 旅芸人用の華やかな衣装を着ているため、明らかに街の雰囲気から浮いた俺たち一行は、土塀で囲まれた、飾り気のないレンガ造りの建物に案内された。


 ◇


「ここで少し待っていろ」


 そう言うと、アテナは金属製の軽鎧をかちゃかちゃいわせ、部屋から出ていった。

 教室の半分くらいだろうその部屋は会議室なのか、家具は扉付きの棚らしきものが一つあるだけで、質素な木の長テーブルが三つずつ二列に並んでいた。

 

「とにかく座ろうか」


 テーブル横に置かれた、木のベンチに腰を下ろす。

 

「この町、様子が普通じゃありませんね」


 足を投げだすような姿勢で座ったポルは、声に不安が混じっている。


「戦いに備えているのは、間違いないようね」 


 コリーダは比較的落ちついていた。


「まずは情報を集めたいけど、街の様子じゃ、それも難しいかもしれないね。

 今のところ、俺たちまで戦闘に駆りだされることはなさそうだ。

 ここからは、いつ何があってもいいように、体を休めておこう」


 俺がそう言うと、ミミがテーブルをバンと叩いた。


「それじゃあ、リーダー、何かおいしいもの出してよ!」


 俺がお茶の用意をする前に部屋の扉が開き、一人の小柄な少女を連れアテナが入ってきた。


「こいつがお前たちの案内をする。

 おい、自己紹介しろ」


 小柄な少女は、おどおどした様子で軽く頭を下げる。


「あ、あの、私、フィユです。

 みなさんのお世話をします」


 口をポカンと開けたポルが、そんな少女の方をじっと見ている。

 アテナがさっさと部屋から出ていくと、彼が少女に声をかけた。


「あの、君、フィユさん?

 もしかして、狸人たぬきびと?」


 三角耳を頭に載せた少女が、ポルの方を見てやはり驚いた表情をした。


「もしかして、あなたも?」


「うん、ボクも狸人だよ」


 部屋の前に立っていた少女が、こちらに来てポルの隣に立った。

 そんな少女を、なぜかミミがにらみつけている。


「本当に狸人……。

 どちらからいらっしゃったんですか?」


 フィユがポルに尋ねる。

 申し訳ないと思ったが、俺は話に割りこんだ。


「フィユさん、俺たち、この街に着いてすぐなんだ。

 いきなりここに連れてこられて、正直戸惑ってる。

 街の様子が変だけど、何かあるのかい?」


「あの……本当にご存じないんですか?」


「ああ、カーライルは初めてでね。

 最近まで帝都にいたんだ」


「えっ、帝都!?

 本当ですか?

 この街は、これから国と戦うかもしれないんです」


「「「えっ!?」」」


「カルメリア皇帝陛下が、軍にこの街を攻撃するよう命令したそうです」


「「「……」」」


 どうやら、俺たちは、来てはいけない場所に来てしまったようだ。

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