第20話 二人の歌姫(上)


 モスナート帝国の都では、この世界での一週間、つまり六日間続く『天女祭り』が始まった。

 街の通りに面した店は、原色を多用した派手な飾りつけがなされ、『天女』を模した絵が、ありとあらゆるものに貼りつけられた。この絵は、縁取りが金色でなされており、それに反射した陽の光で、街中がキラキラしていた。


 王城の門へと続く目抜き通りのまん中辺りには大きな円形の広場があり、この広場の脇に巨大な建築物が立っていた。

 上から見ると円形に見えるこの建物は、おおまかに見ると三層に分かれており、下層が、地下となる待機所や倉庫群、中層が、地表レベルの闘技場、そして、上層、二階部分から五階部分にかけてが、外側にいくほど高くなっている観客席となっていた。

 舞台を兼ねた闘技場は吹きぬけとなっており、雨が降れば複数の魔術師が雨避けの「傘」で全体を覆うよう準備されている。


 闘技場の北側中央には、周囲から離され、一際目立つ豪華な客席が用意されており、これこそ、モスナート帝国皇帝カルメリアの席だった。

 女帝が姿を見せたことによって湧きあがった、地鳴りのような歓声は、管楽器が高く短い一節を奏でると、わずかの間におさまった。


 会場が完全な静寂に包まれると、若く美しい女帝その人が、席から立ちあがった。

 毛足の長い白い毛皮のコートが、まるで後光のように彼女をかたどる。

 宰相がうやうやしく差しだす拡声の魔道具を通し、艶のある女帝の声が会場に響きわたった。


「我が愛するモスナートの民よ!

 ここに再び『天女』を讃えることができ、嬉しく思う。

 この度、その栄誉を担うのは、カルナートの街だ!」


 女帝の席近くに用意されていた特別席から、領主である初老の男性と『天女』である娘、それぞれが立ちあがった。

 会場は、再び歓声と拍手で埋めつくされる。


「『天女』を育んだカルナート領には、恩賞を授ける」


 宰相が差しだした、目録が掛かれた巻物は、女帝が一瞬触れ、続いて騎士の手へと渡り、最後にカルナートを治める初老の領主が差しだした手に載せられた。

 領主は、渡された巻物を高く掲げこう叫んだ。


「白雪の美姫に!」


 本来、「みかど」と言うべきところを「美姫」と言ったわけだが、女帝はそれを咎めなかった。

 むしろ、遠くからでも、彼女の顔が笑みにあふれるのが見えた。

 その女帝がまだ若い宰相の耳元で何か囁くと、青年は拡声の魔道具を口に当て、催しの開始を告げた。


「今こそ、栄えある皇帝陛下に、選りすぐりの余興を献上いたしましょうぞ!」


 ◇


 整えられた舞台の下、地下の待合室では、各地方を代表する演奏家、舞踏家、歌手たちが出演を控え、準備に余念がなかった。  


「なんで、『ポンポコ』がトリなのよ!」


 舞台用に特別にあつらえた、紫色のドレスを羽織ったジョセフィンが、使用人が塗ろうとする化粧の手をさえぎり、そう叫んだ。


「しかし、お嬢様、領主様から直々のご命令とあらば、致し方ないことです」


 たしなめるように声を掛けたのは、幼い頃から彼女の面倒をみている、家令の老人だった。

 まだこの国にも冒険者ギルドがあった頃、金ランク冒険者としてならした彼は、今は亡きジョセフィンの父親から頼まれ、護衛も兼ねて彼女の世話をするしてきた。


「フォルツァ、これは一生に一度のチャンスなのよ!」


 晴れの舞台である、『天女祭り』、その最後の舞台は、前年『天女』が選ばれた街が担当すると決まっているのだ。

 去年『天女』が選ばれたのはノンコラの街だから、今年は彼女の故郷が舞台の最後を飾る。

 だからこそ、ジョセフィンは、自分が大舞台のトリを勤められなかったことを悔やみ、そして恨んでいるのだ。

 彼女が歌手として働ける間に、こんなチャンスは、おそらく二度とめぐってこないだろう。

 

 一方、待合室の入り口近くで、特に準備らしいことをするまでもなく、テーブルに着いている『ポンポコ歌劇団』の面々は、一人の娘から憎々し気に見つめていることも知らず、この時間をのんびり過ごしていた。


「あっ、ポン太! 

 それ、私が狙ってたのに!」


 ミミが、三日月型をした黄色い果物を口にするポルを恨めし気に見ている。


「そうだったの?

 このモララン、食べかけだけど、あげようか?」

 

「ばっ、馬鹿ね!

 だれがあんたの食べかけなんか!」


 そう言いながら、なぜかミミは赤くなっている。


「「マンマー!」」


 椅子に座るルルの膝に顔を擦りつけ甘えているのは、ナルとメルだ。

 せっかくの大舞台ということで、瞬間移動を利用して、シローがアリストから連れてきたのだ。

 

「二人とも、いい子してたかしら。

 マックさんに、ご迷惑かけなかった?」


 ルルが目を細め、膝に載せられた二人の頭を撫でる。

 

「マクじい、お馬さんー!」

「マクじいが、いい子してるね、って言ってた」

 

 コルナがそんな二人を優しい目で見守っている。


「お兄ちゃん、ナルとメルは舞台に上がらないの?」


「そうだね、コルナ。

 今日は客席から見てもらおうかな」


 出場者には、人数分の客席が確保されている。

 シローはそれを利用するつもりなのだろう。


「み、み、みなさん、どうしてそんなに落ちついてるんですか?」


 一人だけ青い顔のロコス少年は、『ポンポコ歌劇団』の落ちつきが理解できないようだ。

 

「ロコス君、せっかくの晴れ舞台ではないですか。

 今こそ楽しみなされ」


「は、はい!」


 リーヴァスから声を掛けられ、少年の顔色が少し良くなる。


 最も緊張すべきコリーダその人は、一番リラックスしているようで、彼女の身体に合わせて作られたロッキングチェアに座り、目を半分閉じ、それを揺すっている。

 ハミングしているのは、エルフの子守歌で、膝に乗った白猫と黒猫、足元にうずくまったキューとコリンが、目を閉じ彼女の歌に聴きいっている。


 どうやら、『ポンポコ歌劇団』は、舞台に向け準備が整ったようだ。


 ◇


 ジョセフィンの屋敷で働く使用人である、アルとフォンの兄弟は、幼い頃両親を亡くし、孤児として教会に保護されそうなところを彼女の父親に拾われた。

 大事に育てられた彼らは、大恩あるジョセフィンの父親が亡くなった後も、ジョセフィンに仕え、よく働いていた。


 先日、帝都の宿で起きた事は、彼らの心に消えないおりとなって残っていた。

 妹とも慕う彼女が気絶するのを黙って見ていたのだから。


 控室で『ポンポコ歌劇団』に新しく加わった二人の子供を見た時、彼らはどちらからともなく、ある計画を立てていた。

 それは、二人の子供をさらうというものだ。

 もちろん、彼らに子供を傷つけるつもりなどなかった。

 ただ、そうすることで、もしかすると『ポンポコ歌劇団』が出場をとり辞め、ジョセフィンが望むように、彼女が大舞台の最後を飾ることができるのでは、と思ったのだ。


 それは衝動的なもので、計画などと言えないものだったが、たまたま、彼らが手洗いに立った時、女性用の化粧室から出てきた二人を目にしてしまった。

 アルとフォンは、目を見あわせると、銀髪の少女二人に声をかけた。


「こんにちは、お嬢ちゃんたち、『ポンポコ』の人たちだね?」

「こっちにとっても美味しいお菓子があるけど、食べないかな?」


「おじさん、だれ?」

「おかし食べるー!」


 翡翠ひすい色の目をした少女は、二人を疑うような目で見たが、ルビー色の目をした少女は、お菓子に興味を示した。


「すごく美味しいお菓子なんだよ。

 ほら、こっちこっち」


 アルの声に釣られるように、一人の少女が廊下へ出てくる。

 もう一人の少女も、その後を追い、廊下へ出てきた。

  

「さあ、こっちへおいで」


 アルが、ピンク色のワンピースを着た少女の手を引こうとする。

 しかし、なぜか、彼はほんのわずかすら少女を動かすことができなかった。


「ど、どういうことだ!?」


 力自慢のアルは、なにが起きたかよくわからないまま、少女の手を離す。


「おじちゃん、遊びたいの?」


 少女に尋ねられ、思わず答えてしまう。


「あ、ああ……」


「じゃあ、はい!」


 少女がアルの腰を小さな手で軽く突いた。

 その瞬間、重力のくびきから解きはなたれたように、彼の体が飛んでいた。 

 闘技場の地下にある廊下は、大きな円を描いている。そのため、長い距離を飛んだ彼の体は、やがてその壁にこすりつけられるようにして停まった。

 すり傷だらけになったアルは、痛みと驚きとで動くこともできない。

 悪いことに、そこへフォンが飛んできた。もう一人の少女に突きとばされたのだ。


 グシャッ


 そんな音を立て衝突した二人は、仲良く気を失った。

 会場係の女性が、そこへ通りかかる。


「きゃーっ!」


 彼女が悲鳴を上げたのも無理はない。全身傷だらけの男性が二人、全裸で床に伸びていたのだから。


 ◇


 帝都から遠く離れたノンコラの街、そこには若者からお年寄りまで、年齢を問わず人気のある『リリパラ服装店』がある。  

 顔の大きな女性店主が、ふと見ると、試着室の前に脱ぎちらしたように置かれた服がある。どうやら大柄な男のものらしいその服は、なぜか二人分あった。

 試着室の中には誰もいない。


「どうしたのかしら?

 お客さん、裸で出てったの?

 変わってるわねえ」


 そうつぶやいた店主は、先日近くの広場で、三人の男が裸で保護されたという噂を思いだした。


「いやあねえ、全く。

 みんなが服を着なくなったら、ウチなんか商売あがったりじゃない」


 それを聞きつけた、店員でもある息子が、母親に声をかける。


「母さん、どうしたの?」


「これ見てよ。

 誰かのいたずらかしら?

 こんな服じゃあ売ることもできないわね。

 雑巾にでもしちゃいなさい」


「うん、これは売れないね。

 そうするよ」


 ちょっとしたイベントはあったが、『リリパラ服装店』は今日も家族で商売に精を出すのだった。

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