第24話 異世界ハネムーン(下)
二人が店から出ると、外はすでに暗くなっていた。
林はテーブルの上に金貨一枚と銀貨五枚を置き、黙って店を出てきた。
「異世界でも、夜は冷えるわね」
聡子が手持ちのバッグからパーカーを取りだし、それを羽織る。
すでに人影がほとんどない目抜き通りは、街灯はなくても、地球で見るより二倍は大きな満月のおかげで、思ったより明るかった。
「確か、こっちだったね」
林が先に立ち、細い路地へ入る。大通りから城へ抜ける近道を選んだのだ。
しかし、それはいい考えとはいえなかった。
「そこのお二人さん。
えらくたくさん荷物もってるじゃねえか。
俺たちが幾つか持ってやるよ」
背後の薄暗がりから出てきたのは、三人の男だった。
体の一部だけ覆う革鎧を身につけた彼らが、親切から近づいてきたのでないのは、その手にした刃物で明らかだった。
民家の壁と自分の背との間に聡子を押しこんだ林が、抱えていた荷物を地面に降ろし、大根ほどの太さと長さがあるゴボウのような野菜を手にした。
「ひゃひゃひゃ、なんだそりゃ!?
こいつ、クニョンなんか構えてるぜ。
なんか、ゴブリンっぽくねえか?」
「「がはははは!」」
下卑た笑いを上げる男たちを聡子に近づけないよう、林は野菜を左右にブンブン振った。
そのため野菜がぽっきり折れてしまい、先から半分が地面に落ちた。
それを見た男たちが、ゲラゲラ笑う。
恐怖にかられた聡子が林の背にしがみつく。
「大丈夫だよ、聡子。
君は私が守る!」
林の声は少し震えていたが、路地にはっきり響いた。
「ぐずぐずしてたら人が来る。
さっさとやっちまおうぜ!」
ガツッ
一人の男がしゃべり終えた瞬間、何かがぶつかる音がして、そいつは石畳に崩れおちた。
「げっ!」
「がはっ!」
そんな声を上げ、残りの二人も地面に倒れる。
姿を現したのは、五人の若者だった。
再び野菜を構えた林に、革鎧を着た精悍な青年が話しかけた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!
俺たち、こいつらの仲間じゃありませんぜ。
あんたたち、シローの先生なんだろう?
いや、さっき『カラス亭』で食事してたら、たまたま聞こえちゃってね」
近づいてきた男の顔が月明かりに照らされる。
彫りの深い整った顔は、確かにさっきの店で見た若者のようだ。
「俺はブレット、こいつらは、パーティ仲間だ。
たまたま通りかかってよかったぜ。
夜はこういうヤツらが出ることがあるから、気をつけてないと。
だけど、こいつら可哀そうに、もうこの街にいられねえなあ」
実は、この五人、装備らしいものも持たない、軽装の男女が食事処から夜の街へ出ていったので、何かあってはいけないと、二人の後を追ってきたのだ。
「この人たち、どうなるんです?」
青年の言葉を聞いた林は、聡子の肩を抱きよせながら、そう尋ねた。
「なんせ、英雄シローの関係者に手を出そうとしたんだ。
下手したら、この街どころか、この国にもいられないかもね」
白いローブに魔法杖を手にした小柄な若者が、林の疑問に答えた。
「ナルニスの言うとおりね。
こいつら、この国じゃあ、もう生きていけないわね。
私たちは、『ハピィフェロー』ってパーティなの。
護衛してほしければ、この街の冒険者ギルドに依頼を出してね」
弓矢を背負う、整った顔立ちの女性が、そんなことを言った。
それに対し、背中に大剣を背負った、赤い髪の女性がぼそりと突っこむ。
「私たちの護衛、高い」
それに続けて、巨大な盾を背負った大きな青年が、もっさりと言った。
「シ、シローにお金出してもらうといいんだな」
「「「あはははは!」」」
路地に青年たちの笑いが響いた。
「滞在先は、迎賓館でしょ?
お城まで送りますよ」
ブレットの気遣いに林が恐縮する。
「いや、さすがにそこまでは――」
「どうせこいつら衛兵に突きださなきゃならないから、ついでですよ」
林が目をやると、三人の盗賊は、いつの間にか手足を縛りあげられていた。
「ダンが二人、俺が一人担ぐから、ビーチ、ダンの盾を持ってやってくれるか?」
ブレットが赤毛の女性に話しかける。
「それ重い」
「まあ、そう言うなよ。
シローに恩が売れるぜ」
「チョコもらう」
「あはは、お前、地球世界の菓子が大好物だもんな」
身を寄せあった林と聡子、そして、盗賊を連れたブレットたちは、夜露に濡れた道をアリスト城へと向かった。
◇
昨日、例の件があった後、リンダが別室に移ったので、迎賓館の広いスイートルームには林と聡子、二人きりだ。
「死ぬかと思った。
ホント怖かった」
入浴を済ませ、やっと人心地ついた聡子は、ベッド脇の椅子に座るとバスローブごと自分の身体を両腕で抱くようにした。
「聡子さん、すまん。
こちらの治安については、日本と同じに考えてはいけないって、シローから念を押されてたんだ。
俺の油断だ」
やはりバスローブ姿で、聡子の横に膝を着いた林が頭を下げた。
「ふふふ、『君は私が守る!』って言ってもらって嬉しかったなあ」
林のまだ濡れた髪を聡子が手ですく。
「ガー、それは言わないでくれ。
恥ずかしすぎる!」
「でも、もう心に焼きつけちゃったから、消せないわ」
「くー……」
コト
音がした方を見ると、部屋に備えつけられた白い丸テーブルにガラス容器とグラスが二つ置いてある。
さっきまで、そこには何もなかったから、突然現れたことになる。
黄金色の酒が揺れる、美しいガラス容器の横には、グラスとともにメモが置いてあった。
『林先生、聡子先生、お疲れさま。
ひどい目にあいましたね。
何事も経験と言いますが、油断はいけません。
酔いが覚めてしまったでしょう?
寝酒に、これをどうぞ。
シロー』
「あいつ!
この部屋、覗いてるんじゃないよな!」
「あははは、馬鹿なこと言わないの。
教え子に叱られちゃったわね。
それより、シロー君からの心づかい、ありがたくいただきましょうよ」
「そうだな。
飲みなおすか」
二人はテーブルに着くと、異世界に来てからのことを話しながら、異世界の美酒を傾けるのだった。
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