第9話 旅行の準備


 その日の放課後、異世界科の教室は、すでに下校した三人の生徒を除き、お祭りのような騒ぎだった。

 机を外に出し広くなったそこには、海外旅行用の大きなスーツケースがズラリと並んでいた。

 

「それでは、中身の確認をしてください」


 宇部委員長の掛け声で、一斉にケースが開かれる。


「ちょっと男子!

 なんでこっち見てんのよ!

 下着だって入ってんのに!」

「おい、お前、こんなもの入れて、何考えてんだ?」

「カップ麺って、またかさばるモノ入れたわね」

「きゃー、その服かわいい!

 どこで買ったの!」


 宇部は注意事項を幾つか伝えたかったが、級友たちの騒ぎを見て、それが収まってからにしようと決めた。

 荷物のチェックそっちのけで、輪になって座った生徒たちが、口々にしゃべっている。


「だけど、よく頑固なオヤジが、異世界旅行を許してくれたぜ」

「体育館でシローさんが連れてきたおじいさんいたでしょ?」

「ああ、勝山って人?」

「あんた、あの人、偉いんだよ!」

「あの人、首相がどうのこうのって言ってたじゃん」

「言ってたね」

「ウチ、首相から電話があったらしいんだ」

「おい、マジかよ!」

「私、総理から電話があったから、母さんに渡したよ」

「うへっ、エライことになってんな」


 一人の少女が口に手を当て、小声で言った。


「父さんが母さんと話してたの聞いちゃったんだけど、シローさんが異世界旅行で危険なこと、全部話したじゃない。

 あれで気持ちが変わったって言ってた」


「ええ!

 どうして?

 私あれ聞いて、もう絶対に旅行なんて許してくれないって思ったんだけど」


「あれでシローさんは信用できる、って話になったらしいよ」


「そんなの、当たり前じゃん!」


 その時、異世界マニア少女白神倫子が、小さな声で笑った。


「ふふふ、甘いわね」


「倫子、どうしたの?」


 彼女の親友三宅みやけが、短い髪をはね上げ尋ねる。


「私、本当の理由に見当がついてるのよ」


「本当の理由?」


「みんな『覚醒』のこと知ってるでしょ」


「知ってる!

 ネトプリ翔太様が、魔術師に覚醒したってやつ!」


 翔太ファンの少女がすかさず答える。


「説明会で襲撃があったじゃない?」


「怖かったね、というより、最後なんてかえって面白かったよね」


「あの時、騎士の人たちがあっという間に悪い人をやっつけたでしょ」


「うん、カッコ良かったよねー!」


「あの人たち、全員覚醒してるんだって」


「「「凄い!」」」


「だから、襲ってきた人たち、何にもできなかったでしょ」


「そうね、スリッパ持ってイキがってたくらい?」


「「「あはははは!」」」


 白神は、さらに小さな声でささやいた。


「これからも、ああいった事が起こる可能性があるじゃない。

 そしたら親はどうすると思う?」


「護衛をつけるとか?」


「馬鹿、そんなお金ないでしょ!

 それに四六時中、全員を見張れる?」


「……倫子の言うとおりだわ。

 そんなこと無理ね」


「だからあ、私たち自身が強くなればいいじゃん」


「「「おおー!」」」


「でも、そんなことできるのかしら?」


 三宅は、まだ白神の言っていることがピンときてないようだ。 

 

「ふふふ、そこで『覚醒』よ。

 私たちが覚醒しちゃえば、もし襲われても、騎士の人たちみたいに敵をやっつけられるでしょ」


「「「おおー!」」」


 ここで、さすがに見かねた宇部が声を掛ける。


「白神さん、おしゃべりはそのくらいにして!

 荷物チェック、早くしないと、最終下校時間に間にあわないよ」


「うわっ、もう、こんな時間か!

 急がないと!」

「あんた、ヘアブラシは?」

「ああっ、どうしよう!」

「パジャマ、パジャマと。

 男子、こっち見ない!」


 異世界科クラスの生徒たちは、下校時間ぎりぎりまで荷物チェックに追われた。


 ◇


 同じ時刻、この街唯一のコンビニエンスストア前に、三人の男子生徒がいた。

 店に背を向け車止めに並んで座った三人は、手にした菓子パンをかじりながらだべっている。


「だけど、曽根君のお陰で、異世界に行かなくてすんでよかったよ」


 そう言ったのは、茶髪ピアスの上原だ。

 

「だろう!

 俺についてくりゃあ、間違いねえんだ」


 高校一年まで柔道をしていた曽根は、ガッチリした胸を張った。


「ホ、ホント、アイツら馬鹿だよね~。

 異世界なんか行っても、ロクなことねえよ」


 小柄な田中が、口を尖らせる。


「まあ見てろ!

 あいつら、異世界で絶対に痛い目くらうぞ、がははは!」


 父親をマネた曽根の笑いは、妙にオヤジ臭かった。


「俺たちゃ、予定通りグアムに行って、水着のおネエちゃんたちと遊ぼうぜ!」


 曽根がその太い腕を田中と上原の肩に置く。

 二人の顔に不快の色がよぎったが、それは一瞬で消えた。

 田中と上原が彼に従っているのは、二人の父親が勤めている会社が曽根の父親が経営する会社の下請けだからだ。

 田中も上原も、本心は異世界へ行きたかったのだ。


 大声でしゃべりまくる大柄な曽根の横を、買い物に来た人々が、眉をひそめて通りすぎる。

 哀れな事に、彼は自分が周囲からどう見られているか、その自覚が無かった。


 暮れるのが早い田舎町は、間もなく闇に包まれた。

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