第6話 説明会(中)


 体育館に侵入した迷彩服を見て林が叫ぶ。


「みんな、伏せろっ!」


 しかし、恐怖で動きが停まった生徒と保護者に、彼の言葉を行動に移せる者はいなかった。

 舞台中央に立つ林に向け、迷彩服の一人が小銃で狙いをつける。


「「「先生!」」」


 生徒の何人かが、悲痛な叫びを上げた。

 

 ビリリリッ


 そんな音を立て、体育館の床を稲妻が走る。その稲妻が林を銃で狙っていた迷彩服に絡みつくと、そいつは声もなく崩れおちた。

 床に手を着いていた桃騎士がゆっくり立ちあがる。

 稲妻は、彼女が『電魔士でんまし』の固有スキルで発動させたものだ。

 

「た、隊長!」


 迷彩服の何人かが倒れた仲間へ走りよろうとする。


「「停まれ!」」


 若い女性の声がすると、彼らの動きがピタリと停まった。

 黄騎士、緑騎士のスキル『言霊ことだま』だ。

 動かなくなった迷彩服の横に、いつの間にか現れた黒騎士が、手慣れた手つきで合成樹脂製の手錠を掛けていく。

 わずか五分ほどで、迷彩服全員が手足を縛られ床に転がった。


「畜生!」


 作業服姿の男が舞台袖から現れ、取りだした拳銃を白騎士に突きつけようとする。

 白騎士はマイクを掴むと、それを男へ投げつけた。

 作業服の男は、銃を持つ手で反射的にそれを払う。

 異世界で『拳闘士』として覚醒した白騎士にとって、銃口が一瞬自分から逸れただけで十分だった。

 彼は、低い姿勢で足から先に、滑りこむようにして男へぶつかっていく。

 勢いよく足を払われた作業服の男は、半回転し、頭を下に舞台へと叩きつけられた。


 声もなく横たわる男を、白騎士が手錠で拘束する。

 それは、ほんの瞬きするほどの出来事だった。


 襲撃された緊張から解放された生徒たち、保護者、教師がざわつきだしたとき、一人の保護者が立ちあがった。

 いや、黒髪のカツラを投げすてブロンドの髪をさらしたその女性は、どうやら襲撃者の一味らしい。


「動くなっ!」


 灰色のスーツを着た彼女の手には、赤いボタンがついたスイッチがあった。


「これを押せば、仕掛けた爆弾が起動するわよ!

 さあ、そこのお前、手錠を外しなさい!」


 女の言葉には、外国訛りが聞ききとれた。


「私のこと?」


 黒騎士は、なぜか気の毒そうな目で女を見ている。


「そうさ、お前だよ! 

 すぐに言うこと聞かないと、このボタン押すよ!」


「ぷっ、あはははは!」


 なぜか笑いだす黒騎士。

 しかし、笑いだしたのは、彼女だけではなかった。


「「「あははははは!」」」


 生徒、保護者の多くが、お腹を抱え笑っている。

 

「お疲れ様」


 背後から聞こえた声に、ぱっと女が振りむく。

 そこには、どこかぼうっとした顔つきの青年が立っていた。

 頭に茶色い布を巻き、肩に白猫を乗せている。

 女は、周囲が笑っているのは、その青年の風変わりな服装を見たからだと考えた。


「あんたでもいい!

 早くあいつらの手錠、外しなさい!

 そうしないとボタン押すよ!」


 なぜか、周囲の笑いが大きくなる。


「ええと、ボタンって何ですか?」


 のんびりした声で尋ねる青年。


「これの事に、決まって……」


 手にしたものを見た途端、女は我が目を疑った。

 それは、来客用のスリッパだった。

 あまりの驚きで動かなくなった女に、黒騎士がゆっくり手錠を掛ける。


「リーダー、遅い!」


「いや、みんなが活躍する場を奪っちゃいけないでしょ。

 ブランもそう思うよね」


「み、み~……」


 青年の肩に乗る白い子猫は、なぜか彼の顔を前足でパシパシ叩いている。


「シローさんだ!」

「シローさん!」

「お帰りなさい!」


 異世界科の生徒が、彼をとり囲む。

 生徒の輪をかき分け、林が話しかける。


「おい、何かあるなら、あらかじめ伝えといてくれよ!

 命が縮んだぞ、ホント」


「こちらも、やつらの動きを掴んだのは説明会の直前でして。

 それより、終わってないんでしょ、説明会。

 最後までやっちゃいましょうよ」


「おいおい、こいつらはどうするんだ」


 林の疑問は当然だ。


「俺が警察に突きだしてきます。

 説明会、続けといてください」


 シローは、まだ舞台上にいた校長に手を挙げた。

 それを見た校長も手を挙げる。


「じゃ、行ってきまーす」


 のんびりした言葉と共に、シローの姿が消えると、床と舞台上に転がっていた襲撃者の姿がかき消えた。

 不思議なのは、壊れたはずの窓ガラスが全て元に戻っており、床には欠片一つ落ちていないことだ。

 

 瞬間移動を目の当たりにした生徒たちが騒ぎはじめたが、校長の落ちついた声で、再び全員が席に着いた。


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