第5話 説明会(上)
大和少年が異世界への修学旅行を提案して十日後、シローの母校では、土曜日の午後、保護者を集めて説明会が開かれることとなった。
すでに、修学旅行の希望調査はその期限が過ぎているのだが、保護者の都合でこの日まで旅行先の決定がひき延ばされていた。
高校の体育館には、異世界科の二年生とその保護者だけでなく、引率する教師はもちろん、校長や教頭、そして多くの報道関係者も集まっていた。
学校側は、当初、説明会の開催だけでなく、報道機関の参加を渋っていたのだが、国からの強い要望でそれが実現した。
国からの要望は、もう一つあり、それは五人の「部外者」を説明会に参加させることだった。
その五人とは、『プリンスの騎士』だ。
すでに推薦で大学への合格が決まっている、黄騎士、緑騎士も含まれている。
舞台上でテーブルについている白騎士以外の四人は、なぜか体育館の四隅に立っている。
舞台上の席に着き、原稿の最終確認をしている学級委員長の宇部を除き、保護者と並び椅子に座っている異世界科の生徒たちは、その騎士たちが気になるらしい。
「ねえ、あれって黒騎士様よね。
黒スーツ姿、超カッコイイ!」
「黄緑お姉さまたち、ドレス姿がステキー!」
「桃騎士さんに、また魔法を掛けてもらいたいなあ」
異世界科の二年生は、すでに異世界を訪れたことがある五人の騎士と面識がある。
去年、特別授業として白騎士が教室で話してくれた異世界旅行の話は、異世界科が劇として演じ、文化祭でぶっちぎりの優勝を飾った。
やがてブザーが鳴り、修学旅行の説明会が始まった。
◇
司会役の教頭が会の開始を告げ、異世界科クラス学級委員長の宇部にマイクを渡した。
「今日は、お集りいただきありがとうございます。
保護者のみなさま、わざわざご足労いただき、本当にありがとうございます。
私たち異世界科の有志がどうして修学旅行の希望先を異世界にしたか、その
生徒たちは黙って聞いているが、保護者と教師の中には、あからさまに渋い顔をしている者が多かった。
「人類の歴史は、新しい世界への挑戦でした。
飢えのない世界への挑戦、月世界の挑戦という物理的なものだけでなく、身分の違いがない世界への挑戦、性差別がない世界への挑戦という内的なものへの挑戦、様々な挑戦を通し、前へ進んできました」
宇部はここで、会場をぐるりと見回した。
「今、人類の前に、新たな世界がひらかれました。
そう、異世界です。
そして、私たち異世界科クラスは、そこへの最前線に立っていると自負しています。
先生方、保護者の方々には、様々なご心配があると承知しています。
それでも、私たちの挑戦をお許しいただきたいのです」
宇部委員長が最後まで堂々と理由を述べた後、頭を下げ、舞台奥に用意された席へ戻り白騎士の隣に座った。
異世界科の一年生、二年生から、大きな拍手が起こった。
保護者、教師たちの渋面は、さらに深くなった。
「では、次は保護者代表として曽根さん、お願いします」
壇上奥の椅子に座っていた、中年の男性が立ちあがる。
建設関係の会社を営む彼は、保守系の県議会議員だ。
恰幅のいい彼は、脂ぎった額に浮かぶ汗を白いハンカチで拭い、彼より低い位置に座る生徒たちとその保護者を、あごを上げて見回した。
「えー、ご紹介にあった曽根です。
目下、県議会議員として東奔西走の毎日ですが、今日は時間を割き、この場にやってきました」
わざわざ来てやったという彼の態度は、生徒たちだけでなく保護者の気持ちまで逆なでするものだった。
「修学旅行の目的地として、異世界を希望している生徒がいるそうですが、全く話にもなりませんな。
だいたい、異世界に無事に渡れるとも限らんでしょう。
向こうの様子もはっきりしとらんから、先生方も、事前に何かに備えるということもできんでしょう。
向こうで病気にでもなったらどうするんです?
異世界に、こちら並の設備を整えた病院があるんですかね?」
顔に嫌悪感を浮かべながらも、曽根の言葉にうなずいた保護者が多かった。
「では、引率者としての立場から、林先生、一言お願いします」
司会役の教頭が、マイクを林に渡す。
まだ言いたりないことがあるのか、曽根は演台のところから動こうとしなかったが、林が彼に頭を下げ演台へ近づくと、渋々舞台奥にある自分の席へと戻った。
「修学旅行で引率を務める林です。
私は異世界科の教師ですが、客観的な立場から意見を述べさせていただきます」
すでに数々の国際会議で基調講演をこなしている林は、緊張の色が見られなかった。
「修学旅行として、異世界を選んだ生徒たちの勇気には、正直驚いています。
先ほど曽根さんが言われた危険は、確かにあるからです。
現在、知られている『初めの四人』を除き、異世界を訪れた地球人は、私が知るかぎり、八人しかいません。
その一人、白騎士さんから、後ほど詳しい話があると思います。
生徒たちは、すでに彼の話を聞いておりますが、ぜひ保護者の方々にも知っていただきたいのです。
この旅行について、生徒が異世界を選ぶか選ばないかは自由です。
そして、異世界に行くかどうかも、この説明会の後、保護者の方々に決めていただけたらと思います」
生徒、保護者、両方から拍手を受け、林は席に座った。
「では白騎士さん、お願いします」
教頭の声で、白騎士が演台に着く。
体育館の四隅に立つ騎士たちの拍手に続き、生徒たちからも拍手があった。
「ご紹介にあずかりました白騎士です。
ご存じかも知れませんんが、地球と異世界の交易に携わる『ポンポコ商会』という会社がありまして、私はそこで副社長を務めさせてもらっています」
いつもの砕けた調子と一転、きちんとした口調で話している。どうやら、白騎士は時と場合をわきまえているようだ。
「私たちが、異世界旅行した時の話をさせてもらいます」
彼の話が初めての保護者だけでなく、それが二度目となる異世界科の生徒も、身を乗りだし聴きいっている。
二十分ほどの話が終わると、体育館を揺るがすほどの拍手があった。
ほとんどが異世界旅行に反対していた保護者の反応は、話の前と後ではかなり変わった。
実際に異世界旅行してきた人物というリアルは、常識にとらわれた保護者の気持ちをゆさぶったようだ。
しかし、その様子を見て、我慢できない人物がいたようだ。
「ええい!
あなた方は、あのような嘘っぱちを信じるのですか!
仮にも我が子の命がかかってるのですよ!
異世界旅行など、とんでもないことです!」
曽根の怒鳴り声に、会場がしーんとなる。
その静寂を林先生の発言が破った。
「彼の話が嘘っぱち?
曽根さん、異世界の事を信じていないあなたが、どうして息子さんを異世界科クラスに入れたのですか?」
「そ、それは、息子の意思で――」
「おかしいですね。
今、彼らは自分の意思で異世界旅行を選ぼうとしている。
私にはその違いが分かりませんね」
林の正論にぐうの音も出なくなった曽根が、呼吸を整え、再び反論しようとした時、轟音が響き、体育館の表扉が吹きとんだ。
二階の窓ガラスが割れ、そこからロープがぶら下がると、迷彩服を着た人物が、次々に侵入してきた。
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