第63話 カニとBBQ



 巨大ガ二に退路を断たれた俺たちの前に立ったのは、リーヴァスさんだった。

 ついさっきまで、ナルたちに混じり、子供のように笑っていた彼は、笑顔こそ消えているものの、落ちついた表情をしている。

 いつの間に取りだしたのか、その左手には青い鞘に入った愛用の魔剣があった。


「リーヴァスさん、気をつけてください!

 あのカニ、甲羅がもの凄く硬いですよ!」


 俺が掛けた声に、軽く右手を挙げて応えたリーヴァスさんの姿が、ぶれたと思ったら消えていた。 

 

 ズズーン!


 そんな音がして、カニの胴体が地面に落ちた。

 その巨体の向こう側にリーヴァスさんが立っている。

 カニは、巨大な爪を含め、足の関節を全て切りとばされていた。

  

 キチキチキチ


 口からそんな音を出し、巨大な泡を吹いているカニが急に動かなくなる。

 俺の指示で、生命維持に必要なそいつの器官を、点ちゃんが停止させたのだ。

  

「な、なにこれ!?」


 ショーカの背中に隠れていた黒騎士が、青くなった顔を出し、カニを眺めている。 


「ミミ、ポル、自分が何をしたか分かっていますか?」


 いつの間にか、ミミとポルの横でリーヴァスさんが二人を見下ろしている。

 その顔は、カニと対峙している時とは比べものにならないほど厳しいものだった。


「あなた方が、やったのは『押しつけ』です」


 ミミとポルは、顔色が青色を通りこし紫色になっている。

 リーヴァスさんが言った『押しつけ』という言葉について、冒険者として先輩のルルから聞いたことがある。

 ダンジョンなどで、他の人や他のパーティに、モンスターを押しつけて逃げる事だそうだ。

 冒険者の間で、最も嫌われる行為の一つだ。


「二人とも、冒険者失格ですな」


 冒険者として尊敬してやまない、リーヴァスさんの静かな声で、ミミとポルが膝から崩れおちる。

 パーティリーダーとしては、二人を励ますべきなのだろうが、俺は二人に声を掛けなかった。


「「いい子いい子ー」」


 ナルとメルが、それぞれミミとポルの頭を撫でている。地面に両手両膝を着いた二人は、声を殺して泣いていた。

 

 ◇


『ポチボンテント』を出し、ミミとポルをそこに押しこむと、みんなで食事の用意に取りかかった。


 まず、土魔術で大きなテーブルを作り、人数分の椅子も用意する。

 みんなは、枯れ木拾いや、テーブルのセッティング、カニの処理にそれぞれとりかかる。


岩蟹いわがに』のグリルを食べたことがある、タムと銀さんが目を輝かせている。

 前に獲った『岩蟹』がまだ点収納に入っているが、せっかくだから、目の前のカニを使うことにする。


 点魔法で作った、愛用のバーベキューグリルを出し、火魔術で炭に火をつける。

 火が炭にいき渡るのを待つ間、巨大な爪を縦にまっ二つに切る。

 カニ爪の内側から肉をこそげ落とすと、そちらを上にして、石で組んだかまどの上に置く。

 学園都市世界のバカンス島で汲んだ泉の水を爪の鍋に半分まで入れ、焚火で温めると、日本から持ってきた最高級の味噌をたっぷり入れる。

 ネギや豆腐も入れておこう。

 

 このタイミングでみんなに素焼きのお椀を配る。

 これはアリストで購入したものだ。

 お箸かフォークかは、みんなに選んでもらった。

 

「みんな器は持ってるかな?

 白い食材は地球世界から持ってきた『豆腐』だよ。

 熱いから気をつけて。

 では、いただきます!」


「「「いただきまーす!」」」


 湯だってきた爪の鍋に、さっきこそぎ落したカニの身を入れる。

  

「カニの身は、早めに食べてね」


「兄ちゃん!」


 タムが突きだしたお椀に、お玉でカニ味噌汁をよそってやる。

 

「う、うめーっ!」


 次々と出されるお椀に味噌汁を入れていく。

 タムはすでに二杯目に夢中になっている。

 これじゃあ、俺が食べられない。


「シロー、後は私が」


 ルルが給仕役を代ってくれたので、俺も味噌汁に箸をつける。


「旨っ!」

 

 カニの味噌汁は予想以上の旨さだった。

 隠し味に入れた、カニ味噌が利いている。


「さあて、次はカニを焼くよ!」  


「「「わーい!」」」


 子供たちが盛りあがっている。

 舌で唇を舐めている黒騎士が、俺の手元を見つめるその目がちょっと怖い。 


 ジューッ!


 デロリン特製の漬けタレを塗った巨大な白い塊が、コンロの上で香ばしい匂いを放つ。

 一抱えほどある直方体だけど、これカニの身だからね。


 何か足りないと思ったら、「もう我慢できない!」っていうミミの叫び声がないんだね。

 ちょっと可哀そうだから、取っておいて後で渡してやろう。


 カニの身は、コンロに面した側が焼けると、点魔法でひっくり返す。

 身が大きすぎて、人の手でするのは大変だからね。

 焼けた身をこそいで、用意しておいた平皿の上に置いていく。

 ポン酢、醤油、レモン汁、ソース、マヨネーズを用意してある。 

 

「熱っ、旨っ!」


 地球世界で散々旨いものを食べてきたはずのハーディ卿が驚いた顔をしている。

 

「これはニホンシュが合いますなあ!」


 リーヴァスさん用に、大吟醸を一本用意したからね。

 

「パーパ、これ、ホントにそのカニさん!?」


 メルはカニ肉で頬を膨らせてるね。


「そうだよ。

 凄く美味しいだろう?」


「おいしー!

 いっぱいちょうだい!」


「はいはい。

 焼きたてが美味しいから、少しずつ食べてね」


「わーい!」


 食いしん坊のメルは、カニの味に感激してるね。


「シロー、これ、お土産にできないかしら?」


「コリーダ、もう一匹収納に入ってるから、それも合わせるとかなりの量になるよ。

 お土産にできると思う」


「いいわね!

 みんなに食べさせてあげたいの」


 彼女が言ってる「みんな」とは、父親のエルフ王とその家族だろう。


「ねえ、お兄ちゃん、コルネにもお土産にできる?」


「ああ、大丈夫だよ、コルナ。

 それより、また焼けたから食べてね」


「やったー!」


 こうして俺たちの宝石探しは、思わぬカニの来襲と、そのバーベキューで幕を閉じた。  

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