第54話 お好み焼きと陰謀(上)


 史郎がシュテイン皇太子と図書館を訪れた頃、そこからさほど離れていない大きな屋敷の地下室では、数人の貴族が集まり何やら話をしていた。

 ロウソクだけが灯された冷たく暗いその部屋は、しかし、異様な熱気に満ちていた。


「シュテイン皇太子に毒を盛ってはどうだ?」


 丸テーブルを囲む貴族の一人が強い口調でそう言った。


「皇太子を殺しても、まだルナーリア姫がいるぞ」


 隣の貴族がすぐに反論する。


「ええい、まどろっこしい!

 ぐずぐずしておれるか!

 このままだと、我らはジリ貧だぞ!」

「確かに、旧トリアナンの重臣は、次々に更迭されておりますからな」


 ここに集まったのは、この国の前身、トリアナン王国に仕えていた貴族たちだ。

 その中でも、とりわけ前国王に近かった彼らは、国が新しくなった時、降格されたり領地を減らされた者が多かった。

 旧国王派として動いた彼らは、処刑されても仕方ないところだったが、現国王がそれをよしとせず、軽い処分にとどめたのだ。

 しかし、彼らは、そんなことに露ほども恩義を感じていなかった。


「我々の力を合わせ、一刻も早くティーヤム王国をひっくり返さねばならん」


「新トリアナン王国に栄光を!」

「「「新トリアナン王国に栄光を!」」」


 貴族たちの様子を眺めながら、反国王派の騎手であるナゼリア侯爵は、その痩せた顔にノミで刻んだように開いた細い目に、ぬめつくような暗い光を宿していた。

 彼が盟主と仰いでいた公爵は、国が改まるときの騒乱で行方知れずになっている。公爵がいる限り、二番手に甘んじるしかなかった彼だが、もし計画中のクーデターが成功すれば、みずからが王になるのも夢ではない。

ここにいる貴族たちの命など、ただの駒にしか過ぎなかった。

 

 ◇


 シュー改めシュテイン皇太子に王城まで案内された俺は、国王と正式な謁見を行わないまま、城内にある迎賓館に通された。

 それはそうだろう。

 銀等級とはいえ一介の冒険者に過ぎない。

 この世界での俺は、会いたいときに国王と面会がかなう、黒鉄くろがねの冒険者ではないのだから。

 

 二十畳はある立派な部屋でくつろいでいると、ノックの音がして、中年のメイドさんと、初老の執事らしき人が入ってきた。

 執事の服は、色は地味な緑だが、戦隊もののヒーローそっくりの上下だ。マスクをしたら完璧だ。

 かたやメイドさんは、地味な正統派メイド衣装を着ている。

 そこには、はっきりと地球世界の文化が影響しているあかしが見てとれた。

 ベラコスのギルマス、サウタージさんも触れていたが、やはり、この世界には、俺の他にも地球世界からの『迷い人』がいるようだ。


「シロー様、どうぞこちらに」


 メイドが俺に貴族風のボタンが沢山ついた窮屈な服を着せると、「戦隊ものヒーロー」執事が俺をある部屋の前まで案内してくれた。

 木の扉には図書館と似かよった凝った彫刻が掘られていたから、同じ人の手によるものかもしれない。 

 執事が何か唱えると、その扉がすっと内側に開いた。


 部屋は縦長で、学校の教室ほど広さがあった。 

 縦に長いテーブルの奥には、口ひげを生やした上品な壮年の男性が座っており、俺から見て彼の左側には、母娘らしい二人、その向かいにシュテイン皇太子と若く美しい女性が座っていた。

 右手の壁に沿って、メイドがずらりと並んでいる。 

 俺の席は、手前の端なので、向かいの男性とはかなりの距離がある。


「シロー様、ご挨拶を」


 執事が俺の耳元でささやく。


「初めまして、『パンゲア』という世界から来たシローです」


「「えっ!?」」


 左手に座る年配の女性、シュテインの隣に座る美女が声を上げた。

 シュテインは、俺が異世界出身だと話していなかったようだ。


「余は、このティーヤム王国を治めておる、ヴァルトアイン一世である。

 シローとやら、今日は大儀じゃ」


「ははっ」


 とりあえず、そう答えておく。

 しかし、凄い貫禄だと思ったら、やっぱり国王陛下だったんだね。

 一介の冒険者にわざわざ会うって、いったいどういうつもりだろう?


「シローさん、こちら私の母と、それから妹のルナーリアです。

 そして、こちら、ええと、セリカです」


 シュテインが、他の人たちを紹介してくれる。


「シュテイン、きちんと婚約者としてご紹介なさい。

 セリカさんが可哀そうですよ」


 シュテインの向かいに座る、彼が母親だと紹介した女性が穏やかな口調でそう言った。


「まっ、お后様……」


 シュテインの隣に座る美女が、顔を赤くする。

 自分も思いっきり美形の癖に、婚約者まで美人ってどうよ。

 シューのヤツ、リア充しちゃって!

  

『へ(u ω u)へ やれやれ、またですか?』


 いやー、点ちゃん、絵に描いたような美形が仲良く二人並んでるから、ちょっとイラついただけ。


「シローとやら、シュテインの話だと、お主、色々な珍味を持っておるらしいな?」


「はっ、つまらないものでございます」


 ここはひとまず謙遜けんそんしておこう。

 

「息子の話だと、頬が落ちるほど旨いらしいではないか。

 我らにも、それを供せぬか?」


 いや、断れないよね、ここは。

 

「御意」

  

「では、よろしく頼むぞ」


 彼が手を打つと、図書館で見たような黒ローブを着た男たちが、俺を除く五人の斜め後ろに立った。

 俺は彼らの仕事が予想できたので何も尋ねず、点収納から五つベネチアングラスを出す。

 もちろん、腰のポーチに触れ、マジックバッグだと擬装することは忘れない。


 大ビンを一つ、小ビンを一つ出し、後ろのヒーロー侍従さんに声を掛ける。


「食前酒です。

 ルナーリア様には果汁をどうぞ」


「おお、さすが冒険者だ!

 マジックバッグだな?

 して、この飲み物はなんだ?」


「皆さんにお配りしたのは、妖精族フェアリスが作る、幻のお酒です。

 ルナーリア様には、『エルファリア』という世界で採れる、果物から作る果汁をご用意いたしました」 


 メイドたちが素早く動き、陛下やお后たちの前にグラスを並べる。

 すぐに、彼らの後ろに立つ黒ローブの人たちがそれを一口飲む。

 陛下のグラスに口をつけた男が頷くと、最も高齢の侍従が囁くような声を出す。

 

「陛下、お召しあがりください」


 なるほど、やはり黒ローブの男たちは毒見役だな。


「な、なんだ、この酒は!」


 グラスに口をつけた陛下が、大きな声を上げる。

 お酒に詳しい人ほど、『フェアリスの涙』の味は衝撃的らしいからね。


「素晴らしいわね!」

「本当に!」


 王妃とセリカ嬢にも、気に入ってもらえたようだ。 


「うわーっ!

 シュワーってして、美味しいっ!」


 まだ、七、八才だと思われるルナーリア皇女が、素直な感想を口にする。

 気をつかう場面だから、無邪気な言葉には、ホント癒されるよなあ。


「これは、料理にも期待できそうじゃな!」


 国王陛下、ハードルを上げないでくれる? 

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